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21 スポーツ精神


「昨日は如何(いかが)でしたか?」


「え……」


 翌日の朝。

 席に着くとニコニコ笑顔で話し掛けてくるのは隣の席の逢沢(あいざわ)さんだ。

 何か良い発表を心待ちにしているような、そんな面持ちに見える。


「放課後は図書室でお勉強をされたんですよね? 双美(ふたみ)さんとの仲を深め、クラスメイトとの関係性を修復する一助になれそうでしたか?」


「いえ、むしろ怒られて罰を受けました」


「まぁ」


 口に手を当てて驚いているけど、そんな所作も上品だった。


「あ、あとですね……私に話しかけてくれる時はなるべくこっそりしてくれると助かるのですが……」


「まぁ」


 もはや想定内だったのか、次のリアクションは控えめだった。

 

「ご不快でしたか?」


「あ、いや、じゃなくて。目立つとあの二人が……」


 ちらっと前方に目配せすると、冴姫(さき)颯花(そよか)がじーっとこちらを見ていた。

 “逢沢と何話してんの?”

 と、音を発していないのに意志を汲み取れるのは、私も二人に対する理解度が上がって来たのかもしれない。


「うふふ、これは失礼しました」


 分かってくれたのか、逢沢さんは私から視線を外して小声になる。

 それでも楽しそうに笑っているのには彼女の度量の大きさを感じる。


「ですが、白羽(しらはね)さんがこのクラスの架け橋になるのは時間の問題かと」


 その大義は逢沢さんのものですよ。

 私は双美姉妹の人間関係の改善に一役買えればそれでいいのです。






 体育の時間。

 今日は体育館でバレーをするそうだ。

 私は怪我人という事で、残念ながら見学するよう先生ストップが入っている。

 うん、非常に残念だ。

 バレーをしたかったのに非常に残念だ。


「なんで見学なのにウキウキでジャージに着替えてるのよ」


「プレイする人より準備早いの不思議だよねぇ」


「え、そうかな?」


 学院指定の紺色のジャージに着替えた私達は体育館の隅っこで待機していた。

 なのに冴姫と颯花にはどうしてかジト目を向けられている。


「いや、見学だって立派な授業参加だからね。ちゃんと気合入れとかないと」


 私は鼻息荒くガッツポーズを取ってみる。


「絶対バレーやらなくて済んで喜んでるだけでしょ」


 ぎくり。


「皆が頑張ってる中、柊子ちゃんだけ高みの見物なのを楽しんでるのかなぁ?」


 ぎくり。


「そ、そんな性格悪い子みたいに言わないでよ……」


「柊子が喜んで体育に参加するタイプに見えないだけよ」


 見透かされている。


「柊子ちゃん、運動好きだっけぇ?」


「ノーコメントで」


 私の身体機能を侮らないで頂きたい。

 思ったように体は動いてくれないし、少し飛び跳ねると腰か膝かあるいは両方が悲鳴を上げがちだし、あと単純に汗をかくのが好きじゃない。


 ……ん?


 思えば、運命のあの日。

 私が橋から落ちたのも運動神経のなさから来ているんじゃないだろうか。

 あの瞬間、運動神経がいい子だったら普通に助けられたような気もする。

 え、という事は、今の関係性って私のマッチポンプ?


