34 おやすみなさい
そわそわする……。
なぜなら今、双美姉妹はお風呂に入っているからだ。
この状況だけで鼻血が出て来てもおかしくはないのだけど、至って真面目で邪念一つない澄み切った心を持つ私はそんな事に動揺したりしない。
本当だよ?
そして、お風呂に入るという事は今日は一緒にこの部屋で一夜を共にするという事だ。
聞こえてくるシャワー音と、二人の話し声。
私はどうにも落ち着けないまま、ベッドに座りながら一人もじもじと時間をやり過ごしていた。
「一人で待ってる時間って長いなあ……」
不思議だ。
私はいつも一人でいる事が当たり前で、その時間が長いなんて思った事はなかったのに。
こうして二人を待っていると、とても時間の流れがゆっくりに感じてしまう。
早く来ないかなぁなんて思ってしまうのだ。
これは双美姉妹に出会った事による私の変化だろう。
二人がいない時間を退屈に感じてしまうようになっていた。
――ガラガラ
しばらくして、お風呂を上がった二人がリビングに顔を出す。
その姿に、私は悶絶する。
「う、美しすぎる……」
二人はお揃いのパジャマに身を包んでいた。
「ありがとう柊子、お風呂借りたわね」
冴姫は、モコモコ素材のグレーを基調とした色の中にホワイトのボーダーラインが入ったTシャツとショートパンツを着ていた。
私の前世で言う……ジェラピケ? みたいなやつだ。
タオルで拭きながらまだ濡れている髪と、すらっと伸びる足はまだ紅潮を残している。
とっても健康的でお可愛い。
「冴姫って……ショートパンツ派なんだね」
今まで制服の姿しか見た事がなかったから、パジャマとは言え私服姿が新鮮だった。
「楽に動けるのが好きなのよね」
「なるほど……ありがとうございます」
「何にお礼言われたの?」
素敵な姿に感謝します。
実に冴姫らしい理由による服装も好感度が高い。
「ありがとう柊子ちゃん、いいお湯だったよぉ」
颯花も同素材にピンクを基調とした色の中にホワイトのボーダーラインが入ったTシャツとロングパンツを着ていた。
いつも束ねている髪を下ろしているのが新鮮で、胸元にかけて毛先がウエーブが掛かっている。
とっても柔らかでお可愛い。
「颯花って、パーマ掛けてたんだね?」
いつもサイドテールで縛っているからあまり意識した事なかったけど、下ろすとウエーブの印象がかなり強い。
いつもの柔らかそうな印象をより際立っていた。
「あー、クセ毛なんだよねぇ。だからいつもまとめてるんだけど、冴姫ちゃんはストレートだから羨ましいんだよねぇ」
「なるほど……ありがとうございます」
「何にお礼言われたのかなぁ?」
美少女はクセ毛まで美少女なんだね。
私はいつも左右に暴れていくクセを抑えつけるのに必死なのに、颯花はゆるく巻いているようでお洒落と言うほかない。
そして、そんな自身の魅力よりも姉の事を羨ましがっている妹らしさも好感度が高い。
「何よ、颯花の方が可愛いっていつも言ってるじゃない」
「でも、冴姫ちゃんの方がカッコいいから憧れるけどなぁ」
そしてお互いを褒め合う姉妹愛……とっても尊いのです。
「ちなみに……髪を乾かす時は自分でするの?」
「いや、あたしは颯花にドライヤーはお願いしてるわね」
「わたしは冴姫ちゃんにお願いしてるよ。お互いに掛け合う方が楽なんだよねぇ」
そうですか……もう思い残す事はありません。
「柊子は何で手を合わせてるの?」
「柊子ちゃんにはわたし達がどう映ってるのかなぁ?」
とっても美しい絵画を見るような気分です。
◇◇◇
「……ふぁ」
ほどなくして、三人で他愛ない話をしている内に欠伸をしてしまう。
眠気がやってきているようだった。
「あ、もういい時間ね。そろそろ寝た方がいいか」
「そうだねぇ、疲れてる柊子ちゃんは休んだ方がいいだろうし」
「あ、ありがとね」
――ギギギギッ……パタン
二人の心遣いに感謝しつつ、私は座椅子をフラットにしタオルケットを体に掛ける。
「よし、それじゃ寝るね」
「……なにやってんの?」
「……それは体壊すんじゃないかなぁ?」
二人に変な生き物を見るような目で見下ろされる。
ああ、そっか、そういう事ね。
「確かに首が痛くなっちゃうね、えっとクッションクッション……」
枕が足りないと思ってクッションを手繰り寄せようとするが、その手を冴姫と颯花に掴まれる。
「ベッドで寝なさいよ」
「底冷えしたらどうするつもりなのかなぁ」
「え、でもそうなると冴姫と颯花が……」
私は家主としてゲストを招く義務がある。
二人に快適な睡眠を保証するためにベッドはお二人に譲ろうと思っていたのですが……。
「三人で寝ればいいじゃない」「三人で寝ればいいよねぇ」
「……え」
こ、これ以上幸せになると私は爆発するんじゃないか……?
電気を消して真っ暗になった部屋、そのベッドで横になる。
「寝る時もこの位置なんだね」
壁際になる右に颯花、真ん中に私、左に冴姫の順番だった。
双美姉妹に挟まれている私は幸せのサンドイッチを具現化していた。
自分でもちょっと何言ってるのか分からなくなってきているけど、それくらいハッピーという事が伝わっていればオーケーです。
「自然と柊子が真ん中にいるのが一番落ち着くのよね」
「これが当たり前になっちゃったよねぇ」
そう言ってくれる二人の方を交互に見ると、どちらも横向きで私の事を見つめている。
「ご、ごめんね。ベッド小さくて……」
「あ、大丈夫よ、ちょっと体は当たるかもしれないけど仰向けにはなれるから」
「多少の不自由さも普段はないお泊りっぽさで楽しいよねぇ」
しかし、二人でこうして見られているかと思うと変に緊張しちゃうな……。
誰かと一緒に寝るなんて経験した事ないし……。
「眠れそう、柊子?」
「疲れてるんだから無理しないでねぇ、柊子ちゃん?」
「お、おふ……」
冴姫と颯花の手が布団の上からだけど、お腹の上に重なる。
二人が囁いて来る声音と、甘い香りと、その温かなぬくもりは包まれるような安心感があった。
自然と意識が遠く、溶けてしまいそうになっていた。
「二人と一緒に寝れる私は幸せ者だなぁ……」
現実と夢の間、どちらともふわふわとした心地に誘われるように私は瞼を閉じた。
「柊子、眠ったみたいね」
「柊子ちゃん、思ったよりすぐ眠ってくれて良かったねぇ」
「そういう颯花は眠れそう?」
「うーん、どうかなまだ眠気は来ないかも。冴姫ちゃんは?」
「あたしもまだ眠くないから、柊子の寝顔でも見てようかな」
「可愛い寝顔してるもんねぇ」
「ふふ、口開いちゃってるし」
「イタズラしたくなっちゃうねぇ」
「おやすみなさい柊子」「おやすみなさい柊子ちゃん」