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27 姉妹と家族


 あたしの家、双美(ふたみ)はそれなりの名家らしい。


 城みたいな家屋に、その数倍の大きさに広がっていく庭園。

 手入れの行き届いた空間は誰もが目を見張るものなのかもしれないけど、悲しいかな、生まれた時にはそれが当たり前だったあたしにはそれを愛でる感傷はなかった。

 むしろ、数人で住むだけの場所にどうしてこんな広大な土地が必要なのか、家より広い庭って何だよ、と疑問の方が先立った。

 

 しかも、この莫大な資産は先代の人達が築き上げたもので、あたしの両親はその恩恵に授かっているに過ぎない。

 お金とは恐ろしいもので、莫大に築き上げればお金がお金を生む仕組みに乗っかれるそうだ。

 あたしの目には両親はその資産で悠々自適に暮らしているように見えた。

 ネットを見れば毎日社会に憂いている人達が山のようにいるのに。

 世の中が不平等なのは両親から教わった。


 だけど、その恩恵に授かっているのはあたしも変わりない。

 両親に指を差すのなら、それに育てられているあたしは何なのか?

 口だけ達者な世間知らずの小娘。

 自己嫌悪と無力さだけが浮き彫りになっていくような気がした。


「……あっつ」


 渡り廊下の窓から午後の陽ざしが照り付けていた。

 あたしは部屋着でショートパンツを履いていたから、気晴らしに足をぱたぱたと振ってみる。

 素足を通り抜ける風は少し心地良かったが、その運動を続ける事の方がすぐにツラくなる。

 すぐに止めて、太陽に晒される。

 やっぱり暑かった。


 足音が聞こえてくる。


 まずったなと思ってその場を去ろうとしたけど、その静かな足音が近づく方が早かった。

 姿を現した母が、あたしを視線の端で捉える。

 あたしは気付かないふりをして、庭園を見つめていた。

 本当は暑いから、そろそろ部屋に戻りたいんだけど。


冴姫(さき)、だらしないわよ」


 素足を晒している事か、意味もなく時間を過ごしている事か。

 どれかは分からないが、特に聞く気にもなれない。

 あたしは黙って母の横を通り抜ける。

 返事はしていないが、ここから立ち去ればだらしない姿は見せないのだから無視でもないはずだ。


「全く、どうしてそこまで私に似なかったのかしら」


 嫌味のように吐かれる。

 似なくて結構、むしろ似ないでくれて助かっている。

 これ以上、自己嫌悪に至る要素を増やしたくはない。

 それに……。


「似たところで、娘の時点であんたの望み通りにはならないでしょ?」


 やっぱりあたしもムカついていたのか、毒づいてしまった。


 両親は跡取りとして男児を欲した。

 だが双美家の子は、あたしと颯花(そよか)しかいない。

 勿論、跡取りは男性でなければならないという決まりはない。

 ないけれど、男性の方が治まりがいいというのもまた事実。

 ルールよりも感情が大事なんだ、大人なのに。


 けれど、母はもう子供を産める体ではなかった。

 大人の縁で結ばれた両親の愛はどこか希薄で、むしろ存在したのかどうかさえ怪しいと思えるほどだった。

 その歪さは、あたし達にも向けられる。


『貴女達のどちらかが、せめて……』


 母が、あたしと颯花を見て口惜しそうに零した事があった。

 “どちらかが、せめて男の子であって欲しかった”

 皆まで言わなかったが、もはや言ったようなものだ。


 あたしと颯花は、存在を否定されていた。


「母親にそんな口を利くものではありません」


 はぐらかして、どうでもいい世間体ばかり気にする人。

 うんざりだ。

 あたしはいくらでも溢れそうになる言葉を飲み込んで、その場を後にする。

 背中にまとわりつく嫌な気配は、気付かないフリをして。


 パタパタ、と。

 また足音が近づいて来る。

 不思議と身構えていた肩の力は抜けていた。


「冴姫ちゃーん」


 颯花の声。

 この家で生まれた唯一の幸福は、妹がいた事だろう。

 颯花のおかげで、あたしは本当の意味で孤独を知らない。

 全てを分け合ってきた妹だから。


「どうしたの、颯花」


 だから、あたしはここにいてもまだ笑えている。




        ◇◇◇




 わたしの前にはいつも姉の冴姫ちゃんがいた。

 その背中について行って、上手く行かない事があればわたしが助けて手を取り合う。

 そうするのが自然だった。

 だからなのかなぁ、わたしは家の事も両親の事も割とどうでも良かった。

 興味なしって感じだね。

 

 別に恨んだりはしていないけど、でも家族愛ってのも感じた事がないから好きっていう事もない。

 与えられた事がないんだから、与えるはずもないよねぇ。

 あ、でも感謝はしてるよ?

 最低限、常識的な範囲でだけど。

 一応育ててもらってるんだからね。

 それをディスるほど人間性は終わってないと思いたい。


 でもねぇ、この家にいると段々気持ちは沈んでいくんだよねぇ。

 だって、この家は冴姫ちゃんを苦しめるから。

 

 男の子を求められたからって、別にわたしは怒ったりしない。

 どうしようもない事を言ってもどうしようもないままなのに、非効率だなぁと思うだけ。

 でもね、そういう事を言っちゃうと冴姫ちゃんが傷ついちゃうんだよ。


 冴姫ちゃんは同い年なのに、姉だから。

 この家の重荷を背負ってしまっている。

 だからわたしは軽いままでいられるんだ。

 荷物は全て冴姫ちゃんが持っていくから。

 甘えちゃってるんだよね。


「母親にそんな口を利くものではありません」


 ヒマだから冴姫ちゃんの部屋に遊びに行こうとしたら、お母さんの声が聞こえた。

 反射的に身をひそめると、案の定、そこには冴姫ちゃんもいた。

 痛々しい表情で、逃げるようにその場を後にしていた。

 また、きっと冴姫ちゃんは傷ついた。

 何度この光景を目にすればいいのだろう。

 終わる日は来るのだろうか。

 わたしは冴姫ちゃんの後を追って走り出す。


「颯花、家で走るのはやめなさい」


「ごめんなさーい」


 すれ違うお母さんに諫められて、わたしは両手を重ねて謝る。

 でも、速度は緩めずにそのまま駆ける。

 背中に突き刺さる視線を感じたけど、別にいいよね。

 ちゃんと謝った上で、選択をしている。

 わたしはやっぱり冴姫ちゃんの方が大事だから。


 きっと跡取りは婿養子をとって、わたし達以外の誰かが継ぐのだろう。

 そのために好きでもない人と一緒になる日が来るのかもしれない。

 わたし達のどちらかの未来は閉ざされるのかな。

 そんな日は来ないで欲しいと願っている。


 わたしとよく似ているはずなのに、もっと大きくて広い背中が見える。

 その背中にわたしはどれほど甘えて来ただろう。


「冴姫ちゃーん」


 振り返ったわたしの姉は朗らかな笑みを浮かべる。

 さっきまであんなにツラそうな表情を浮かべていたのに。

 

「どうしたの、颯花」


 強くて、怒りっぽくて、繊細で、優しいわたしの姉。

 わたしにはそんなお姉ちゃんがいるから、ずっと笑っていられるんだよね。




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