03 怪我の功名
「あのさぁ……」
入院から早一ケ月が経過し、経過も順調とのこと。
まだ松葉杖は取れないけど一人で立って移動は出来るし、概ね自分で生活は出来るようになってきた。
それもあってというか、いや、前から気になってたんだけど。
尋ねたい事があった。
「何よ」「何かなぁ」
もう当たり前のように病室にいる双美姉妹に良くも悪くも違和感を感じなくなっていた。
それが良くなかったんだと思う、感覚が麻痺してしまっていた。
だけど、もう避けては通れないというか、そろそろ聞かないとまずいと思う事が一つある。
「二人共さ、毎日お見舞いに来てくれてるよね?」
「それが何よ」
「一緒にいるんだから聞くまでもないよねぇ」
そう、毎日来てくれている。
平日問わず、開院から閉院時間までずっといるのだ。
……いや、それ、おかしいよね。
さすがに一ケ月ずっとは、おかしい事があるよね。
「……二人共、学院はどうしてるの?」
そう、どう考えてもおかしい。
私たちは“雫華女学院”に通う学生なのだ。
私は入院中のため当然ながら休学中だが、毎日いる二人はどうなっているのだ。
「どうって……?」「言われてもねぇ……?」
双美姉妹が息を合わせたように互いを見合う。
質問の意図が分からないと言った雰囲気で、二人示し合わせた様に首を傾げていた。
「「休んでる けど・よぉ?」」
「だよねぇえええ……」
目を丸々とさせて不思議そうにする姉妹に対し、私はベッドの上で頭を抱える。
分かっていた。
正直、それしか有り得ないのだから。
でも認め難かったというか、認めたくなかったというか。
いや、私ももっと早く気付けば良かったんだけど。
私としても骨折による入院生活は慣れない日々の連続だったのだ。
そこにもう一つ違和感が追加されても、基本的に違和感しかない生活だから際立たないと言うか……。
意味のない言い訳で正当化しようとした所で、やはり意味はないのだけれど。
「いや、学院は行かないとっ、勉強遅れちゃうじゃん」
何より、彼女達はクラスで孤立している。
それにプラスして一ケ月もの空白期間が空いたらどうなるのか?
溝は深まっていくばかりだ。
お互いの関係値が修復不可能になる前に、早めに学院に戻るべきだ。
「柊子が病院にいるのに一人になんて出来るわけないじゃない」
「そうだよ。柊子ちゃんが病院で戦ってるのに、放ってはおけないよぉ」
「……ぐ、ぐぐっ」
真っすぐな瞳でとても嬉しい事を言ってくれる。
何だこの手のひら返しは。
双美姉妹が全方位で悪態をつく悪役令嬢であるという事前知識が加わる事で、今の姿が反則的なギャップを生んでしまっている。
「それに、あんな所にいたらこっちが憂鬱になるのよ」
「そうだよ、頭おかしくなっちゃうよねぇ」
うおおお……。
学院の話になった途端に瞳からハイライトが消え失せて、ダークサイドに堕ちてしまっている。
すっごい辛辣な事を言っている。
「え、それとも、あたしたちはもう用済みってこと?」
「あ、そうなんだぁ。わたし達なんて無価値だもんねぇ。廃棄されるんだねぇ」
まずいまずいまずい。
下手を打ってまた闇落ちさせてしまった。
早く戻さないと、何を起こすか分からない。
「いやいやっ、私に合わせてばっかりで申し訳ないなって! もし学院に行きたいならいつでも遠慮しないで行ってねっていう確認をしたかっただけだよっ!」
サムズアップもしてみる。
何を肯定したいのかは自分でもさっぱり分からない。
「なんだ、そう言う事ね。安心して、あたしたちは柊子優先でこれっぽちも学院に行きたいなんて思ってないから」
「そうだよぉ。あんな場所に行くくらいなら、ずっと柊子ちゃんの所にいるよぉ」
あ、あはは……。
瞳の輝きは取り戻すんだけど、言ってる事はずっと怖いんだよねぇ……。
でも確かに、仮にこの状態で学院に戻ってもクラスメイトとの軋轢が生まれるのは目に見えている。
そうなれば元の木阿弥。
また闇落ちしてバッドエンドに向かってしまう未来が見えている。
……ん?
