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第3章 「ドジっ子キョンシーと化したゼミ友」

 漫才コンテストのエントリーシートを白鷺祭実行委員会に受理して貰ってから、私なりに色々と勉強してみたんだ。

 芸人さん達がネットにアップしているネタ動画やテレビのお笑い番組を見たり、難波の小劇場や寄席で開催されている若手の芸人さん達のライブを鑑賞したりね。

 だけど二人で設定した十月初頭という期日は、あっという間に訪れちゃったんだ。

 大学の講義やアルバイトの合間を何とか遣り繰りして作った準備期間だけど、それでも「時間が足りなかった」って感じは否めなかったよ。

 大学ノートに下書きした漫才の台本には、ほとんどプロット同然の所がチラホラと散見出来るし、幾つかのギャグは荒削りだし。

 それでも、自分なりに漫才のネタを構想出来たのは私としても喜ばしい限りだったよ。

 世間では「出来の悪い子ほど可愛い」と言うけど、それも今の私には少しだけ理解出来た気がするね。

「仮にイマイチな所があったとしても、それは美竜さんと相談しながら手直ししたり肉付けしたりすれば良いんだからね。」

 そんな思いを胸に抱きながら、私は美竜さんの下宿先である女子学生専用の賃貸マンションを訪れたんだ。


 集合時間に合わせて賃貸マンションの玄関先へ赴いた私を、美竜さんは笑顔で迎えてくれたの。

「いらっしゃい、蒲生さん!来てくれて嬉しいよ。」

「あれっ…その格好ったらどうしたの、美竜さん?」

 気さくに右手を掲げるゼミ友の装いは、何とも風変わりな物だったの。

 エキゾチックな白い美貌に浮かぶ朗らかな笑顔も、台湾風の訛りが感じられる流暢な日本語も、昼間にキャンパス内で会った時と何も変わらなかった。

 だけど美竜さんのスタイル良好な肢体を包んでいたのは、秋冬コーデのカレッジファッションではなくて、上下揃いの黒服だったんだ。

 棒ボタン式の黒い長袖服は見るからに中華要素全開で、台南市生まれという美竜さんの来歴を象徴するかのようだったの。

「ああ…これの事?これは高校時代の遺産だよ。蒲生さんも知ってるでしょ?私が高校時代に太極拳を齧っていたって事。その時に使ってた表演服だよ。今度の漫才の衣装に使う予定なんだ。」

「知ってる、知ってる!確か、『通信教育のカンフーと掛け持ちしてた』って言ってたね。」

 要するに衣装合わせって事ね。

 一見すると奇抜に感じられる装いだけど、ちゃんと話を聞けば納得出来たよ。

「と言う事は、美竜さんが考えてきたのは太極拳か中国武術をネタにした漫才なの?」

「フッフッフ…それは聞いてのお楽しみ。」

 何とも意味深な含み笑いだけど、それだけ美竜さんには自信があるって事だね。


 堺県立大学からも程近い美竜さんの下宿は、私も何度か上がらせて貰っていて、 ある意味じゃ勝手知ったる場所なんだ。

 その小綺麗で瀟洒な内装は、女子大生が一人暮らしをするのにピッタリなの。

 だけど下宿部屋の主である美竜さんの衣装は黒ずくめの表演服だから、何ともアンバランスで不思議な感じだったね。

「最初に言っておくけど、私が考えた漫才は太極拳や拳法関連のネタじゃないんだ。」

「う…うん。」

 どうも緊張しちゃうんだよなぁ…

 円筒型の箱の鎮座するテーブルを挟んで向かい合った美竜さんの口調も表情も、普段と変わらない気さくな物なのに。

 それはきっと、部屋の雰囲気と美竜さんの装いがアンバランスだからだろうね。

 美竜さんが普段着にお色直しをするか、或いは三宮の中華街に場所を移せば、このアンバランス感も解消されるんだろうな。

「だけど蒲生さんも、これを見たらピンと来ると思うんだよね。」

 エキゾチックな白い美貌に得意気な笑みを浮かべると、円筒型の箱から目当ての物を取り出したんだ。

「あっ、それは!」

 赤と黒を基調にした台形の帽子は、日本人の私にとっても馴染み深い物だったの。

「キョンシーの帽子!」

「御明察!中華系アンデットのキョンシーだよ、蒲生さん!せっかく買ったキョンシーの暖帽、ハロウィンイベントでしか使わないなんて勿体ないからね。」

 道教の黄色い霊符が貼り付けられた方を前に向けて暖帽を被ると、美竜さんは得意気に両手を前に突き出したんだ。

 今月に入ってから県立大で開催されたハロウィンイベントでも、美竜さんはこのキョンシースタイルで会場内を跳ね回っていたんだよ。

 白塗りメイクと暖帽がなかったら、意外と気付かない物なんだね。

「この衣装に加えて、本番では顔に白塗りメイクもやるつもりだよ。それで私は台湾から県立大に留学してきたキョンシーをやるから、蒲生さんはそのゼミ友としてツッコミを入れて欲しいんだ。」

「キョンシーって事に目を瞑れば、春の友好祭で演じた漫才に近い感じだね。あの時の美竜さんの設定は、チャイナドレスを着た普通の留学生だったから。」

 やたらと血色の良いキョンシーに変貌したゼミ友に相槌を打ちながら、私はゼミ友の考えてきたネタの展開をアレコレ予想してみたの。

 キョンシーになって噛み付いてくる美竜さんに、私がツッコミを入れるネタなのかな。

 それとも、キョンシーの長い爪にネイルを施すネタなのかも…

「あの時は一般人だけど、今回はキョンシーにジョブチェンジしてみたんだ。それも額に貼る霊符を失くして代用品で間に合わせようとした、横着者のドジっ子キョンシーにね。」

 そう言いながら美竜さんは、額の辺りで揺れている黄色い霊符を指差したの。

 確かに霊符は、キョンシーのトレードマークだからね。

「七夕の短冊にスーパーの割引シール、それに神社の御神籤…色んな物を貼って間に合わせようとするけど、上手くいかないんだ。私の実体験を元にしたから、我ながら上手くいったと思ってるの。」

「良いね、美竜さん!確かに実体験を元にしたら、それだけリアリティが増すし…えっ、実体験?!」

 よくよく話を聞いてみたら、ネット通販で買った霊符付きの暖帽が配送されるのを待ちきれなくて、レシートとか御神籤とかを額に貼って遊んでいた話が元ネタなんだって。

 それで額に御神籤を貼った白塗りメイクのままで宅配便の御兄さんと応対して、御兄さんを驚かせちゃったらしいの。

 自分の失敗談をネタに昇華出来るなんて、なかなかの芸人魂だよね…

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