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02 救い救われ


「……ん」


 目を覚ますと、私は体に馴染まない固い病院のベッドの上だった。

 死を覚悟した私だったが、奇跡的に助かっていたのだ。

 というのも、私が落ちたのは川ではなく近辺の土の上で、高さも2m程だった為に右足関節の骨折で済んだらしい。(あと全身打撲)

 それでも大怪我な事には変わりないけれど、命に比べれば気持ち的には軽かった。


 入院期間も一ケ月が過ぎ、状態は着実に改善している。

 この怪我は私の行動と結果によるものだから、受け入れる事も出来ていた。


「まぁ……それはいいんだ、それは」


 それよりも圧倒的に受け入れ難い状況が今、起きていた。


「あ、目を覚ましたわね。どう、食欲はあるの柊子(とうこ)?」


 柊子……とは、私の名前。

 白羽柊子(しらはねとうこ)というモブの名である。

 そして、その名を口にしているのは悪役令嬢であり双子姉妹の姉である双美冴姫(ふたみさき)だった。


「……いや、起きたばかりなので、食欲はないです」


 入院生活というのは退屈だから、安易に二度寝をしたのがいけなかった。

 いつの間にか、当たり前のように隣に座る来客者がいた。


「そう、じゃあ果物なら食べられるわね。颯花(そよか)、リンゴある?」


「ざんねぇん、柊子ちゃんは梨が好きなんだよぉ冴姫(さき)ちゃん」


「……」


 妹である双美颯花(ふたみそよか)も一緒に来ていた。

 そして、ツッコミたい所は多々ある。

 どうして私の病室にいるのか、是が非でも食べさせようとしてくるのか、好みを把握しているのか(言った覚えがない)。

 謎だ。


「そう、じゃあ梨にして」


「うん、これ」


 颯花が鞄から取り出したパックを、冴姫が受け取っている。

 家で切って来てくれたのだろうか、既にカットされている梨をパックから取り出し、お皿に乗せてフォークと共に手渡される。


「梨よ」


「……いや、それは分かってるんだけど」


 食べろ、的な圧が強い。


「産地にこだわる人? 千葉県産の美味しいって有名な品種だよぉ」


「……いや、ありがたいんだけど、こだわりはないよ」


 というか気にした事もない。

 そこまで配慮されてる事に申し訳なさすら感じる。


「あ、そっか、ごめん。あたしったら気付いてなかったわ」


「え、あ、うん」


 すると、私の無言の間を読み取ったのか、手渡してくれた皿を冴姫が回収する。

 どうやら私の困惑を理解してくれたらしい。

 “後で食べるから冷蔵庫に入れといて”、と言おうとして……。


 ――サクッ


 と、フォークで梨を差す小気味いい音が鳴り、その果肉が私の口元まで運ばれていた。


「あーん、しなさいよ」


「……え?」


 謎の状況は加速していた。

 どうして私は冴姫にあーんされそうになっているのだろう。

 ていうか、あーんてこんなに圧が強い行為だったっけ?


「何よ、病み上がりで梨を食べる動きも辛いんでしょ? これくらいはするから遠慮はいらないわ」


「い、いやいやっ、動きは大丈夫だからっ。怪我したのは足だからっ」


 さすがにそこまで衰弱はしていない。

 私の無言を、冴姫はかなり重い状況として誤解してしまったようだ。

 それにしても、そこまで甲斐甲斐しくする必要はないと思うのだけど……。


「あ、分かったぁ。きっと咀嚼するのが大変なんだよ。ちょっと待ってねぇ、みじん切りにした梨を用意して来るから……」


「いやいやっ、口も大丈夫っ! 何でも嚙めるし飲めるからっ」


 鞄を持ち上げてどこかへ行こうとする颯花を止める。

 これ以上、彼女達に不必要な労力を掛けさせたくはない。

 私は冴姫の手元にあるお皿をもう一度、受け取るとフォークを掴んで梨を口にする。


 ――シャクシャク


 と、口の中で独特で爽快な食感と、清涼感のある果汁が喉を潤す。

 いや、美味しいよ?

 美味しいけど、状況が飲み込めないんだよね……。


「まだいる? いるなら言ってちょうだい」


「他にも林檎とか桃とか蜜柑とか用意してるよぉ?」


 なんだこの過保護な感じ。

 というかそんなに果物用意してくれてるの?


