18 解決案
「白羽さんは、双美さんと大変仲睦まじくあられるのですね」
「はい?」
休み時間、授業に疲れて体を伸ばしていると隣の席の少女が私に声を掛けてきた。
逢沢紬。
カノハナの主人公である。
落ち着いた声音と、ゆったりとした仕草で自身の頬を押さえていた。
「えっと、仲は確かに良いと思うんだけど……」
それが果たして、逢沢さんが何か言いたいのかが分からない。
彼女が私に話しかけてくるのも非常に珍しくて、妙に緊張してしまう。
「お昼休みの三人での昼食、双美さんが誰かと食事をとられるのは初めて拝見しました」
「……んぐっ」
反応に困った。
まぁ、そりゃ見る人もいるよね。
やはり、モブと双美姉妹では目を引いてしまう人も多かったのだろう。
逢沢さんも、その中の一人だったというわけだ。
「冴姫さんは貴女を背負い、颯花さんは貴女にお弁当を振る舞う。支え合うその姿はとても微笑ましく、尊いものでした」
「……あ、そ、そうですかねぇ」
なんかもう全部見られていたらしい。
いや、特に隠しているような事でもなかったから見られる可能性は大いにあったんだけど。
まさか逢沢さんに全て見られているとも思っていなかった。
「あの、それが何か……?」
いや、煽っているとかじゃないんだけど。
単純に逢沢さんが何を考えているのか分からなかった。
双美姉妹とは犬猿の仲のはず。
その二人と仲良くする私に、何か身の危険でも感じているのだろうか……?
どう動いてくるのか、固唾を飲んで返事を待つ。
「ええ。このクラスの輪を繋ぐのは白羽さんなのだと、今日確信に至ったのです」
逢沢さんは自身の両手を重ねて、にこっと笑顔を咲かせる。
そして、とてもとても意味不明な事を言ってらっしゃった。
「……はい?」
おさらいになるけど、カノハナは乙葉派と星奈派の対立を逢沢紬が繋いでいく物語だ。
間違っても、モブが繋ぐような物語ではない。
ていうか、もはやそれはモブではない。
だからこの人は今現在、笑顔の花を咲かせながら職務放棄をしようとしているのである。
……いやいや、笑えない笑えない。
「このクラスの分断は乙葉さんと星奈さん、そして双美さんの三組によって生じていると思うのです」
「あ……まぁ……そうでしょうね」
原作ならここで双美姉妹は退場しているので、乙葉と星奈のみになるはずなんだけど。
実際には双美姉妹は健在なので、カオスな状況は継続中ではある。
「そんな双美さんとの輪を紡げる貴女なら、きっとこのクラスの調和を築けると思うのです」
うん、やめてもらおうか。
主人公の仕事をモブに押し付けるのはやめてもらおうか。
でも、そんな事をリアル世界では通用しないので言えるわけもないのがツラい。
誰にもこの思いはシェア出来ない。
「むしろ逢沢さんこそ、このクラスを良く出来る人だと思うけど?」
これは完全に客観的事実なので声を大にして言わせてもらう。
それが運命なのだから。
ちゃんとその自覚を持って頂きたい。
「いえ、それが……双美さんとだけはどうしても仲良くなれなくて……力及ばず、ですね」
逢沢さんが口をへの字にして困り顔になる。
ま、まぁ……確かに、本来なら双美姉妹はいない中で調和を築くのが逢沢さんの物語だ。
イレギュラーが発生している状態ではある。
それを引き起こしたのが誰かと言われると……私か。
え、因果応報?
