16 妹気質
「柊子ちゃん、お昼にしようかぁ?」
「え?」
お昼休みになると、颯花が声を掛けてくる。
その手には淡いピンク柄のランチボックスが二つ抱えられていた。
妹の颯花は、どうやら家事全般をこなせるらしい。
今日の双美姉妹の昼食はお弁当を食べる事にしたようだ。
「そっか、じゃあ私は食堂に行く事にするね」
昼食は姉妹二人でお弁当スタイルなのは原作で履修済み。
昨日はイレギュラー的に双美姉妹は私に合わせてくれたが、今日からは平常運転という事だろう。
なるほど、そういう事なら了解したよ。
二人の時間を邪魔したくはないからね。
「いやいや、柊子ちゃんも一緒に食べるんだよ」
「……へ?」
立ち上がろうとした私の肩を颯花に押さえつけられる。
そのまま座っていろ、という意味らしい。
「これは柊子ちゃんの分だよぉ」
机の上に一つランチボックスが置かれる。
これは私の分だったと言うのか……?
「はい、食べようねぇ」
すると、颯花は空いている椅子を持ってきて私の対面に座る。
こ、この状況って……。
「颯花が、私のために作ってくれたの?」
「あははぁ、そんな大した事じゃないよぉ。冴姫ちゃんのも作ってるんだから、もう一人分増えただけぇ」
いや、簡単そうに言ってくれているけど。
それが大変なんだろうとは容易に想像がつく。
材料だってその分、多く用意しなきゃいけないんだし。
「も、申し訳なさすぎる……」
「いいんだよぉ、これくらいはするって」
「せめて材料費分のお金を……」
無償の愛ほど受け取り難いものはない。
私は財布に手を忍ばせる。
「いやいや、いいよぉ。お金なんて貰う気ないから」
「だけど、タダで受け取るわけにも……」
「わたしがしたくて勝手にした事なんだから気にしなくていいんだよ」
そう言って颯花は微笑む。
本当に彼女からの好意という事で受け取っていいのだろうか……。
「あ、ちょっと颯花。何で先に行ってるのよ」
すると、後を追うように冴姫が姿を現す。
淡いブルーのランチボックスを私の机の上に置くと、近くにあった椅子を寄せてどかっと座り込む。
私の机でトライアングルが形成されてしまった。
「待って、これってリア充……?」
同じ机を使って友人と一緒にお弁当を食べるなんて、モブにふさわしくない光景だ。
しかも相手は麗しの双子姉妹。
その端麗な容姿と、透き通った瞳が眩しい。
「それも、私の席に集まってくれるなんて……」
わざわざ、私を中心に集まってくれている。
きっと足の事を考えてくれたのだろうけど、透けて見える優しさが胸に染みる。
「窓際がちょうどいいポジションなだけよっ」
「一番後ろの席だと、周りを気にしないで済むからいいよねぇ」
なんて言いながら、私が気にならないよう双美姉妹は振る舞う。
「そんな事より食べてよ、柊子ちゃん」
「あ、う、うんっ」
颯花に催促されて、私はお弁当箱を開ける。
その彩られた料理を見て……。
「美味しそう」
と、素直な言葉が零れた。
ご飯、ハンバーグ、卵焼き、アスパラベーコン、ミニトマトのサラダ。
定番と言えば定番だけれど、これら全てが手作りなのは一目見て分かる。
レンチンでは出せない、ひと手間掛かっている料理の輝きを放っているのだ。
「どうぞ、召し上がれ」
颯花のお許しを得て、私はまずハンバーグが摘まむ。
口に入れた瞬間、ひき肉の甘みとソースの香ばしさが絡みつく。
冷めているはずなのにそれを感じさせない濃厚な味わいと、ふっくらとした食感だった。
「お、美味しい……」
見た目も味も、全て申し分なかった。
「あは、嬉しいなぁ」
颯花の表情が華やかに綻ぶ。
他のどれもが一級品で、これを食べるならそりゃ購買も行かないよなぁと納得する。
「でもこれを毎日準備するなんて大変じゃない?」
「不思議と慣れるよねぇ」
「そういうもんなんだ……」
しかし、お嬢様なのだからお弁当はお抱えの料理人とかが用意してくれそうなものなのに。
作らないにしても、お金で解決する選択肢だってあるだろう。
それを自分でやっちゃうあたりが、逆にお嬢様の戯れなのだろうか?
