第4章 「三国志漫才への期待と手ごたえ」
白塗りメイクのキョンシースタイルでステージに立とうという覚悟と、自分の失敗談もネタとして昇華しようという吹っ切れ具合。
ゼミ友が見せた意外な程の芸人魂に、私はすっかり驚かされてしまったんだ。
オマケにネタまでしっかり作り込んでいるんだもの。
本当に、恐れ入ったよ。
ここまで漫才に入れ込んでいる美竜さんに、あちこちに粗のある私のネタを見せて良い物やら…
「私の考えたネタは、大体そんな感じだね。次は蒲生さんのネタも聞いてみたいな。」
「ああ…うん…」
だけど待ち遠しそうにニコニコしているキョンシー姿の美竜さんを見ていると、だんまりを決め込む訳にもいかないよね。
こうなった以上、意を決してお披露目しなくちゃ…
大学ノートに記したメモを片手にお披露目した私のネタを、美竜さんは何度も興味深そうに頷きながら聞いてくれた。
そして私が語り終えたタイミングで、ようやく口を開いたんだ。
「現代に転生した三国志の英傑が、県立大学でキャンパスライフを送る…良い感じだよ、蒲生さん。歴史上の有名人が現代にやってくるのは、ドラマや映画でも王道のテーマだからね。」
この一言を聞いて、安心したよ。
ここに来るまでは「安易な発想だと一笑に付されたらどうしよう。」って心配していたんだけど、どうやら杞憂だったみたいだね。
それなら、もう少し草案を練り上げてみようかな。
「前に話してくれたけど、美竜さんの御先祖様には古代漢民族の末裔の人がいるんだよね?もしかしたら、その人も三国志に縁があるんじゃないかなって…」
「確かに母方の御先祖様には、『八王の乱』の頃にゴタゴタを嫌って西晋から脱出した人がいたらしいけど、その人が『三国志』に出てくる有名な人の縁者かまでは分かんないなぁ。お母さんの実家に問い合わせたとしても、結果が分かる頃には白鷺祭も終わっちゃってるし…」
当人が詳しく知らないなら、仕方ないか。
美竜さんの御先祖様の逸話を盛り込む案は、現状では却下した方が良いみたい。
「じゃあさ、美竜さん…ここは無難に、『三国志演義』の有名人の生まれ変わりって設定にしちゃおうよ。御先祖様や血族とかは、今回は棚上げって事でね。」
「それは良い案だと思うけど、出来たら演義の女性キャラをやりたいね。ほら、私が呂布や関羽みたいな男性武将をやるのは無理があると思うんだよ。」
貂蝉に祝融夫人、それに諸葛孔明の奥さんの月英。
色々と候補は挙がったけど、話の膨らませやすさと「せっかくだからお姫様が良いな。」という当人の希望もあって、ボケ担当である美竜さんの役は孫尚香に決まったんだ。
「さすがに漢服は用意出来ないから、衣装はチャイナドレスで間に合わせるね。その事に蒲生さんがツッコミを入れてくれたら、私は『今はクリーニングに出しているの。』って返すから。」
「成る程…あくまでもチャイナドレスは洗い替え。そういう体裁を取るんだね、美竜さん。」
プロットだけの部分も目立ていた台本が、意見交換をしているうちにみるみる形になっていくよ。
古人曰く、「三人寄れば文殊の知恵」。
私一人では行き詰まってしまった発想でも、美竜さんの客観的な視点があれば、更なる発展をさせる事だって出来るんだね。
「だけどさ、蒲生さん…何でもかんでも『孔明の仕業だ!』で処理するのは無理があるよ。天丼ネタを多様し過ぎたら、流石に飽きられちゃうと思うなぁ。」
「むむむ、美竜さんも手厳しいなぁ…」
もっとも、意外な所でダメ出しされる事もあるけどね。
自分では会心の出来でも、客観的にはそうでもない。
往々にしてよくある事だけど、実際にやられると辛いなぁ…
「それはそうと、この曹操絡みの話題に『そうそう!』って返すくだりは良いよね。サラッとしていて嫌味が無いよ。」
「そう?そうかな、美竜さん?私としても、そこは結構気に入ってるんだ。」
