第2章 「日常会話で試されるツッコミの冴え」
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
とはいえ、未だに漫才への強い情熱を燃やしている美竜さんの事を見ていると、私としても「もう一勝負!」って気になってくるんだよね。
こうなったら、乗りかかった船。
私達の掛け合いで、白鷺祭を湧かせてみせようじゃないの!
「ボケとツッコミ、美竜さんはどっちが良い?私としては、前と同じツッコミの方がしっくり来るんだよね。」
「えっ!?と言う事は…?」
私の一言を聞いた途端、美竜さんの声のトーンが露骨に変わったね。
エキゾチックな白い美貌には笑みが浮かんでいるし、銀縁眼鏡を掛けた両目にも期待に満ちた光が宿っているじゃないの。
実に分かり易い反応だけど、正直なのは良い事だよ。
「古人曰く『善は急げ』。お互いに気が変わらないうちに、エントリーシートを実行委員会へ提出しちゃおうよ。コンビ名は友好祭の時と同じ『国際交流』で良いよね?」
「そう来なくっちゃね、蒲生さん!漫才コンビ『国際交流』、ここに復活だよ!」
腰まで伸ばした後ろ髪と側頭部のシニョンを小刻みに揺らしながら、嬉しそうに何度も頷く美竜さん。
そのオーバーアクションを見守る私は、ある強い感情が心の中に沸々と湧き上がってくるのを実感したの。
それは何を隠そう、ゼミ友と力を合わせて臨む漫才コンテストへの意欲と情熱だったんだ。
漫才コンテストへ青春を賭けるという決意と、五月の友好祭における結果よりも更なる上を目指そうという志。
この二つを再確認して足並みを揃えた私達は、必要事項を連名で記したエントリーシートを白鷺祭実行委員会に提出する事で、大学祭限定のアマチュア漫才コンビ「国際交流」として名実共に再結成を果たしたんだ。
「これで書類の上でも漫才コンビ『国際交流』の復活だね、蒲生さん。ネタ合わせにもしっかり取り組んでいきたいし…そして何より、漫才の台本も考えなくちゃね。」
エントリーシートを受理して貰って、美竜さんったらスッカリ上機嫌になっちゃったんだ。
そりゃ言い出しっぺなんだから、思惑通りになって嬉しくなるのは人情だけど。
「然りだね、美竜さん。だけど連名で書いたエントリーシートを二人で一緒に提出だなんて、まるで市役所に提出する婚姻届みたいだよ。」
「婚姻届!?確かにそうだね、蒲生さん!」
私の何気無い一言を耳にして、素っ頓狂な声を上げる美竜さん。
思わずビクッとなっちゃったけど、振り向いたら更に驚かされたんだ。
何しろ銀縁眼鏡の奥で輝くつぶらな瞳までもが、グッと大きくなっていたんだからね。
それはあたかも、珍しくて面白そうな物を見つけた時の子供みたいな眼差しだったんだ。
「確かに漫才コンビって、カップルや夫婦みたいな所があるよね?漫才コンビのボケとツッコミって、夫婦やカップルに見立てたらどうなるんだろう?」
「そうだね、美竜さん。夫婦漫才のコンビを参考にしてみたら…って、こらこら!その例え話は飛躍的過ぎるよ!」
漫才コンテストのエントリーシートを提出して早々にぶっ飛んだ事を言うよね、美竜さんも。
正直言って、その発想は無かったよ。
思いもよらない、ゼミ友の爆弾発言。
だけど美竜さんにしてみれば、この一言にも思惑があったらしいね。
「おっ!良い感じのノリツッコミだよ、蒲生さん!どうやらツッコミの勘は鈍ってないようだね。ボケ担当の私としても、これで一安心だよ。」
「えっ?ツッコミの勘?」
どうやら美竜さんとしては、私がツッコミとしての感覚を覚えているかどうかの抜き打ち検査だったみたい。
至って平凡な日常会話の中で、こんな風にカマをかけるだなんて。
まるで「心理試験」って短編小説で、明智小五郎探偵が取った手じゃないの。
小学校時代に江戸川乱歩翁の「少年探偵団」叢書を読んでいて良かったよ。
一つだけはっきりしているのは、美竜さんの漫才コンテストに臨む意気込みの強さが並大抵の物じゃないって事だね。
何しろこういう深謀遠慮をさり気なく巡らす事で、数カ月のブランクを経た私のツッコミのセンスがどれ程かと試そうとしたんだから。
「この調子なら、後はキチンとネタ合わせをやれば大丈夫そうだね。十月の頭には私の方のネタが出来そうだから、その頃には蒲生さんもネタのアイデアを持って来てくれると嬉しいな。」
「美竜さんも用意が良いよね。漫才のネタも、もう準備が出来てるの?」
漫才コンテストに向けたゼミ友の情熱には本当に驚かされるけど、驚いてばかりもいられないよね。
私を信頼してくれたからこそ、こうして美竜さんは漫才に誘ってくれたんだ。
その期待と信頼に応えるのは、相方として当然の務めだよ!