「ご、ごめん……私の運動音痴のせいで二人に罪悪感を植え付けて……」


「ちょ、ちょっと、いきなりテンション落とさないでよっ。意味が分からないし、反応に困るわっ」


「柊子ちゃんも意外に情緒不安定なところあるよねぇ……」


 どよんと私が沈み込んでいると、今度は二人が慰めてくれる。

 優しさトライアングルが完成していた。




        ◇◇◇




 なにはともあれ、 授業が始まればステージ上の隅で私はコートを眺めていた。

 普段、一緒にいる子達がスポーツをしているのを見るのは意外に楽しかったりする。

 でも自分がプレイすると地獄に変わるのが体育の不思議ポイントだ。


 ――ピッ


 試合開始の笛が鳴る。

 サーブが相手コートに緩い放物線を描くと、レシーブでボールが天井に上がる。

 天高く空に舞う少女が腕を振ると、スパイクの轟音が体育館に響く。

 ボールは誰の手に触れる事なく、コートに打ち付けられていた。


「ふぅ……ちょろいわね」


「あはは、冴姫ちゃん一人で試合終わらせないでねぇ」


 冴姫と颯花のワンツーフィニッシュで終わらせていた。

 あの二人、やはり高い運動神経を持ち合わせているらしい。

 そういうポテンシャルを含めて、双美姉妹は厄介者とされていた。

 ほら、周りのクラスメイトは委縮しちゃってるもの。


「いや……ある意味、これもよくないのだろうか……?」


 円滑な人間関係に、圧倒的な運動神経は足かせになるような……。

 いや、でもスポーツってそういうものな気もするし……。


「相変わらず運動神経デタラメだなぁ、あの姉妹」


「うん、そう思う……って、え?」


 すっかり双美派閥認定を受けている私の隣はいつも空席だった。

 だから隣に座るクラスメイトなんているはずないのに。

 軽快な口調で隣に腰かけていたのは、ピンク色の髪をポニーテールでまとめた少女、星奈雅(ほしなみやび)だった。


「おっす、堂々とサボり?」


 屈託のない笑顔を見せる星奈さんは、対人関係の障壁を軽く飛び越えてくる親しみやすさがある。


「怪我人だから見学だよ」


「へぇ、見てるだけじゃつまんないじゃん」


「いや、むしろ楽しい」


「え、マジ?」


 しかし、ここに陽キャと陰キャの壁がすぐに露見する。

 同じ事象でも、受け取る感性が真逆なのだ……。

 陽にあたる者の輝きは私にはツラい。


「アレかな、そーいう力の抜け具合が(つむぎ)に刺さった感じ?」


 その瞳の奥がぎらりと光ったのを私は見逃さない。

 やはり、星奈さんも乙葉(おとわ)さんと同様に逢沢紬(あいざわつむぎ)についての話だったか……。

 なんか、一気に嫌な予感がする。


「最近さ白羽(しらはね)っちと紬、仲良さげだよね」


「え、いや、あれは逢沢さんが話しかけてくれただけで……」


「それが珍しいんだよね。紬、あんまり誰かに対して一方的に話す事ないのに」


「……た、たまたまかと」


 まずい。

 これは完全に乙葉さんと同じ会話の流れな気がする。


「たまたまねぇ。あの難攻不落の双美姉妹とカフェに行って、公平性の塊の紬にちょっかい掛けられて、乙葉にも目をつけられてんでしょ?」


 ……や、やばいぞ。

 どれも事実ではあるんだけど、それが良くない解釈をされそうな気がしてならない。

 背中に汗が伝う、運動してないのに。


「もしかして、ハーレムとかでも築くつもり?」


「ないないないっ!」


 乙葉さんに引き続き、完全な誤解を受けていたっ。

 どうしてこうなるのかなっ。

 きっと逢沢さんのせいなんだけどっ、全員が私に注目するのは違うと思う。

 貴女たちの恋の一幕は、私そっちのけでやって欲しいのにっ。


 ――バンッ!


「ひぃっ」


「おっと、ビックリ」


 なぜかステージ上、それも星奈さんの隣にある空間に強烈なスパイクが打ち付けられていた。


「ごめん、ミスったわ」


 冴姫がふてぶてしい表情で、目線も合わせずに言葉だけで謝罪していた。

 ……あ、これマズいやつだ。(察し)


「……あたしのこと狙ってなかった?」


「ま、まさかぁ(棒)」


 大丈夫、この後お叱りを受けるのは私だよ。


 ――バンッ!


 試合再開したと思ったら、またステージ上にスパイクがっ!


「ごめんねぇ、相手のコートがそっちに見えちゃってぇ」


 颯花が満面の笑みを浮かべていた。

 それはそれで謝罪の雰囲気が一切ない。

 ……こ、怖い。


「あはは、モテモテじゃん白羽っち」


「え、どこが?」


 しかし、生粋の陽キャはこういう展開に燃えるらしい。

 ウキウキ顔でボールを持つと、ステージから降りていた。


「ちょっと体育めんどいなぁと思って控えになってたんだけどさ、あそこまでされたらやり返さないとねー。はいはい、メンバー交代っ!」


 すると星奈さんは意気揚々とコートの中へ。


「ほらっ、ね!」


 ――バンッ


 と、今度は星奈さんが双美姉妹のコートにスパイクを打ち付けていた。

 ちなみに星奈さんは可愛くてスポーツも出来るのにサボりがちという、陽キャ属性が眩しすぎる子です。


「派閥争いが過激になっている気がする……」


 バレーで向かい合う双美姉妹(悪役令嬢)星奈さん(ヒロイン)の構図に、息を潜めるのだった。




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