だからこそ、こうして自信のある箇所を褒めて貰えた時の喜びはひとしおだよ。
それにダメ出しされたネタだって、二人で知恵を出し合って改善する事も出来るじゃない。
こうして二人で力を合わせて改訂した台本は、「私と美竜さんの共同作業の結晶」という感じがして、一人で考えた時よりも愛おしく感じられたんだ。
とはいえ、こんな事を美竜さんに言っちゃったら、「二人の共同作業なんて、結婚式みたいだね。」って茶化されちゃうんだけど。
こんな具合に二人で和気藹々とお喋りしながら台本の改訂作業を終えたんだけど、その頃にはすっかり遅くなっちゃったんだ。
「驚いたなぁ、もうこんな遅くなっちゃうなんて。光陰矢の如しとは、この事だよ。」
「ネタ合わせは明日にして、そろそろ打ち上げといこうよ。今日は泊まってって良いし、冷凍肉まんとビールで良ければ晩御飯も御馳走してあげるからさ。」
こういう時、持つべきものは下宿している友達だよ。
美竜さんが泊めてくれなかったなら、終電に間に合わすために駅までダッシュしなくちゃいけないからね。
「お腹空いたでしょ、蒲生さん?早くしないと、晩御飯じゃなくて夜食になっちゃうね。」
だけど肉まんとビールを運ぶ美竜さんの、妙なニヤニヤ笑いが気になるなぁ。
これはきっと、腹に一物あるんだろうね。
「飢えて夜食を食うのは、美容にも健康にも良くないよ。」
「飢えて夜食を…?それを言うなら『泣いて馬謖を斬る』だよ、美竜さん!そんな雑な使い方じゃ、孔明が泣き崩れちゃうって!」
さっきからニヤニヤしていると思ったら、それを言いたかったんだね。
思わずツッコミで返しちゃったじゃない。
漫才の事を考えていると、普段の会話までボケとツッコミの掛け合いになっちゃうんだよね。
五月の友好祭の時も、そうだったけど。
「さっきの『泣いて馬謖を斬る』もそうだけど、この肉まんにだって諸葛孔明に縁の逸話があるじゃないの。確か南方征伐の時に神様にお供えしたとか…」
「おっ!よく気付いたね、蒲生さん。この肉まんをお供えして、コンテストの優勝祈願でもやってみる?」
全くもって、いい気なもんだよ。
そもそも諸葛孔明が肉まんをお供えしたのは川の氾濫を止めるためで、元々は生贄の代用品なんだからね。
「さっきから諸葛孔明のネタばっかり…そんなに孔明が好きになったのかな、美竜さん?」
「むむむ…これは孔明の仕業だ!」
それって台本の段階でボツになった、私のギャグだよね。
このタイミングで切り返しに使うなんて、美竜さんなりのネタ供養なのかな。
とはいえ、こういう何気無い会話がボケとツッコミの掛け合いになっているって事は、それだけ私と美竜さんが漫才を楽しめているって事の証なんだよね。
今度の漫才コンテスト、上手くやれば良い線まで行けるのかも知れないよ。
「だけどキョンシーの格好で諸葛亮ネタをやるのも無理があるんじゃない、美竜さん?いっそ額の霊符を活かして、道士の左慈でもやってみたら?」
「左慈って、確か…そうそう!曹操のために鱸を釣ってきた人だよね。経済学部の鈴木さんで良かったら、三階に下宿しているみたいだけど?」
軽いノリだったのに、美竜さんったら予想外にボケを盛り込んでくるよね。
だけど曹操絡みの話に「そうそう!」って言ってくれたのは、ネタを考えた身としては嬉しかったよ。
それなら私も、切れのいいツッコミを入れないとね。
「ええ…そっちの鈴木さんを連れて来られても困っちゃうなぁ…そんな事ばっかり言ってると、流石に私も匙を投げるよ!」
「おっ、左慈だけに?蒲生さんも腕を上げたね!」
しまった、これじゃ私がボケ担当みたいじゃない!
さっきまで自分で考えた漫才のネタをアレコレいじっていたもんだから、つい自分でボケちゃったよ。
いっその事、ツッコミ不在のダブルボケ漫才にしちゃおうかな…