26 心のどこかで
「ま、待ってよ二人とも……ご、誤解だから」
これはまずい。
冴姫も颯花 も、私が二人を裏切ったと思ってしまっている。
そんな事あるわけないのに、二人三脚のペアでのイレギュラーが良からぬ方向に働いてしまった。
「何が誤解よ、三人囲んで楽しそうにしてたくせに」
「逢沢さんと乙葉さんと星奈さん……クラスの中心的人物にかまってもらえて嬉しかったのかなぁ?」
ぐ、ぐぬぬ……。
まるで二人とも出会ったあの頃に戻ってしまったみたいだ。
「違うって、逢沢さんの思いつきに皆で一緒に困ってただけだから」
これは声を大にして言わせてもらう。
私はあの状況を決して喜んでなんていない。
むしろ困惑していて、何よりも気になっていたのは冴姫と颯花の事だった。
「嘘よ、じゃあどうして柊子の所に人が集まるのよ」
「そうだよ、好いて好かれてる人にしか人は集まらないんだよ。それはわたし達が一番知ってるんだから」
「……えっと」
だが、その言葉を双美姉妹に言われてしまうと、返す言葉を探すのは難しい。
特にあの三人は偏見も少なく、フラットに私を評価してくれていると思う。
そういう意味では双美姉妹の言っている事はある種、正しいのかもしれない。
多少なりとも好意があるからこそ、私の元に集まってくれたのだと。
「そうよね、乙葉か星奈もしくはそれに行き出来る逢沢の近くにいた方が生きやすいでしょうよ。どうせそっちに行きたくなったんでしょ」
「気持ちが揺らいだら、それはもう裏切りなんだよ。気持ちが揺らいだから、柊子ちゃんの周りには違う人が集まったんだよ」
冴姫と颯花はあくまで私を突き放そうとする。
そんなにも私は二人を裏切るような行為をしてしまっただろうか。
その気持ちを傷つけるような立ち振る舞いだったろうか。
私は心のどこかで揺らいでいたのだろうか。
「結果が答えを示してるのよ」
「そうだよ、心が結果を作るんだよ」
理屈は通っている。
客観的に考えても、二人の言葉におかしい部分は見当たらない。
「そうかもしれない、二人の言ってる事は合ってると思う」
冴姫と颯花が、苦痛に顔を歪ませる。
私が認めた事に落胆しているのだろう。
せめて、否定して欲しかったのかもしれない。
言葉の上だけでも、違うと言い続けて欲しかったのかもしれない。
「じゃあ、もう柊子と話す事なんてない」
「さようなら柊子ちゃん、助けてもらった事には感謝してるよ」
二人が踵を返して、校門から出て行こうとする。
かつての双美姉妹に戻ったように、二人だけの世界で閉ざされたように。
その世界から私を追い出して、また殻に閉じこもるつもりなんだ。
それが冴姫と颯花の選択。
「……だけど、やっぱり違う」
二人の言っている事は正しい。
私は主人公である逢沢さんにも、ヒロインである乙葉さんと星奈さんにも少なからず好意を持っている。
でも、それは私のほんの一部分を示しているに過ぎない。
一番、私の大事な所が見過ごされている。
「待って」
だから走り出して、二人の背中に追いついて、その腕を取った。
「何よ、今さらもう遅いから」
「離して欲しいなぁ」
その声は遠く弱くか細い。
振り返った二人の視線は揺らいでいた。
ほら、やっぱり冴姫と颯花だってもう違うじゃん。
初めて会った時のような冷たさを帯びる事なんて、きっともう出来ない。
それもまた答えなんだ。
「だって私はここにいるんだから、それが答えなんだよ」
私は冴姫と颯花の元を離れようだなんて、これっぽっちも思っていない。
冴姫と颯花をないがしろになんて、私はしていない。
「何が言いたいの、それ」
「追い縋れただけで許せるほど、わたしたちもお人好しじゃないんだよ」
分かっている。
双美姉妹は私が泣きついただけで許してくれるような人じゃない。
と言うより、そういうのを最も嫌うだろう。
私だってそんな事をするつもりなんてない。
「冴姫と颯花が言ったんだよ、好意がなきゃ人は集まらないって」
「だから、それが柊子の気持ちの証明だって言ったのよ」
「そうだよ、見苦しいよ柊子ちゃん」
私は首を振って否定する。
「私がいるのはどこ?」
「どこって……」
「ここにいる、けど……」
冴姫と颯花が互いを見合って眉をひそめる。
二人の言葉が私を否定するのなら、私もまたその言葉を使って二人を否定しようと思う。
「そうだよ、冴姫と颯花の所にいるんだよ。私は他の誰でもない二人の所に」
だから、冴姫と颯花が言っている事が正しいとするのなら。
私はちゃんと双美姉妹を選んでいる。
好いて好かれている人にしか人は集まらないのなら、私の気持ちはやっぱり二人の元にあるという事だ。
私の心がこの結果を作っている。
「……呆れた」
「……なんかそれって屁理屈だよねぇ」
冴姫と颯花は面を食らったように互いを見合って肩を落とす。
どこか諦めにも似た溜め息を同時に吐き出しながら。
「ちょっと離して」
「え」
冴姫に手を振り払われる。
やっぱり、こんな一方的な主張は通らないだろうか。
「……もうっ」
「え、わっ」
ぽすっと、かなり弱めの右ストレートがお腹に入る。
痛みはないけれど、何かをぶつけたい。
そんな衝動だけは感じられた。
「遅すぎだから、そんなに言うならもっと早く来なさいよ」
「……ごめん」
冴姫と颯花に視線を注がれている間に、もっと早くこうしていられたら。
こんなにも怒らせる事はなかったのだろうか。
「わたしも離してねぇ」
「あ、えっと」
颯花にも手を振り払われる。
「……えいっ」
「わわっ」
颯花は体ごと私に飛び込んできた。
慌てながらようやく彼女の体を受け止める。
「そんなに言うなら、ちゃんと掴まえとかないとダメだよねぇ。いつまでもいるとは限らないんだよぉ」
「……うん、そうする」
もうこんな事が起こらないように、二人をずっと掴まえていたいと思う。
「あ、ちょっと、颯花ずるいっ」
「何のことかなぁ、右腕も全身もどっちも同じ体だよぉ?」
すると今度は姉妹喧嘩が始まりそうな雰囲気に。
どうしてすぐに不穏になっちゃうのかな。
「ふん、じゃああたしもそうするだけよっ」
「え、おっと」
今度は冴姫も体ごと私に飛び込んでくる。
双美姉妹の柔らかい体と、その甘い香りが私の中に……。
な、なんだこの状況。
ついさっきまで険悪な雰囲気から、一気に幸せモードに。
「何よ、重いとか言わせないわよ」
「受け止める覚悟もないのに、わたし達と一緒にいるわけじゃないもんねぇ?」
「も、もちろんっ」
ここでビビってしまうような私は中途半端な女ではない。
冴姫と颯花と一緒にいる事の意味は、きっと誰よりも分かっていると思うから。
「ならもう離さないで」
「ずっと掴まえててねぇ」
冴姫と颯花が胸の中で、私を見上げるようにしてそんな甘い言葉を吐く。
その上目遣いの可愛さも相まって、私の心は絆されていた。
「そのつもりだよ」
そんな覚悟は初めて会った時から、決めていた事だ。