10 ただし例外は除く
おおう……。
まさか放課後にヒロインと絡む事になるなんて。
少し油断してしまっていた。
「同じ制服の子がいるなぁと思ったら、双美姉妹じゃん……それに、えっと……」
星奈雅は、眉間に指を当てながら記憶を呼び起こしている様だった。
どうやら私の名前が出ないようで、モブの認知度が低いのは仕方ない。
「白羽だよ、雅ちゃん」
「あー、そうそう。白羽柊子っ」
友人達と来ていたのか、何人か後ろに控えていた中のクラスメイトが星奈さんに耳打ちをしている。
ヒロインである星奈雅も人望は厚い。
成績優秀で物静かな印象の乙葉美月とは対局に位置しているためか、彼女の周囲には派手な印象の友人が多くいた。
端的に言うと陽キャの集まりなのである。
私には眩しすぎて直視を控えたくなるレベルだ。
「柊子の名前覚えてないってどういう事よ」
「クラスメイトの名前をちゃんと覚えてないんなんて薄情者だよねぇ」
そして、冴姫と颯花は当然の如く不満を露わにしていた。
さっきまでの可愛らしかった雰囲気はどこかへ旅立ってしまった。
あと、さらっと言ってるけど二人も私の名前覚えてなかったよね?
「あはは……、あたし人の名前覚えられないタイプでさ。気を悪くさせたらごめんね?」
しかし、星奈さんは気にする素振りもなく私に舌を出しつつ、ぺこっと頭を下げる。
底抜けの明るさとコミュニケーション能力の高さが陽キャのそれだ。
「ううん、全然いいんだよ。地味な私を覚えてる人の方が少ないから」
逆にこっちが申し訳なくなって私も頭を下げる。
その態度を見て、今度は双美姉妹の方が苦々しい表情を浮かべていた。
なぜだ。
「何も柊子が頭を下げる必要はないじゃない」
「そこまで謙遜する事はないと思うけどなぁ」
双美姉妹は当事者である私よりなぜか不機嫌だ。
「あー、あとちょっと双美姉妹のお二人さんに聞きたい事があったんだけどさ?」
「なによ」「なにかなぁ?」
双美姉妹が仲良く口を揃えて臨戦態勢だった。
ヒロインと絡むと、この展開は避けられないのだろうか……。
「ほら、今日の朝さ。二人で紬と絡んでたじゃん? 友達だから何してたのかなって気になっちゃったんだよね」
星奈雅もまた、乙葉美月と同じく逢沢紬に恋する少女である。
そんな彼女も双美姉妹とは敵対関係になりやすい。
やはりこの対立構造は、星奈さんとも変わっていないようだ。
「ごめんね星奈さん、逢沢さんの件は私に原因があるから。冴姫と颯花のせいじゃないんだよ」
そして、この空気を中和するのが私の役目。
幸せな未来を築くためには、この対立構造を終わらせないといけない。
「そうは言ってもさ、その子達は唯我独尊で有名だよ? だから、あのこわーい学級委員長に目をつけられてるんだしさ」
“怖い学級委員長”というのは乙葉さんの事だ。
やはり過去の出来事に引っ張られている影響が大きく、今の二人を純粋に見れている人は少ない。
「でも冴姫も颯花も、逢沢さんに思う所があるわけじゃないもんね?」
だけど、モブな私でもこれだけは自信がある。
きっと私の言葉が届けば、冴姫も颯花も素直に頷いてくれるはずだ。
「柊子に対する反応次第よね」
「柊子ちゃんと絡まなければ、こっちからは何もしないよぉ」
……うん、そうか。
「ほら、大丈夫」
「なんか怪しくない? それって白羽っち次第ってことだよね?」
星奈さんを力業で押し通せないかと思ったが、ダメだった。
(え、あだ名……? ついさっきまで名前も忘れてたような子が、柊子にあだ名……?)
(だ、大丈夫だよ、冴姫ちゃん。こっちは名前呼びなんだから、まだ親しさはわたし達の方が上だと思うよ?)
(それよりも柊子に対する馴れ馴れしさが気になるのよっ)
(それはそうかも……)
何やら双美姉妹がまたコソコソ話に興じているみたいだけど。
今はそれよりも、星奈さんと双美姉妹の争いを仲裁する事が先決だ。
「でも、冴姫と颯花が手伝ってくれてるから私は学校生活を送れてるんだよ。だから“唯我独尊”は当てはまらないと思うよ」
「手伝う……?」
星奈さんは視線を反らして、脇に置いてある松葉杖を見る。
「ああ、それでこういうメンバーなんだ?」
それだけでやんわりと全体像を把握する星奈さん。
「そうだよ。だからね、冴姫と颯花はちゃんと人の事を思いやれるんだよ」
「……なるほどね。説得力はあるかも」
きっと今までの双美姉妹なら見られなかった光景。
それが意味する変化は、対立してきた彼女であればより理解してくれるはずだ。
「あたしは柊子の事を考えているだけだから」
「柊子ちゃん以外の人もそうとは限らないけどねぇ」
「……」
うん、どうして二人はそこで私の名前を出さないと気が済まないのかな?
素直に頷いてくれたら丸く収まりそうなんだよ?
「あはは、一人相手でも変われるんだから、他の人にも繋がるかもだしね。今日は白羽っちに免じてお咎めなしって事にしとく」
それでも星奈さんは納得してくれたようで、ひらひらと手を振ってカフェを後にしていく。
その後を続いていく友人達は双美姉妹に対して怪訝そうな視線を残していたけど……。
“星奈さんが良いと言うのだから仕方ない”といった空気感で不服ながらも我慢しているようだった。
「ふぅ、良かった」
ともあれ、大事にはならずに済んだ。
乙葉さんに続き、星奈さんとも円満な話し合いで済んでいる。
少しずつ、関係性は改善に向かっている気がした。
「ねぇ柊子って、どっちの味方なの?」
すると、冴姫が真剣な眼差しで私を覗いてきた。
「乙葉と星奈に興味があるとか、そういうわけじゃないよねぇ?」
颯花も私の真意を確かめるようにこちらを覗く。
二人とも私の中立的な立ち回りに疑問を抱いているのかもしれない。
「そんなの冴姫と颯花の味方に決まってるよ」
それだけは何もブレていないのだけど、なかなかどうして伝わらない。
「……そっか」
「……それなら、いいんだけどねぇ」
その答えを聞くと、二人はこくこくと頷いて沈黙する。
「何か気になること、あった?」
「ううん、柊子がそう言うのなら何も問題ないわ」
「そうそう、柊子ちゃんがわたし達の味方ならオールオッケーだからねぇ」
ふむふむ……。
あの、どうしてこういう時だけ素直になるのかな?