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30 三人で一緒に


「終わった……」


 体育祭は無事に全日程を終えた。

 私の体も同時に終わったけど。


柊子(とうこ)、膝が笑ってるわよ」


「柊子ちゃんが小鹿さんみたいになっちゃったねぇ」


「め、面目ない……」


 思えば入院したその日から全力で走ったり飛んだりするのは今日が初めてだった。

 体育に参加するようになったのもここ最近で、それでも軽く汗を流す程度に抑えていた。

 だから、数か月ぶりに全力を尽くした私の体は悲鳴を上げていた。


「帰ろうか」


 私は足を引きずりながらも、二人に確認する。


「そうね」「当然だよねぇ」


 左右に私を挟んで、双美(ふたみ)姉妹と一緒に歩く。

 いつの間にか、この体制が自然になっていた。




        ◇◇◇




「ぐ、ぐぬぬっ」


「……ねぇ、柊子」


「な、なにかな」


「歩いてる時に出す声じゃないと思うんだけど」


 ゆ、許してちょうだい……。

 何か時間を追うごとに全身が痛みを訴えかけてくるんだよね。

 特に足、体重を掛ける度に太腿が悲痛な叫びを上げている。

 多分、筋肉痛。


「ちょん」


「ああっ!?」


 しゃがみ込んだ颯花(そよか)が私の太腿を小突く。

 まるで弾丸で射抜かれたような衝撃が太腿に飛来した。


「柊子ちゃん、さすがに痛がりすぎなんじゃないかなぁ?」


「い、いや……慣れない事したし、余計かな」


 なにせ自分よりも速い双美姉妹の二人と並走したんだ。

 鈍っている体に鞭打つ行為で、元々運動歴のない私には限界突破を余儀なくされていたんだね。


「しょうがないわねぇ……颯花」


「そうだねぇ……冴姫ちゃん」


「お、おおっ」


 すると、見かねた二人が左右で肩を組んでくる。

 体重を支えてくれるので、体はかなり楽になる。


「ご、ごめん……二人とも」


「いいのよ、これくらい」


「お安い御用だよねぇ」


 なんかいつも助けてもらってばっかりだなと思う。

 果たして双美姉妹にフォローされる事なく二人を助けられる日は来るのか……先が思いやられた。


「柊子に何かあったらすぐに助けるから」


「遠慮はいらないからねぇ」


「……恰好はつかないね」


 ま、私にはお似合いの扱いなんだろうけどね。






 帰り道に、橋の上を通る。

 私と冴姫と颯花が出会った、あの場所だ。


「今日は川が穏やかね」


「川のせせらぎって、こういうのを言うんだろうねぇ」


 二人とも、橋の下にある川を見つめていた。

 なんか、不安になるんだけど。


「だ、ダメだよっ、絶対ダメだからねっ?」


 念を押し続ける。

 ここに来て、また誤った選択は許すわけにはいかない。


「ないない、そんな事しないから」


「柊子ちゃんを残してはいけないからねぇ」


 二人ともすぐに否定してくれる。

 どうやら私が勘繰り過ぎたようだ……良かった。

 ほっと胸を撫でおろす。


「あの時の柊子には申し訳ないと今でも思ってるけど、でも一つだけ良かった事もあるの」


「良かった?」


「こうして柊子ちゃんと仲良くなるきっかけになったからねぇ」


「ああ……」


 二人から生暖かい目を送られる。

 こんな逃げられない状況でそれをされると、とっても困るんだけど……。

 う、嬉しいんだけどねっ。


「こうして体育祭に出られるのも柊子のおかげね、いつもならサボってるもの」


「柊子ちゃんがいるだけで学院に通う気持ちになるんだから、すごいよねぇ」


 ……うん。

 それは嬉しいね。

 私の事を認めてくれて、それが二人の学院に通う理由になってくれるなら。

 今までの行いは全部間違いじゃなかったと思える。


「今日のMVPは柊子だと思うのよね」


「そうだよねぇ、クラスの派閥争いを未然に防いだのは柊子ちゃんのおかげだよね」


「え、そうでもなくない……?」


 何と言うか、こう言ってしまうと失礼だけど二人三脚の件は負傷者の方のおかげで丸く済んだだけだ。

 私自身が何をどうしたという話ではない。


「そうなのよ、あたしがそう思うんだからそうなのよ」


「そうなんだよねぇ、これはわたし達の話だから他は関係ないんだよ」


「あ、そ、そうなんだ……」


 双美姉妹と私だけの話なのであれば、それでもいいのか。

 二人がそう思ってくれるのなら、その栄誉に預かる事にしようかな。


「それで柊子は何かして欲しい事はあるの?」


「功労者は労ってあげないとねぇ?」


「え、ええ……?」


「何でもいいわよ」


「わたし達に出来る範囲でねぇ」


 と、突然そんな事言われても……こ、困ったな。

 して欲しい事かぁ……。

 こうして双美姉妹と一緒にいられるだけで十分なんだけど。

 改めて何かと言われると困っちゃうなぁ。


 んー。


 そこで、ふと原作のワンシーンを思い出す。

 逢沢紬(主人公)サイドの話ではあるけど、体育際をやり終えたイベントとしてヒロインのどちらかが頬にキスするシーンがあるのだ。

 いいよねぇ、そういうの。

 私も双美姉妹とそういうイベントがあると燃えちゃうぞ?