「だ、大丈夫、もう十分だよ」


 この姉妹、入院してから私に対してずっとこの調子なのだ。

 転落前後で態度の差がありすぎる……。

 最初は罪の意識を感じているのだろうと思っていたのだけど、あまりに毎日お見舞いに来るので逆にこっちの方が申し訳なさを感じるようになっていた。


「ね、ねぇ……? 私の事を心配してくれるのは嬉しいんだけど、たまにはお見舞いを休んでくれてもいいからね?」


 入院生活は退屈だけど、別に不自由すぎるという事もない。

 一人部屋はある程度のプライベートは確保されているし、スマホがあれば暇つぶしはいくらでもある。

 リハビリの時間で運動もしているし、案外一人でも何とかなっている。


「そう……そうよね。あたしみたいな疫病神なんて見たくはないわよね」


「そうだよね……罪は償えないから、罪なんだよねぇ」


 ――ズーン


 と、部屋に差し込む光が遮られ、重力が増したかのような重圧感……と錯覚するほど空気が一変する。

 よく見ると、姉妹の瞳からハイライトが消え、口元だけが引き攣った笑みを浮かべている。

 怖い、はっきり言って怖すぎる。


「よし、立ち去ろうか颯花。何だったらこの世界からも」


「そうだね冴姫ちゃん。そうすれば柊子ちゃんの中の世界は浄化されるだろうし」


 抑揚の失った声音で物騒すぎる意思確認をしあう姉妹。


「あーーっ! ウソウソっ、ほんとは一人で退屈だからいてくれると助かるなぁっ」


 しかも、何が怖いかってこの二人は本当に自ら消え去ろうとしていた事実がある事だ。

 原作シナリオでは、この時間軸で双美姉妹が姿を現す事はもうない。

 それゆえにいつ闇落ちが復活してもおかしくないという疑念を生み、彼女達を拒否しきれない理由だった。

 せっかく生きる決断をしてくれたのに、私が原因でまた元に戻っては本末転倒なのだ。


「そう? それなら良かったわ。てっきり、あたしの顔なんてもう見たくないのかと勘違いしちゃったわ」


「いや、そんな事ないからね……。冴姫が元気な姿でいてくれるのが一番だから」


「ほんとだよぉ。わたしの存在が柊子ちゃんの重荷になったらいつでも軽くしてあげるから言ってねぇ?」


「大丈夫、全然重くないからね……。颯花にはいつも助けられてるし」


 何とか姉妹の瞳にハイライトが戻り、表情に感情が宿る。

 部屋にも明るさと軽やかさが戻っていた。

 とは言いつつも双美姉妹は爽やかな表情で、実は暗めの事しか言っていないんだけど。

 でも気にしない。そこまで気にしていると、こちらの身が持たないからねっ。


「でも、私に罪の意識は感じなくていいからね……? 本当にアレは私が勝手にやった事だから」


 モブが勝手に救おうと奮闘して、勝手に転落して怪我をした。

 要約するとそれだけの出来事で、つまり自業自得なのだ。

 罪悪感が残るのは分かるけど、彼女達は必要以上に罪の意識を感じているように見える。

 私としては双美姉妹が健やかに生きていてくれれば、それでいいのだ。


「それはムリな相談ね」


「そんな不可能を要求されても困っちゃうよねぇ」


「ええ……」


 秒で拒否された。

 何が彼女達をそこまで駆り立てるのだろう。

 橋の上では明らかに私の事を遠ざけていたのに。


「柊子はあたし達の恩人、それに報いるには何をしても足りないわ」


「柊子ちゃんがわたし達を救ってくれたんだから、誠心誠意尽くすしかないんだよぉ」


「……さ、さようでしたか」


 ……なんだろう。

 これって双美姉妹は、本当に闇落ちから開放されているのだろうか?

 病んだ気持ちを、そのまま私という方向を指しているだけのようにも感じる。

 だから、その方向性を違えばすぐ危うい行動に出てしまうわけで。

 本当の意味で、彼女達は救われていないのではないかと思ってしまう。


「あたしに出来る事があったら何で言うのよ」「わたしに出来る事があったら何でも言ってねぇ」


「……はい」


 声を揃える姉妹に、私は頷く事しか出来ない。

 嬉しいんだけど、この状況が一番困ってます……とは、流石に言えないよね。


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