33 お泊り
「……ごめんね二人とも、私がどうかしてたね」
ちょっと恥ずかしさで自分を見失ってしまっていた。
時間が経つ事で何とか冷静さを取り戻しつつあった。
「あたし達は何も気にしてないから大丈夫よ柊子」
「わたし達は柊子ちゃんが元気でいてくれたらそれでいいからねぇ」
うん……改めて優しすぎるよこの姉妹。
振り返ってみると、私はお風呂で洗体をしてもらって、その後は着替えさせてもらってベッドに運んでもらっているのだ。
何というVIP待遇……これで物申すなんてどうかしていた。
「でも見ての通り、もう元気になったからありがとうね。ほら、時間もう遅くなりそうだから二人とも帰ってくれてもいいからね?」
外の陽は沈み、夜を迎えようとしていた。
そろそろ帰らないと危ない時間だ。
「何言ってるのよ、こんな状態の柊子を放っておけるわけないじゃない」
「そうだよぉ、困った時はお互い様なんだから遠慮なんていらないからね」
……ん?
言ってくれている事はすごい嬉しいんだけど、ここで帰るのを拒否ってどういう事かな?
「お嬢さん達、門限は?」
「あるけど、友達の家に泊まるんだから関係ないじゃない」
「ちゃんと家に連絡は入れておいたから大丈夫だよぉ」
……お泊り?
え、お泊りと言いましたかっ!?
何ですかその急展開っ。
お風呂に引き続き、ビッグイベントが多すぎるんだけどっ。
「そ、そんな……貴女方のような可憐なお嬢さん達をこんな一般庶民の家に泊まらせるわけには……」
「何意味わかんない事言ってるのよ。それとも何? あたし達とは一緒にいたくないってこと?」
「正直には言って欲しいけど、そんな風に思われてたらショックだなぁ」
すると二人から真剣な眼差しが私に向かって注がれる。
ど、どうやらガチみたいだぞ、これ……。
「いえ、もちろん一緒にいれて嬉しいです。お泊り最高です」
本音を言葉にするのは糸も容易い事だった。
「うん、それなら良かったわ。颯花、ごはんの準備はお願い出来るわね」
「勿論だよぉ、この前来た時に調味料とか料理道具の配置は把握済だし。何も問題はないよ」
うおお……なんか本格的にお泊りっぽい雰囲気が始まっている……。
う、嬉しい……。
お友達とお泊り、憧れてましたっ。
「……ん、あ、ちょっと待って。それだとあたしがやる事ないわね。何か手伝う事はある颯花?」
「んーん、大丈夫だからわたしに任せてねぇ。その間に柊子ちゃんの看病をお願いするねぇ冴姫ちゃん?」
「え、あ、そう……」
さすが颯花、姉の扱いはお手のものだ。
「柊子ちゃんの為に、あんまり胃の負担にならないものを用意するからねぇ」
「あ、ありがとう……颯花」
優しい……ここは天国なんだろか。
「なるべく体にいいものを作ろうってお願いしたのはあたしよっ、あたしも考えたんだからね柊子っ」
「か、可愛いね……冴姫」
妹に負けじと努力アピールする姉の姿がいじらしい。
でも料理はしちゃダメだぞ。
「なんかあたしだけ反応ちがわないっ!?」
「え、なんのこと?」
「憐れみを感じるっ」
「き、気のせい気のせい……」
ちょっと勘づかれてしまったけど、私は二人とも愛おしいから許して欲しい。
「はーい、出来たよぉ」
ほどなくして、颯花が夜ご飯を運んでくれる。
私達三人は床に座ってローテーブルを囲む。
「うわぁ、美味しそう……」
思わず感嘆の声を上げてしまう。
器の中身はうどんだった。
あんかけに卵でとじられ、具材にはコマ切れの豚肉と絹豆腐が入っている。
おつゆは黄金色に輝いていて、立ち上る湯気からはめんつゆの甘い香りがした。
「まぁ、風邪引いてるわけじゃないからここまでしなくても良かったと思うんだけど。あまり重いものにして消化にエネルギー使うのも良くないしねぇ」
「……か、感謝しか言えない……ありがとう……颯花」
颯花の手作りだったり、私への気遣いだったりで心は幸せに満ちている。
自然と私は颯花に向けて合掌していた。
きっと今の颯花には後光が差している。
「あはは、大袈裟だよぉ」
颯花はやだなぁと大きく笑顔で手を振る。
その慎ましさに私の心は幸せの許容量を超えそうだった。
「……」
「ん、冴姫?」
しかし、笑顔の颯花の隣にいる冴姫の表情が芳しくない。
こちらを真顔で見据えながら、何か言いたげだった。
「ちょっと、そっち行くわ」
「え、うん」
対面に座っていた冴姫が立ち上がると、私の隣に座り込む。
そして何も言わずに私の箸を掴むと、私の器にあるうどんを摘まんだ。
そのまま私の口元へと運ばれる。
「食べなさいよ」
「……え」
これってつまり……?
あれですか、アレなんですか……?
「あーんよ、あーんっ。いいから食べなさいよっ」
「え、ええっ、大丈夫、さすがに自分で食べれるから私っ」
どこまで至れり尽くせりなんだ。
このまま全部介抱されたのでは私は赤ちゃんになってしまうかもしれない。
「颯花が料理を作るなら、あたしは食べさせるくらいしかやれる事ないのっ、だから食べなさいよっ」
な、なんですか、その対抗心の燃やし方は……!?
「うんうん、熱いからヤケドには気を付けてねぇ」
颯花は生暖かい目で見守ってくれていた。
え、これは受け入れるのが普通なの……?
双美姉妹の空気感にあーんに対する抵抗感が全くない……。
「ほら、あーんっ」
こんなにも押しの強いあーんがあるのだろうかと戸惑いつつ、私は意を決して口を開く。
「……あーん」
口の中にうどんが入って来る。
つるつるでコシのある麺に、あんかけのとろみと卵の甘さ、そこにダシの効いたおつゆの味わいが全体を包み込む。
そして、これが颯花の手料理であり、冴姫の手で食べさせてもらっているという付加価値で旨味が倍増する。
「とってもありがた美味しいです」
感無量。
美味しさと優しさと美しさに、感動が胸を埋め尽くされる。
「ふ、ふんっ、まぁこれくらいはするわよ」
「お口にあって何よりだよ」
なんて優しい姉妹なんでしょう。
もう彼女達の魅力を私がお伝えするには語彙力の限界を感じています。