だとすると、これはもはや他人事ではない。
この状況を作ったのは私でもあるのだから、逢沢さんに丸投げというわけには行かなくなった。
それにポジティブに考えれば、この状況は良い方向へ転換するチャンスかもしれない。
「あの、仮に逢沢さんと双美姉妹が仲良くなれば、クラスの関係性は改善できるかな?」
「……断言は出来ませんが、善処は出来るかと」
「だ、だよねっ」
逢沢さんと双美姉妹が仲良くなれば、対立構造は乙葉派と星奈派だけに戻る。
そうなれば原作ルート通りとなり、逢沢さんの修復は可能になるはず。
そして双美姉妹もクラスにも馴染めるようになり、二人が闇落ちする事もなくなる。
これってwin-winの関係になるんじゃない?
「それなら私から逢沢さんに双美姉妹を紹介する――」
「ちょっとあんた、柊子に用があるのはあたし達なんだけど」
「お友達ならたくさんいるよねぇ? 柊子ちゃんを奪うのはやめてもらっていいかなぁ?」
――あれえええ?
なんだか背後から敵意満々の声が聞こえて来たよ。
振り返ると案の定、冴姫と颯花が睨みつけていた。
私は、今から君たちを紹介しようと思っていた所なんだよ?
「あら、私は白羽さんがこのクラスの架け橋になれる存在だと、お話をさせて頂いて……」
「柊子は今それどころじゃないのよ。怪我してるの知ってるでしょ?」
「それに柊子ちゃんはそういう大それた話、好きじゃないと思うなぁ」
二人は真っ向から否定してしまう。
しかも私の両肩は掴まれていて、二人に強く引き付けられていた。
「ね、ねえ、二人とも逢沢さんの話をちゃんと最後まで聞いてあげてよ」
「聞いた上で返事してるけど」
「そうだよぉ、だからわたし達の話も聞いてもらわないとねぇ」
すると二人に抱えられ、私は立ち上がる事を強要される。
そのまま両手を二人に引かれていた。
「行くわよ柊子、ここじゃ落ち着いて話せないわ」
「そうだねぇ、邪魔が入らない所に行かないとダメだねぇ」
「え、ええ……?」
私は双美姉妹に連れられるまま、教室を後にする。
さぞかし逢沢さんは困惑なり落ち込んでいるだろと、視線だけ向けてみると……。
(がんばってくださいっ)
と、口パクをしながら両手でガッツポーズをとっていた。
……何を期待されているんだろう。
訪れたのは空き教室だった。
私を中心に二人が左右で椅子に座る。
「で、何を逢沢と話したのよ」
「え、いや、どっちかと言うと向こうから話し掛けて来たんだけど……」
「でも途中で切り上げても良かったよねぇ? むしろわたし達より逢沢さんの方を優先しようとしてたよねぇ?」
「え、いや、二人が逢沢さんと仲良くなれるかなと思って」
どうやら、二人からの尋問を受ける時間らしい。
とても二人の剣幕に打ち勝てる自信はないのだけど……。
「逢沢と仲良くなるとか冗談よね、柊子」
「どうして無理に仲良くなる必要があるのかなぁ、柊子ちゃん」
「え、えっと……」
なぜだろう。
多分、私はそんなおかしな事を言っているわけではないと思うのだけど。
二人に問いだたされると私が間違っているような気分になる。
ここは心を強く持たないと。
「私は二人には皆と仲良くなってもらえたらいいなって思ってるんだ。そうしたらクラスからの誤解も解けるだろうし……」
あ、いや、ブーメランなのは分かってるよ?
双美姉妹以外と仲良くなれないあたしが何言ってんのというのは分かってるんだけど。
――ぎゅっ
そんな事を考えている内に、二人の手が私の手を握って来る。
でもそれは包み込むような温かいものじゃなくて、離さないように押さえつけるような乱暴なものだったけど。
「柊子やめてよ。他人と仲良くとか、そんな事言わないでよ……」
「柊子ちゃんは他の人と仲良くなりたいの? それともわたし達と仲良くなりたいの?」
「え、えっと……」
どうして彼女達にとって、他者と向き合う事はこんなにも認め難いものなのだろう。
いや、そこに私が向かう事が許せないのだろうか。
二人の気持ちが今までで一番、不透明になった気がした。