11 お互いを見てるよね
「やっと落ち着けるわね」
「クラスメイトがいると気になっちゃうもんねぇ」
星奈さん一行がいなくなった後、冴姫と颯花は解放されたように体を伸ばしていた。
二人にとって、クラスメイトとの遭遇はやはり避けたい出来事ではあるようだ。
「冴姫と颯花は、他のクラスメイトと仲良くしたくないの?」
純粋な疑問。
作中では悪役令嬢としてその立ち振る舞いだけがフォーカスされて、その胸中を描かれる事が極端に少なかった。
こうして二人を知れば知るほど、人を遠ざけようとする特別な理由があるように思えてならない。
「「……」」
二人はお互いを見合って、視線だけで何かを確かめ合う。
こくりと頷いて息を吐いた後、冴姫から口火を切った。
「柊子だから言うけど、あたし達は何もクラスメイトを嫌ってるわけじゃないわ」
「ただクラスの在り方が、わたし達の肌に合わないんだよねぇ」
「……と言うと?」
不明瞭な線引きに、私は疑問をより濃くする。
「柊子も知っているでしょ、わたし達のクラスは“二大派閥”って言われてるグループがあるの」
「俗に言う“乙葉派”と“星奈派”ってやつだねぇ」
原作をプレイしている私でも共有している知識だった。
このクラスはヒロインを筆頭に二大勢力に分断されてしまってる。
乙葉美月は、清楚で思慮深い雰囲気を持つ人達に。
星奈雅は、華美で装飾的な雰囲気の人達に慕われている。
二人とも真逆の方向性で魅力があり、カリスマ性も持ち合わせている。
そのため彼女達をリーダーとする人間関係が構築されてしまっているのだ。
「あたし達はそういうのに興味ないだけ」
「派閥に属していないとはぐれ者扱いだからねぇ、生きづらい世の中だよ」
……なるほど。
確かにどこかに属していないと異端児のように扱われてしまう空気感というものは存在する。
特に雫華女学院という階級意識の高い場所ではその傾向が顕著だ。
双美姉妹はその同調圧力が好ましく思えず、それゆえに孤立してしまったんだ。
「でもさ、それなら逢沢さんとは仲良くなれるんじゃない?」
原作の“カノハナ”は、この二大勢力の渦の中に転入してしまった逢沢紬が変革を起こす物語だ。
逢沢さんの公平で柔和な人間性に、ヒロインは虜となり恋に落ちてしまう。
その出会いによって価値観が変わり、両派閥の凍り付いた関係は雪解けを迎える。
これが物語の全容だった。
そして両派閥に属さないという意味においては、逢沢紬と双美姉妹は対を成す存在とも言えた。
「ちょっとそれは難しいわね」
「価値観の相違があるからねぇ」
「ええ……」
まさかの二大派閥よりも、逢沢さんの方が否定的だった。
いや、物語の設計上は正しい関係図なんだろうけど。
実際の二人を知れば知るほど、違和感がある反応だった。
「全員と仲良くなりましょうなんて、そんなのおとぎ話じゃない」
「それが出来ればいいなぁとは思うけど、それと同じくらい難しい事も分かるよね」
「それは、そうかもだけど……でも考えとしては正しいんじゃない?」
二人とも逢沢さんの考え自体を否定しているわけではない。
それでも思う所があって、その考えを手放しに肯定する事が出来ないように見えた。
「全員で手を取り合っても、その中で結局競争は起きるもの。あたし達はそういうのに疲れたのよ」
「まぁ、わたし達はどっちも選べないだけなんだけどねぇ」
それが双美姉妹の答え。
どこか俯瞰的で、後ろめたさも感じさせる。
その答えに至る背景がきっとあったんだろうけど、彼女達はまだその出来事を明かす気配はない。
「二人とも素直なんだね」
もっと上手い立ち回りはいくらでもあるんだろうけど。
そんな事をしようとしない双美姉妹は、誰よりも自分に素直で不器用だった。
それは周囲の空気に依存する私とは違う。
だからこそ、私にとって双美姉妹はずっと気になる存在だったのかもしれない。
「や、やめてよね……そういうふわっとしたので丸め込むの」
「柊子ちゃんだけはいい子扱いしてくるから、反応に困るんだよぉ」
すると冴姫と颯花は困ったように視線を泳がせる。
いつも反発しあう関係性しか知らなかったからこそ、こうして肯定される事に慣れていないのかもしれない。
「いや、本当に私はすごいと思ってるよ。思った事を言葉に出来る二人に憧れる」
私に自分の意見を押し通せる強さはない。
弱い人間だから、黙って周囲に合わせる方が楽なんだよね。
その他大勢になってしまう事が分かっていても、だ。
だからこそ、他者に流されない冴姫と颯花の強さがよく分かる。
「そんな事を言うのは柊子だけよ」
「マイノリティは排除されちゃう宿命なんだけどねぇ」
二人は純粋なんだと思う。
純粋だからこそ自分にすら嘘をつけず、剥き出しのまま傷ついてしまう。
その結果が周囲との摩擦を生んで、最終的には自分を失う選択肢しか見えなくなってしまったのだろう。
「でも冴姫も颯花も、自分を大事にしてね」
本当の自分を晒し続けて立つ姿は美しいけれど。
そうして摩耗してしまう姿は、同時に見ていて悲しいとも思ってしまう。
「……柊子には言われたくないわね」
「……柊子ちゃんがそれを言うのは説得力ないよねぇ」
「え?」
二人に同時にジト目を向けられる。
思っていた反応と全然ちがった。
「柊子こそもっと自分を大事にするべきよ」
「柊子ちゃんこそ足を怪我してるんだからさ」
「あ、ああ……これ……」
双美姉妹を救おうと思った結果、招いてしまった怪我。
二人はその傷を痛々しく見つめている。
「名誉の負傷だよ、これくらい」
足の怪我一つで、二人の悲しいエンディングを避けられたんだから。
安いもんだと思ってしまう。
「そういう柊子の考えが駄目だって言ってんでしょっ」
「柊子ちゃんこそ、自分の事を考えるべきなんじゃないかなぁっ」
おおう……。
何か思わぬ方向に話が転がっていくけど、これは譲らないよっ。
「私は冴姫と颯花の為を思って言ってるだけだよ」
「あたしも柊子の為を思って言ってるのよっ」
「わたしも柊子ちゃんの為を思って言ってるんだけどなぁ」
……ん?
私と双美姉妹の心の矢印は互いに向いていた。
「なんでこれで言い合いになるのかな?」
「柊子が自分に興味なさすぎるからよっ」
「柊子ちゃんはもっと自分の魅力に気付くべきかなぁ」
……私の魅力、だと?
「冴姫と颯花の魅力を前にしたら、そんなの皆無でしょ」
「自分を下げてあたし達を上げないでっ」
「そうして自分を蔑ろにしてるから、見てるこっちも怖いんだよぉ」
なんと……。
それは私が双美姉妹を見ている時に抱いている感情とよく似ていた。
どうやらお互いがお互いに、近しい思いを持っていたみたいだ。
「やっぱり私達って仲良し?」
「いまさらなのよっ」
「とっくにそうなんだから気づいて欲しいよねぇ」
双美姉妹は慌てながらも、私への思いを言葉にしてくれる。
この姉妹の可愛らしさが皆に届くといいのだけれど。