「ほっぺにチューなんて希望しちゃったり?」


「「……」」


 あ、やべぇ。

 絶対引かれた。

 調子に乗り過ぎた。

 こういうのって自分から言い出すもんじゃないよね。

 今すぐ組んでいる肩を外されても文句は言えない。


「ななっ、なんちゃって……! あはは、ごめんごめんっ、ちょっとした冗談で――」


 言葉は続かなかった。

 両方の頬に、柔らかい感触があったからだ。

 それは温かくて、吐息が肌をかすめて、甘い香りが鼻孔をついた。

 その瞬間に、私は理解する。


「あ、あばばばばば……!?」


 理解して、表現はバグってしまった。

 人は幸せが許容量を超えてしまうと、どうしていいのか分からなくなってしまうらしい。


「ふん、自分から言っておいて変な反応しないでよね」


「こういうのはスマートな対応が求められると思うんだけどなぁ」


 冴姫は拗ねたように唇を尖らせながら、颯花は困ったように笑いながら、二人とも頬を赤く染めていた。

 そんな双美姉妹は原作のどこにもいない、私にだけ見せてくれる二人だ。


「これからもよろしくね柊子」


「ずっと一緒にいようねぇ柊子ちゃん」


 まだ、双美姉妹の学院内での立ち位置はかなり危うい。

 こうして今は二人の気持ちは落ち着いているけれど、またいつ乱れるかも分からない。

 ……そう思っていた。


「うん、ありがとう。冴姫、颯花」


 でも今なら大丈夫だと思える。

 ちょっと自惚れも入ってるかもしれないけど、冴姫と颯花は私といる事で変わり始めている気がする。

 誰かにこうして優しく出来るんだから、その輪は必ず広げていく事が出来るはずだ。

 そうして双美姉妹の優しさに皆が触れたらなら、その時はきっと必ずわだかまりは解けるよね。


 そして何よりも。


「三人で一緒にいれば何も怖くないね」


 私と冴姫と颯花がいれば大丈夫。

 だって、本来あるべき未来を塗り替えた私達なんだから。

 この先にある未来もきっと明るいものにしていけるだろうと、そう素直に信じている。







「そう言えば柊子、この体でお風呂って入れるの?」


「え、うん、それくらいは入れ――」


「そうだよねぇ、汗もかいたから早く入らないといけないよね。でもこんな満身創痍な体じゃお風呂も満足に入れないよねぇ」


「え、だから入れ――」


「そうよね、無理は禁物だわ。でもお風呂は入らないといけない、どうしたらいいと思う颯花?」


「あの聞いて――」


「そうだねぇ、無理はいけないよねぇ。こんな時は助け合いだよねぇ冴姫ちゃん?」


「も、もしもーし」


 なんでだ。

 双美姉妹の真ん中にいるはずの声が二人に通らない。

 なのに姉妹は会話を成立させているという有り得ない状況。

 ……意図的に無視されている!?


「そうね、あたしは柊子が心配だから、仕方なく本っ当に仕方なーくだけど、お風呂に入れてあげる事にするわ」


「ちょっ、冴姫、何言って――」


「そうだねぇ、わたしも柊子ちゃんが心配だから、こんな事初めてだけど頑張っちゃおうかなぁ」


「いや、颯花、頑張らなくて――」


 双美姉妹の何よりも強い結束力で、私の家に向かって連れて行く。

 何が彼女達をそこまで駆り立てるのか、謎の力が働いていた。


「何よ柊子、三人で一緒なら何も怖くないって言ったばっかりじゃない」


「うんうん柊子ちゃん、ずっと一緒にいようねって言ったばっかりだよねえ」


「ちょっ、ちょっと待って! 私はお風呂を怖がってるわけじゃないし、一緒にいようの件も拡大解釈が過ぎるよね!?」


 ど、どうしよう。

 このままでは私は一方的にお風呂に入れられるという辱めを受ける事に……!?


「行くわよ柊子」「行くよぉ柊子ちゃん」


「は、話を聞いてくれませんかっ!?」


 だ、大丈夫かな……なんて思いつつも、二人に求められるのは喜びだったりするわけで。

 これからも続く三人での日々に期待を胸を膨らませている私がいた。




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