12 夜風に吹かれながら
何はともあれ、冴姫と颯花で放課後カフェを楽しむ事が出来たので私は満足だ。
二人の事を深く知れたし、満足感で胸いっぱいだった。
「それじゃ帰ろうか」
私は松葉杖を持って立ち上がり、カフェを後にする。
放課後の時間は短い。
一時間も話し込めばすっかり夕陽も傾きかけていた。
「家まで送っていくわよ」
「何かあってからじゃ遅いからねぇ」
歩き出すと、二人は左右に私を挟んでくる。
「ええと……もう夜になってきたし、ここでお別れでもいいんだよ?」
気を遣ってくれるのは嬉しいけど、ここから家はもうそう遠くない。
一人で帰っても何の問題もない距離だった。
「馬鹿ね、もう陽も落ちそうなのに何かあったらどうするのよ」
「こんな無防備な女の子が出歩いて、変態さんが現れたりしたら大変だよ」
どうやら二人は私の怪我だけでなく、夜に一人で行動する事を心配してくれているみたいだ。
だけど、それも杞憂というか……。
「いや、仮に変態さんが現れたとしても私は狙わないでしょ……」
何が悲しくてこの私を狙うのか。
リスク管理は大事だけど、過剰な心配は良くないよね。
「「……」」
しかし、双美姉妹は私を間に挟みながら視線を交わす。
「それは自分の事を低く見過ぎよ、柊子」
「謙遜は美徳かもしれないけど、卑下しすぎるのはダメだよ柊子ちゃん」
左右から私の意見は却下される。
……いや、しかしですねぇ。
さすがの私もそれには素直に頷けないと言いますか、思っていたよりもお二人が現実を分かっていないと言いますか。
「私的にはあんまりピンとは来てないんだよね?」
しかし、納得いっていないのか二人がジト目を向けてくる。
私の説明が言葉足らずだったみたいだ。
「いや、私も冴姫や颯花みたいな美人さんなら身構えるよ? それくらいの心構えはあるけどさ」
「ちょっ、だ、誰が美人よっ」
「い、いきなり褒めないでよぉ」
両脇で二人がわちゃわちゃしていた。
当然の事を言っただけで、そんな慌てるような事は言っていない。
「そうやって話題を逸らそうとしても駄目だから」
「優しさで言ってくれたのかもしれないけど、わたし達は見逃さないよぉ」
話題を反らす?
優しさ?
はて、何の事だろう。
「いや、私はありのままを言ってるだけだよ? 美人に美人って言ってるだけ」
客観的事実です。
私情は挟んでいません。
(……ぐっ。そ、颯花……なにこれ、こういう時どうしたらいいの……?)
(……うっ。さ、冴姫ちゃん……あんな純粋な目で褒められると何て言えばいいか分からなくなるんだねぇ)
二人は体をくの字にしてぷるぷると震えながら何かに耐えているようだった。
どうしたんだろう、さっきから様子がおかしい。
そんなに私はおかしな事を言っているのかな。
「こ、こほん。話を戻せばいいのね。柊子は可愛いんだから何かあったら危ないって話をしてるのよ」
「そ、そうだよ。柊子ちゃんは可愛いんだから、狙われる可能性は大いにあり得るよ、アリよりのアリだよ」
「……えっと」
思っていたよりも真剣な表情で諭される。
しかも、二人の言葉には熱がこもっていた。
私が可愛い……?
はて、本当に言葉通りに受け取っていいんだろうか。
「もしかして、二人とも私に気を遣ってくれてる?」
なにせ二人とも必要以上に私の怪我を重く受け止めてしまっている。
いつも私の為に尽くしてくれるから、これもまたその延長線上なのではないだろうか?
「柊子……怒るわよ」
「柊子ちゃん……さすがにひねくれすぎかもぉ」
あ、いや、本気だ。
二人は本気で私の事を褒めてくれているみたいだ。
す、素直には受け取り難いけど……でも、波風は立てちゃいけないよね。
せっかく、そう思ってくれてるんだから。
「アリガトーウレシー」
「あっ、絶対思ってない!」
「全然わたし達の言葉を信じてくれてないっ!」
まずい、なぜかバレている。
「シンジテルヨ」
「さっきからカタコトなのよっ」
「話しを合わせてるだけで納得してないやつだねっ」
いや、二人がそう思ってくれているのは受け入れたいとは思う。
にわかには信じがたいけど、それは喜んでもいいのかもしれない。
でも、それを客観的な事実と捉えるかはまた別の話なんだよね。
「とにかくっ、用心するに越した事ないのよっ」
「わたし達がいて困る事もないんだし、柊子ちゃんは任せてくれたらいいんだよぉ」
二人は有無を言わさない空気を作って私を見送る事に。
でも、そこまで言ってくれるなら……。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「ふん、最初からそう言いなさいよ」
「わたし達がそうしたいからしてるだけなんだからねぇ」
放課後は、いつもどこか寂しさを伴っていたけれど。
こうして三人で一緒にいると、そんな感情を忘れている事に気付く。
徐々に冷たくなっていく夜風も、二人が壁となって寒さに身を震わせる事もない。
有り得ないはずなのに、どこか温かさすら感じていた。
「冴姫と颯花といると楽しいね」
「「……っ」」
きっとこの感情が、寂しさも寒さも掻き消すのだろう。
マイナスの感情は、誰かと共有する事が出来ればプラスで打ち消し合って、何だったら超える事すらあるのかもしれない。
「……こ、困るわ、そういうのには慣れてないのよ」
「……わたし達いつも二人だったから、三人で一緒にいる事なんてなかったもんねぇ」
けれど、私が思っているよりも二人は肌寒いのだろうか。
身を震わせながら、頬が赤く染まっていた。
「大丈夫? 無理してない?」
「む、ムリなんてしてないわよ、ちょっとビックリしただけっ」
「これはわたし達にとっても初めての経験って事なんだろうねぇ」
こうして一緒にいてくれる双美姉妹。
彼女達の思いやりは、私にとって紛れもない優しさだった。