23 完全復活の日
「うん、今日からもう松葉杖なしで外を歩いてもいいよ」
「え……?」
今日は病院受診の日。
早期退院させてもらう条件として、私は定期的な受診を義務付けられていたのだ。
場所は診察室で、対面に座っているのは割とお年を召しているであろうお医者さん。
そんな先生は画面に映る私の骨の画像をいくつか見ると、カタカタとキーボードを打ち込んだ後に、オーケーサインを出してくれた。
「もう要らないんですか?」
「うん、もう骨はちゃんとくっついてるし、その後の経過も良好だから大丈夫だよ。やっぱり若い子の治りは早いね」
「な、なるほど……てっきり足が痛む時があるのでまだ時間が掛かると思ってたのですが……」
「骨自体は完全に癒合しているから、後は筋肉の問題じゃないかな。入院してからの筋力低下だったりで痛みが誘発される事はあるからね」
「そ、そうでしたか……」
なるほど、素人目にはてっきり骨のせいなのかと思ってたけど。
そんな事もあるのですね……。
「念の為に痛み止めを処方しておくけど、どうしても痛みが続くようならまた受診して。その時、改めて診るから」
「わ、わかりましたっ」
「はい、それじゃ今日はこれで終わり。お大事にしてください」
「あ、ありがとうございましたっ」
……というワケで。
「白羽柊子、完全復活」
私は両足で地面を踏みしめていた。
若干だが右足に違和感は残るけど、これも時期に良くなるとのこと。
フリーになった両手が軽やかで心地よい。
自由になった気分だった。
「さて、それじゃ学校に行きますか」
私がお世話になった病院の外来受診は平日のみなので、今日は学院に遅刻登校である。
勿論、学院に届け出は出しているし、冴姫と颯花にも話してある。
『あたし達も付いて行くわよっ』
『そうだね、何かあってからじゃ遅いもんねぇ』
『いやいや、さすがに私の病院受診で三人で遅刻はおかしいから……』
突然双美姉妹が暴走しそうになったので、丁重にお断りしておいた。
説得には随分と時間が掛かったけど……まぁ、でもこうして自由に歩ける身になったのだから判断としては合っていたのだろう。
「ふふ、二人とも喜んでくれるかなぁ」
こうして私の足は完全に治った。
二人がもう罪悪感を抱く必要はない。
傷はいつか癒えるのだから。
私は少しだけ浮かれながら学院へと向かうのだった。
◇◇◇
「ちょっと柊子、つ、杖はどうしたのよっ!?」
「冴姫ちゃん、それよりも早く柊子ちゃんを支えないとっ、あ、足が大変な事になるかもっ」
「……ええ」
学院に着いたのはお昼休みが終わる頃だった。
なぜか校門前で待機していた双美姉妹は、私を見るなり大慌てだった。
すぐに察して喜んでくれるのかと思ったら、私が珍行動をしていると思われたみたいだ。
なんでだ。
「ほら、颯花は反対の腕持って」
「分かってるよぉ」
「あ、わ、ちょっと」
すると二人は左右に私と肩を組み始める。
二人が松葉杖代わりになろうとしてくれているのだけど、いきなり密着されると困ってしまう。
だって私はもう自由の身なんだから。
「だ、大丈夫だから、今日からもう松葉杖取っていいって言われたから」
とりあえず慌てる二人に私は距離を取り、もう大丈夫だという事を説明する。
「医者の言う事を全て鵜呑みにしていいと思ってるの!?」
「じゃあ誰の言う事を聞けばいいのかな……」
冴姫が失礼な事を言っていた。
いや、私を心配するがあまりに慎重になってくれているのは分かるんだけどね。
「セカンドオピニオンだよぉ、誤診の可能性を疑わないとっ」
「いや、治ってからするものじゃないと思うよ……」
セカンドオピニオンとは、簡単に言うと別のお医者様に診てもらう事だ。
一人の先生の意見だけではなく、複数の先生の意見を聞く事で治療の選択肢を広げるのが目的なんだとか。
今の私に該当する訳がない。
とにかく二人が慌て過ぎている。
「ここまで歩いてきたんだから大丈夫だよ」
「そ、そう……なのね」
「柊子ちゃんがそこまで言うなら信じるけど……」
二人ともピンピンしている私を見て否定しきれず、渋々ながら理解を示してくれた。
「あ、この通りもう元気になったから、もし大変だったら登下校も無理に付き合ってくれなくても大丈夫だからね?」
今までは私の体を心配するがあまりに一緒に登校してくれていたけど。
こうしてもう自由の身になったのだから心配しなくても大丈夫。
少しでも双美姉妹の負担を軽くしてあげたいと思い、私は確認してみた。
「へぇ……颯花、あたし達も松葉杖と一緒にポイ捨てされたみたいよ」
「いいんだよ……冴姫ちゃん、わたし達が柊子ちゃんを支える事が出来なたらそれで十分なんだよ」
「それもそうね。あたし達は柊子にとっての松葉杖ってことね」
「治れば使う必要がないんだよね」
ま、まずいまずい……!
また二人の瞳から輝きが失われていた。
「い、いや、もしも負担になってたらていう確認だからね? もう自由に歩けるから心配しなくても大丈夫だよって事を言いたかっただけっ」
「そう? わたし達は負担になんて一ミリも思っていないわよ」
「そうだよぉ。柊子ちゃんと一緒に登校するのはわたし達の意志で始めた事なんだから」
二人の瞳に輝きが戻る。
良かった、すぐに気持ちを落ち着かせてくれた。
「そっか、なら、これからもよろしくねっ」
これ以外の選択肢はない。
私としても二人と一緒にいれるのは楽しいからありがたいんだけど。
気の遣い方を間違えると、こういうすれ違いもあるんだね……。
気を付けるようにしないと。
「よし、それじゃ、昼休みも終わりそうだし学院に戻らないとねっ」
密着していた双美姉妹から距離を取り、学院へと足を運ぶ。
「柊子」
そのタイミングで、冴姫に呼び止められる。
何かと思って振り返ると、目の前に冴姫が近づいていた。
「え……」
すると、冴姫は私に抱き着いていた。
誰がいつ来るかも分からないのに、ぎゅっと強く抱かれていた。
「良かった、治って……本当に……」
……ああ。
そうだよね、ずっと気にしていてくれたんだもんね。
この足の傷が癒えて、冴姫の心も少しは癒えたのかもしれない。
震える声が、その気持ちを教えてくれた。
「柊子ちゃん」
今度は反対に颯花の声。
首だけ振り返ると、颯花が近づいていた。
「え、ええ……」
今度は颯花が私の背中に抱き着いていた。
双美姉妹に挟まれていた。
二人のぬくもりと甘い香りで包まれていく。
「安心したよぉ、ちゃんと歩けるようになって良かったねぇ」
すすり泣きそうな声。
二人とも、いつも明るく接してくれていたけど、やっぱり私に重い罪悪感を抱いていたんだ。
それが解放されて、きっと心が軽くなったんだと思う。
「二人とも、ありがとうね」
「それはこっちの台詞なんだけどっ」
「感謝するのはこっち方なんだよぉ」
そうやって少しの間、何とも言えない湿っぽくも温かい気持ちに包まれながら。
私たちは抱き合っていた。
この温かさを捨てる理由なんて、どこにもないのだから。