悪役令嬢、母と共謀する
「リザーフちゃん! 目を覚ましたの!?」
社交界の花。伯爵家の妖精。二児の母となっても、その美しさは衰えることなく、様々な呼び名を持つマグマリア伯爵夫人。
リザーフが目を覚ましたと知らせを受け、外出先から急いで戻った夫人が、慌てて部屋に駆け込んできた。
「あら? ファスター殿下もいらしてくださっていたのね? リザーフちゃんも喜ぶわ……ね、リザーフちゃん?」
「ファスター……さま?」
たった今、ファスターの存在に気づいた表情を浮かべたリザーフの姿に、ファスターは少し気まずい表情を浮かべる。
「まってまって、白宮の最推しファスター様!? ファスター様の婚約者なら、合法的にこのどちゃくそイケメンといちゃつけるってこと!? ヒロインが現れる前に、いけるところまで頂いておきたい!!! できることなら全ていただきたい!!」
「り、リザーフ?」
突然ぶつぶつと言い始めたリザーフの姿に、ファスターは少し怯えたのか、本能的に恐怖を感じたのか、そっと一歩後ろに下がった。
「ファスター様。お見舞いに来ていただけるなんて、光栄ですわ」
その様子をみたリザーフが、慌てた様子でファスターにお礼を言う。皮肉にも、リザーフが初めてファスターに微笑んだのは、下心満載のこの時であった。
ファスターの頬が赤く染まったその瞬間、部屋の扉が大きく開いた。
「リザーフ!!!」
「お父様!」
「無事か!? 無事なのか!??」
「あら、あなた。今、いいところだったのに……」
「お父様。急いで来てくれて嬉しいけど、空気読んで欲しかったわ」
「父上、ナイスです、父上」
「お、お父様、仕事を頑張って片付けてきたんだぞ、リザーフ……」
「えぇ、ありがとうございます。……あ、そうだ。私、目を覚ましたお祝いに、お父様とルシュに手作りしてもらった何かがほしいなぁ。できるだけ時間のかかるもので」
「そ、そ! そうか! お父様、頑張ってくるぞ!」
「お姉様のために、僕、頑張って、最高の贈り物を作り上げてくるよ!」
滅多にお願いをしないリザーフの願いに、2人はやる気に満ち溢れて、我先にと部屋を飛び出そうとした。
男性陣がそそくさと立ち去るのを見て、ふふっと笑った伯爵夫人は、こう言い放った。
「ふふふ、あなたとルシュの成功の鍵は……急いで贈り物を作り上げることね」
「では、みんな? 下がりなさい? 婚約者たちの逢瀬を邪魔しちゃ悪いわ」
微笑みを浮かべながら去っていく夫人に、ナイスお母様とリザーフは目でお礼を送った。
「いや、伯爵夫人。未婚の男女が、2人きりは外聞が悪いから、その、」
「殿下。きっと目を覚ましたばかりの娘は、心細いですわ。少しの間、婚約者としてそばにいてやってください。よろしければ、夕食も我が家でとられますか?」
「いや、それは悪いから、夕食前には失礼させていただこう」
「では、夕食前までゆるりとお過ごしくださいませ」
今は昼過ぎだ。
言質をとって去っていく母に、娘は感謝の念をこれでもかと飛ばし続けていた。
全員が出て行って静寂が訪れた時、リザーフは勝負を仕掛けた。時間は充分にある。
「ファスター様……」
「ど、どうした? リザーフ?」
肉食獣かという視線を送るリザーフに、ファスターは少し怯えた様子を浮かべる。
「私、目を覚ましたばかりで不安なのです。もう少し、近くに来てくださいませんか?」
目を潤ませたリザーフに、婚約者として、と頼まれてしまっては、断ることのできないファスターは、そっと近くまで近づく。
先ほどまでは肉食獣のように見えたが、リザーフの瞳は潤んでいる。きっと、ファスターの見間違いだったに違いない。
「リザーフ。目を覚ましてから、その、少し様子が変わった気がするが……大丈夫なのか?」
「えぇ、ファスター様。私、死にかけて、己の心に素直に生きようと思ったのですわ」
そう言いながら、そっとファスターの手をさするリザーフは、氷結令嬢のリザーフからは想像できない姿だ。動揺を隠しきれないファスターは、そのまま固まってしまった。
肉食令嬢リザーフは、その隙を逃さない。
「ファスター様……こちらを向いて……」
「あ、あぁ……」
「ファスター様……」
「り、リザーフ……」
2人の顔が少しずつ近づき、リザーフが心の中でほくそ笑んだその時、
「お姉様! 僕、贈り物の案をいくつか……ファスター殿下? お姉様に、何もしていらっしゃいませんよね? まだ婚約者の身分であって、未婚の男女なんですよ!?」
「あ、あぁ、もちろんだ! あ、そうだ、会議があるから、失礼する」
脱兎の如く逃げ出すファスターに対し、
「……家だと妨害が入るわね」
小さく舌打ちするリザーフであった。