32 のぼせた
「……ん」
目を覚ますと、私のベッドの上だった。
ぼんやりとしている頭のせいで、状況の整理がつかない。
「あ、起きたわね柊子」
「あ、本当だっ。大丈夫~? 柊子ちゃん」
横に顔を向けると、膝立ちになってこちらを見ている双美姉妹がいた。
心なしか心配そうにこちらを見ている気がする。
「えっと、私は何で寝てるんだけっ……て、あ」
そうだ、そうだった。
寝ぼけた頭から徐々に記憶が鮮明になっていく。
「柊子、お風呂で倒れたのよ」
「そんなに熱くはなかったと思うんだけど、やっぱり疲れてるのもあったのかなぁ?」
……言えない。
貴女達にに邪な感情を抱いていてしまったからなんて、言えるわけがない。
ここは全て疲労のせいにしてしまおう。
「そうだね、自分でも思ってたよりも疲れてたのかも」
しかし、それを聞いた二人の表情は暗さを増してしまう。
「柊子には負担掛けちゃったみたいね……」
「もっと手早くやるべきだったんだねぇ……」
ああ、まずいまずい。
二人が落ち込んでしまっているっ。
自業自得なのに、二人だけに罪悪感を持たせるわけにはいかない。
「だ、大丈夫だよ。一人で入っててもアレくらいの時間は普通に掛かるからねっ。そう考えると一人で倒れるより前に、冴姫と颯花がいてくれて助かったよっ」
うん、それは正直ないけどねっ。
一人だったら絶対のぼせてないんだけどねっ。
私が百パー悪いんだけどねっ。
でも言えないから許してねっ。
「そう言ってくれるなら、ちょっとは安心できるけど」
「そうだねぇ、万が一の時に居合わせられたんだったら良かったよね」
安堵の息を吐く双美姉妹。
良かった、どうやら自責の念からは少し晴れてくれたようだった。
私もそれに安心した所で体を起こす。
「あ、柊子。無理しないでよ」
「そうだよぉ、いきなり起きたらまた体に負担掛かるかも」
「あ、うん……ちょっと、どんな感じか確かめたくてね」
上半身を起こしてみると、体はそこまで重くない。
運動後の重怠さは残っているが、それ以外で不調はない。
寝た分、頭もすっきりしていた。
そこで自分がネイビーのパジャマに着替えている事に気が付く。
……ん? パジャマ?
「あれ、これ私……パジャマ着てる……?」
「ああ、それでいいのよね? クローゼットの所に置いてあったから、それを寝る時に着てるんだと思ってね」
「あ、うん。合ってるけど……これって、私が着替えたの?」
「まさかぁ、柊子ちゃんは気を失ってたんだから、わたしと冴姫ちゃんで着替えさせたんだよぉ?」
うん、そうかぁ。
私はお風呂場で倒れちゃったんだもんね。
そりゃ着替えさせるしかないよねっ。
二人には迷惑かけちゃったなっ。
「ちなみに、二人とも目隠しは当然してくれてたんだよね?」
「いや、するわけないじゃない。お風呂場で外したわよ」
「倒れた柊子ちゃんの体も拭いて、ベッドに運んで、お着替えまでするんだよぉ? さすがに見ないと出来ないよぉ」
うーん、そっかっ。
そうだよねっ!
お風呂場で倒れてる私を助けてくれてるんだから、そりゃそうだよねっ。
何言ってるんだ私っ。
「って事は二人とも、見たってこと?」
「……な、なんの事かしら」
「……よ、よく分からないよねぇ」
冴姫と颯花が同時にさっと首を横に振る。
だが、口元が微妙に釣り上がっているのと、頬が若干の朱色を差している。
分かってる、絶対二人とも私が言いたい事は分かっている。
「見たって事でいいかなぁ?」
「……まぁ、不可抗力よね、そういう事もあるわよ柊子」
「……助けるためには犠牲が必要な時もあるんだよ柊子ちゃん」
……………………んぎぎっ。
見られてるっ!
私の体を双美姉妹に見られてるっ!
恥ずかしい、恥ずかしすぎるっ!!
「け、消してっ! その記憶を、今すぐにっ!!」
「……あたし達の思い出は消せないのよ、柊子」
「……わたし達の思い出は永遠だよ、柊子ちゃん」
う、嬉しくないっ!
感動的な場面で聞くであろう台詞がこんなに嬉しくない事ってあるんだねっ!
熱いっ! また体が熱くなってるんだけどっ!
お風呂の時の比じゃないよっ、またのぼせちゃうよっ!
「き、消えたい……」
私はお布団を被って、枕に顔からダイブする。
いまさら遅いのは分かっているが、この体全てを隠したかった。
「ま、まぁ……大丈夫よ、柊子。ほら、わたし達は女子同士なんだからそんなに恥ずかしがらなくても」
「そうそう、よくある事だよ柊子ちゃん」
一緒にしないでくれぇ……。
貴女達のような魅力的なスタイルの子と一緒にしないでくれぇ……。
ていうか、単純に見られたくないんだよぉ……恥ずかしいんだよぉ……。
「……私はもう空気です、空気に語り掛けないで下さい」
「ああ……柊子が空気になったみたいだけど、どうする颯花?」
「ううん……空気は吸うしかないんじゃないかな、冴姫ちゃん?」
あの、私の頭おかしい発言に、頭おかしい結論で着地しないでくれます?
このままだとまた変な展開になりそうだったので、諦めて体をもう一度起こす。
「いや、ごめんね……そもそも私が倒れたのが悪いんだよね。それを助けてくれた二人には迷惑掛けてるんだから、こんな事言っちゃいけないよね……」
私の一時の恥で、二人の善意を無碍にしていいわけがない。
二人の厚意には感謝しないといけなかった。
「柊子……いいのよ、こんなのお互い様なんだから」
「柊子ちゃん……こんなの当たり前なんだから気にしなくていいんだからねぇ」
そう、全ては私達の仲の深さから起きた出来事だ。
これに不満を覚えるなんて間違っている。
そもそも私が変な感情を抱いたのがいけないんだから、自業自得なんだ。
「あ、柊子ごめん。パジャマのボタン掛け違えてたみたいだわ」
「わたし達も慌ててたから、ズレちゃったんだねぇ」
確かに見てみると、一個目のボタンが二個目と掛け違えていた。
まぁ、それくらい何ともない。
自分でやり直せばいい話なんだから。
私はボタンを外しながら、そこから覗いて見えるキャミソールで、ふと手が止まる。
「……服、ってつまり全部?」
私の問いかけに、双美姉妹が油が切れたようにギクシャクしながらもう一度顔を背ける。
「……クローゼットにあったやつから選んだわよ」
「……一番手近な物にしてるから、意図はないからねぇ」
……そうだよね。
もう一式お着替えされてるんだよね。
当たり前なのに……それって……なんか……。
「ず、ずるいっ」
「「ずるい?」」
双美姉妹が首を傾げる。
「私が一方的に見られるのはフェアじゃないよっ!」
「え……じゃあ、柊子はあたし達も見せろって言いたいの?」
「ううん……まぁ、柊子ちゃんがそこまで言うなら……」
ああ……!
この素直すぎる姉妹がこんなにも私を困らせる日が来てしまうなんてっ。
「そんなヒドイ事、私には出来ないよっ!」
「……ど、どうしたらいいのよ柊子」
「……わ、分からないよ柊子ちゃん」
答えがない葛藤も時にはあるんだねっ。