あれ、この状況って結局、綱渡りな事は変わってなくない?
私は双美姉妹を救えて良かったと思っていたけど、学院に戻ればリスクはずっと孕み続ける。
ということは、彼女達がクラスメイトと親睦を深めるような環境作りが必要なんじゃないか?
誰がやるの、それ?
――コンコン
「白羽さん、リハビリの時間ですよ」
病室にリハビリの先生が訪れた。
「はいっ! 頑張りますっ!」
「い、いい返事だね……」
え、あ、はい。
だって私がやるしかなさそうなので、早く良くならないと……。
◇◇◇
「い、いたたっ」
「大丈夫?」
リハビリ室ではマッサージや電気治療を受け、筋トレと歩く練習を行っていく。
最初の頃は骨癒合の度合を考えて、負荷をかけ過ぎないよう荷重制限を行って立位や歩行練習を行っていた。
今ではかなりの体重を掛けてもいい所まで来たのだけど、右足の筋力低下や痛みによってスムーズに歩くにはまだ難しかった。
「だ、大丈夫です。ちょっとだけ、痛んだだけなので……」
平行棒と呼ばれる左右にいつでも掴まれる手すりが設置されている間を歩く。
何かあればすぐにそこを掴めばいいのだけど、これがスムーズにいかない。
痛みもそうだが、何より右足に体重を掛ける事への恐怖がまだあった。
「無理はしないで、出来る範囲で頑張って」
「は、はい……」
毎回、揺れる体と骨折の痛みと恐怖が押し寄せ、早まる動悸を堪えながら、前へと足を進める。
これも全て自分の為だ。
「お疲れ様」
「あ、ありがとうございました……」
終わる頃にはいつも汗だくだった。
「でも、だいぶ良くなってきたね。まだ松葉杖は使った方がいいけど、もうすぐ退院できるんじゃないかな」
「ほ、本当ですかっ」
朗報だった。
双美姉妹の事も考えると、早期退院できるに越したことはない。
ここまで頑張って良かったと思える瞬間だった。
「ええ。若いと骨の治りが早いのもあるけど、何より白羽さんの努力の成果だね」
「よ、よかったです」
「それに……」
先生の表情が緩まって、視線が入口の方に向かう。
ベンチには冴姫と颯花がこちらの様子を伺っていた。
「彼女達の応援のおかげかな?」
「あ、あはは……そ、そうですね」
「いつも応援に来てくれて、本当に仲良い友達なのね」
「あ、まぁ……そうですかね」
私は頭を擦りながら反応に困っていた。
応援してくれているのは事実だけど、友達と言われるとどうかは怪しい。
なんせ二人以外の世界を崩さない姉妹ですから。
「ちがうの?」
反応を渋ると、先生はすぐにその違和感を察する。
「いやぁ……それに近いかもしれないですが……」
それでも私と双美姉妹を結んでいるのは、怪我による罪悪感だろう。
その繋がりを友情と呼ぶのは、少し違う気もする。
「ああ、そうね。まだわだかまりがあるのね」
先生は受傷に至る経緯を知っているので、私の違和感を察してくれたようだ。
わだかまりと言うよりは、人として繋がるには薄暗い感情の成分が多いかなって。
「でも彼女達の貴女を想う気持ちは信じてもいいんじゃないかな」
「……え?」
「私もたくさんの患者さんと家族を見てきたから分かるけど、あんなに熱心に一緒に苦しみながら応援する人はそうはいない。色々あったのかもしれないけど、あの子達の貴女に対する感情は本物だと思う」
「……そう、でしたか」
年上の先生から見てもそうなのなら、少なくとも双美姉妹は私を信用してくれてると思っていいのかもしれない。
双美姉妹が学院での絆を取り戻す、わずかな光明が見えた気がした。
「ま、おばさんのお節介だろうけど。年の功として聞いてちょうだいな」
「おばさんって言うには、先生は若すぎますよ」
「あら嬉しい、じゃあお姉ちゃん?」
「お姉さん、では?」
「あはは、そうだよねぇ」
最後は空気を和らげてもらってから、病室へと戻る事になる。
リハビリ室の入口には、二人の姉妹がいつも私を待ってくれている。