変な妄想が膨らんだ。
「颯花は料理は上手よねっ、確かに、料理はっ」
すると冴姫が声高に“料理”を強調し始める。
いきなりどうしたのだろう。
「冴姫ちゃんは包丁を持つのも嫌がるもんねぇ」
「……もしかして、冴姫って不器用なの?」
朝の一幕を見ていると、家事を率先してやるようなタイプではないのかもしれない。
繊細な作業は苦手と見た。
「べ、別にっ、やろうと思ったら出来るけど、颯花がやってくれるから任せてるだけだしっ」
恐ろしく歯切れが悪い。
強がっているのが手に取るように分かった。
そんな私の疑惑の視線を感じ取ったのか、冴姫はあわあわと唇を震わせる。
「何よ、そんなに疑うならあたしが明日お弁当を作ってきてあげようか!?」
「いや、大丈夫」
「なんで即答なのよっ!」
なぜだろう。
双美姉妹推しの私ですら反射的に拒絶してしまった。
あまりに取り繕うのに必死さを感じて、良からぬ未来を想像してしまったせいかもしれない。
「あはは……わたしもちょっと困るかなぁ、冴姫ちゃんがお料理すると怪我とか汚れとか心配だし……」
颯花が珍しく姉に対して苦笑いを浮かべていた。
やはり、このテンプレを外さなかったようだ。
「何よ何よっ、そんなに料理が出来ると褒められるのっ、出来ないと蔑まれるのっ」
だんだんと冴姫がヒステリックを起こし始める。
二人の関係性は今に始まった事ではないだろうに、何をそんなに感情的になっているのか。
「大丈夫だよ冴姫、不器用な姉も私は可愛いと思っちゃうタイプだよ」
「嬉しくないっ、なんか全然嬉しくないっ」
冴姫は憤慨していた。
「まぁまぁ、出来た妹なんだから。素直に褒めようよ」
「……それは、そうなんだけど」
とにかく冴姫は悔しがっていた。
姉として、自分に出来ない事を妹に追い越されている事にコンプレックスでもあるのだろうか?
私は一人っ子なので、姉妹の感覚はよく分からないけれど。
そういったプライドはあると聞いた事があった。
「あー、あはは。そんなに褒められると反応に困っちゃうねぇ」
照れくさそうに颯花のサイドテールが揺れる。
常に冴姫の後ろに一歩引いている颯花は、自分がフォーカスされる事にあまり慣れていないのかもしれない。
それはそれで初心可愛い。
「……ん? 魚?」
食べ進めていると、おかずの奥に隠れている焼き魚を発見した。
魚まで入っているなんて、栄養管理の行き届いたお弁当に舌を巻く。
「ししゃもね。初めてじゃない? 颯花がこれを焼くのも、お弁当に入れるのも」
確かに。
お弁当にししゃもはあまりポピュラーなおかずではない気がする。
冴姫も首を傾げているのだから、今日の颯花シェフの気まぐれだろうか。
「うん、魚の中でもししゃもはカルシウムが多く含まれてるんだってぇ」
「……それが?」
“それがお弁当に入れる初めてのおかずの理由になるの?” と、冴姫が言外に言っていた。
「ほら、柊子ちゃんの足が少しでも早く良くなるといいなぁって」
「「……っ!?」」
私と冴姫は同時に言葉を失う。
まさか、そこまで私の事を考えてくれているなんて……!
窓際から差し込む陽ざしがまるで後光のように、颯花の微笑みが天使のように見えた。
「……ま、負けたわ」
そして冴姫はぶつぶつと独り言を呟いていた。
何か良く分からないけど、私とは違う感想を抱いていたようだ。