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知らない女

作者: 仲居ジマ

地元の田舎から東京へ越してきて、2年が経った。2年ともなれば人は変わる。僕もきっと変わっていて東京の人間と僕は大した違いも無くなっている。新宿の路地裏。今夜はひどく飲んで、上も下も、右も左もわからない。普段は会社の同僚やたまに遊びに来る地元の友だちと飲むが、今夜はひとりだった。眩しい新宿の明かりから路地裏に逃げればすこしは気分も良くなるだろうと思ったが、ヤケに湿度は高いし数匹のデカいネズミが驚くこともなく僕の前を行ったり来たりしている。ネズミの往来に比べたら人の往来の方がよっぽどマシだが、ここでないと満足に吐くこともできない。何回目かもわからない嘔吐でビシャビシャとコンクリートにゲロを吐いた。女がすぐ横に座っていた。僕は女に気づかないで堂々とゲロを吐いたのかと、横にいる女を感じながらも目を合わせないでいた。

「飲みすぎちゃった?」

「まあ...ちょっと」

「タクシー呼ぼうか?」

「いいえ、結構です。自分で帰れます」

「そっか、けど隣にいてもいい?」

不思議な女だと思った。どうして赤の他人の、ましてやイケてるわけでもない僕の隣にいようとするのだろうか。しかも僕の目の前には山になっているゲロがあって、女の香水と混ざってひどい匂いだ。

「汚いし臭いでしょ。どっか行ってください」

「どこに行ったって汚いし臭いし変わらないよ」

「少なくとも、ここよりは汚くないし臭くない」

「私がいつ汚くて臭いのを嫌いって言ったの?」

意味がわからない。よく見れば女は服がはだけていて胸があともう少しであらわになりそうだった。アルコールのせいか僕はいつもより性欲が増していて、その女の姿を見て勃起した。女はすぐそれに気づいた様子で、バカにしているのか甘えているのかわからないような声で笑っている。

「そんなに気持ち悪そうなのに勃起するんだね」

「あなたがそんな格好してるから悪いんです」

「それはそうかもね。私が悪いかも」

またゲロを吐いて、ようやく気分が良くなった。女は正気を取り戻した僕の顔色を見て安心したような顔をした。僕は女とまだ話したいと思った。

「どうしてそんな格好をしてるんですか?」

「ナイショ。でも君にとってはご褒美でしょ?」

「やめてください。そうやって僕を性犯罪者に仕立て上げて金を取ろうって考えですか」

「信用ないね。ま、初対面だししょうがないか」

「どうして僕の隣にいようとするんですか?」

「それもナイショ。でもこれはご褒美じゃないか」

「そうですね」

「ねえ、もう終電もないんだし私とホテル行こ」

「やっぱり金が目当てですか?」

「だから違うよ。君と一緒になりたいの」

一緒になりたいとはどういうことだろうか。いったい何をすれば一緒になることになるのだろうか。

「一緒になるって、なんですか?」

「そのままの意味」

「よくわからないです」

「君はみんなとちがうの」

「それも、よくわからないです」

「今はわからなくても、そのうちわかるよ」

東京に越してきて、5年が経った。路地裏で出会った知らない女との交わりが忘れられないまま僕は今夜もひとりで飲んでいる。東京の人たちがみんな違って見える。女の言葉を何度も思い出してはみんなと違っていることをその都度思い知らされる。

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