25 波乱の幕開け
「逢沢さん、直ちに撤回すべきよ」
「紬、これはさすがにやりすぎ」
二人三脚のペア決めを強制終了させた放課後。
席に座る逢沢さんの前には、ヒロインである乙葉さんと星奈さんが詰め寄っていた。
当然だ。
本来であればどちらかが選ばれるはずの展開だったのに、どちらも選ばれなかったのだから。
納得いかないに決まっている。
「あら、何の事でしょう?」
さすがの主人公ムーブだった。
「決まっているじゃない、二人三脚の件よ。初めからペアは私とお願いしていたのに……!」
「それで言うならあたしだってお願いしてたし。無かったことにされてショックだし」
「お二人とも、ご期待に沿えず申し訳ございません」
どちらも不満ありありな態度にも関わらず、逢沢さんは謝罪としてしっかりと頭を下げる。
……ま、ここはとりあえず良しとしよう。
私のペアをヒロインが認めるわけないのだから、最終的には逢沢さんも根負けしてどちらかを選ぶ事になるだろう。
この場はお任せするとして、私は私でやらなきゃいけない事がある。
私は席から立ち上がった。
「どこへ行くのかしら白羽さん」「どこ行くし白羽っち」
「……え」
お任せするはずのヒロインさん達に肩を左右に掴まれ、引き留められる。
「この問題の張本人でしょ……?」
「ハーレム作りも限度があるし」
めりめり、と。
両肩に指が食い込んでいく。
乙葉さんは涼し気な、星奈さんはにこやかな表情なのに、指先に込められている力には執念を感じる。
だがしかし、お二人は分かっていない。
「……いや、あの、これは私も寝耳に水でして」
だから是非とも、お二人の力で修正を図ってもらいたい。
申し訳ないが、私には私のやるべき事があるのでお願いねっ。
「へぇ……。つまり逢沢さんに懸命にアピールしていた私は滑稽だと言いたいのね? 貴女は何もせずとも逢沢さんからの寵愛を受けたと、そう主張しているのね?」
「アレだけ双美姉妹が毛嫌いしてる紬に好かれるとかヤバすぎだからね。なにその禁断の関係、さすがに節操は守った方がいいんじゃね?」
ひ、人聞きが悪い……。
二人とも逢沢さんに惚れてる弱みで強く言えないからって、私にその怒りをぶつけないで欲しい。
いや、私に落ち度があるのは重々承知なんだけど。
かくなる上は……。
「だってさ逢沢さんっ。ここまで言ってくれてるんだから、やっぱり乙葉さんか星奈さんとペアを組むべきじゃないかなっ」
こうなったら私も説得するしかない。
最悪、二人三脚は私一人でもいいですよっ。(暴挙)
応援係でも問題ないですっ。
「それでしたら、乙葉さんと星奈さんがペアを組むのがよろしいかと思います」
自身の両手を重ねて、名案だとばかりに笑顔を咲かせる逢沢さん。
分かる、分かるよ。
逢沢さんサイドからすれば、乙葉派と星奈派が直接手を取り合ってくれるのが一番平和だもんね。
そうしたら、私に手も差し伸べられるしねっ。
でもね、理想と現実は違うんだよ。
ほら、乙葉さんと星奈さんが固まっているでしょ?
「ちょっと来なさい」「ちょい来て」
「え、わわ」
今度は乙葉さんと星奈さんに連行される。
気付けば教室の隅に追いやられていた。
「何をどうしたら逢沢さんにそこまで好かれるの?」
「おかしくない? 紬の隣の席になるとそんなに距離が縮まるわけ?」
二人とも完全に困惑していた。
教室の角に私は挟まり、ぐいぐいと迫られている。
「いや……私そこまで逢沢さんと話してないけど……」
とても二人が思ってるようなフレンドリーな間柄ではない。
「でも、おかしいじゃない。私がどれだけ逢沢さんとコミュニケーションを取ってきたと思ってるの? 本当は何かきっかけがあったのでしょう?」
「あたしだって何度もショップとかカフェ巡り誘ってるし? 絶対白羽っちも遊びに誘ってるとしか思えないんだけど」
ヒロインがモブに恋愛相談を始めるという歪な構図になってしまった。
だけど、私の交友関係なんて二人とも知っているじゃないか。
「いや、私は冴姫と颯花しか仲良い人いないよ」
「……何よそのウルトラC」
「……え、紬と仲良くなるには双美姉妹と仲良くなればいいの? え、脳がバグるんだけど?」
二人とも絶望していた。
確かにこうして言語化してみると、状況は滅茶苦茶だった。
何と声を掛ければいいのだろう。
「ほら、恋愛に方程式はないって言うし?」
乙葉さんは乙葉さんの魅力で、星奈さんは星奈さんの魅力で、逢沢さんの心をゲットしてねっ。
「貴女が言うとそれは煽りなのよ」
「テンションダダ下がりなんだけど」
ダメだった。
だが切羽詰まっているのは、私も同じなのだ。
こうしている今も状況は悪化の一途をたどっている。
「と、とにかくね。ここは二人にお願いするから、逢沢さんを説得してねっ」
「貴女は何をする気なのよ」
「ここまで状況かき回しといて、人任せとかヤバいから」
ちらりと、視線を黒板側に向ける。
そこには冴姫と颯花が静かにこちらを見ていた。
背中がぶるりと震えて、焦燥感に駆られ始める。
「いや、私も冴姫と颯花に怒られるから困ってるんだよっ。は、はやく、ご機嫌を取り戻さないと……」
「ご愁傷様ね」
「ドンマイ」
状況を察した二人が、今度は打って変わってぽんと肩を叩いた。
絶対二人ともいい気味だと思っている。
自分と同じ状況だと思って喜んでいる。
「分かったわ、逢沢さんとは話してみるから。貴女は自由にやりなさい」
「紬のことは了解、双美姉妹はがんば」
二人とも脱力気味で私を応援している。
やる気は微塵も感じられないけど、とにかくヒロインの束縛から解放される。
私は冴姫と颯花の元へと急ぐ……が。
「あ、あれ、い、いないっ」
さっきまでいた双美姉妹の姿が見えなくなっていた。
先に帰ってしまったのだろうか?
いつも一緒にいてくれたから、余計にこの事態が深刻である事が判明する。
急いで廊下へと駆ける。
玄関口へと急ぐと、冴姫と颯花は校門前まで歩いていた。
慌てて外靴に履き替え、走り出してようやく追いつく。
「ご、ごめん。二人とも、ちょっと聞いてっ」
声を掛けると二人は静かに足を止める。
ゆっくりとこちらを振り返ると、その瞳は凍てついていた。
今までも何度か機嫌を損ねてしまう場面はあった。
だけど、今回は勝手が違う。
その瞳の奥は憤怒の炎を湛えていた。
「「……嘘つき」」
彼女達は闇落ちする事なく、純粋な怒りを私に抱いていた。