第1章 「再結成なるか?女子大生漫才コンビ」
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
日本の大学生活は人生の夏休み。
世間一般では、こんな風に言われているね。
同年代の子達の中には、この一般論に露骨に反発する子もいるよ。
その子達の言い分としては、「講義の受講やアルバイト等で忙しいし、人間関係で気を遣う事も多いんだから、そんな気楽な物じゃない!」って感じかな。
だけど私としては、そこまで感情的に反発する気にはなれないんだよね。
あくまでも私見だけど、あの一般論は「夏休みや大学生活は、有意義に過ごしなさい」って意味だと思うんだ。
せっかく纏まった時間が取れたのに、無目的にダラダラと過ごしていたら詰まらないじゃない。
本当の意味で楽しむには、好奇心と積極性が必要不可欠。
そういう意味では、大学生活を夏休みにたとえる一般論も理屈に合っていると思うんだよ。
好奇心と積極性を持つ事で、大学生活は一層に楽しくなる。
私がこの事を改めて実感したのは、今年の五月下旬に開催された友好祭がキッカケだったんだ。
私こと蒲生希望が在学している堺県立大学の大学祭は、春に開催される「友好祭」と秋に開催される「白鷺祭」との年二回開催という体制になっているの。
そして私は今年の友好祭で、同じゼミの友達とコンビを組んで漫才コンテストに参加したんだ。
半ばゼミ友の熱意に押し切られる形での参加だったし、コンテストの結果は惜しくも敢闘賞止まり。
だけど大学の放課後にゼミ友の下宿に集まってのネタ合わせは、いかにも「青春」という感じがして楽しかったしね。
それにネタ合わせを重ねるうちに、掛け合いのテンポや声の出し方が着実に上達していくのが実感出来て、「やれば出来る」という自信と成功体験に繋げられたのは大きかったよ。
そして何より、同じ目標を目指して友達と力を合わせるって経験は、若い私達にとって素晴らしい財産になったと思うんだよね。
春の友好祭が終わってしばらくの間、あの漫才コンテストの事は私達ゼミ仲間の中でちょっとした語り草になったんだ。
ゼミの飲み会でも、「短くていいから漫才をやってみて!」ってせがまれた物だよ。
だけど、どんな話題にも鮮度や賞味期限って物があるんだよね。
前期日程の試験や本物の夏季休暇も過ぎ去り、ボチボチ後期日程の講義が始まってからは、あの漫才コンテストの話題はスッカリ過去の出来事になっていたんだ。
ゼミの先生に学内の友人知人、そして同居する私の家族だって、敢えて私が言い出さない限りは漫才コンテストの一件を思い出さなくなっちゃったの。
その私にしたって、友好祭でゼミ友と一緒に演じた漫才の事を「前期日程の良き思い出」という具合に認識していた訳だから、あんまり人の事はとやかく言えた義理じゃないけどね。
半ばセピア色になりつつあった、大学祭の漫才コンテストの思い出。
それが往時の鮮明さを一気に取り戻したばかりか、青春のエネルギーと情熱を注ぎ込む対象として再び返り咲いたのは、朝夕の風に秋の心地良さが感じられるようになってきた九月下旬の事だったんだ。
四限目の講義の終了を告げるチャイムが鳴り響く大教室を退出しようとした私は、隣席に掛けていたゼミ友に呼び止められたの。
「待って、蒲生さん!ちょっと見て貰いたい物があるんだ。」
「どうしたの、美竜さん?そう言えば、授業中も妙にソワソワしていたけど…」
私は大教室の椅子に掛け直すと、ゼミ友の一挙手一投足を見守ったんだ。
私と同じゼミを履修している台湾人留学生の王美竜さんは、南国生まれらしい大らかで気さくな気質から学内でも親しまれているの。
中でも私とは特に馬が合って、学生街の居酒屋で一緒に晩酌したり夏休みに海水浴場で海遊びをしたりと、何かと懇意にさせて貰っているんだ。
そして何を隠そう、友好祭で漫才コンテストに参加した時の相方も、この美竜さんなんだよ。
台湾人留学生の美竜さんと、日本人女子大生の私。
そんな私達の関係性に因んで「国際交流」というコンビ名でエントリーした漫才コンテストは、今となっては良い思い出だよ。
だけどこの日に限っては、美竜さんは妙に落ち着きがなかったんだよね。
ゼミ友の私としても、不思議で仕方なかったんだ。
「そりゃソワソワもしたくなるよ、蒲生さん。さっきの休み時間に、こんなチラシを貰ったんだからさ!」
「どれどれ、『白鷺祭ステージ企画・学内漫才コンテスト参加者募集』かぁ…去年まで漫才コンテストは友好祭だけだったけど、今年は白鷺祭でも漫才企画をやるんだね。」
白黒のコピー用紙で作られたシンプルなチラシを読み上げた私は、二つの事実を理解したの。
一つは、今年度の友好祭で開催された漫才コンテストが思いの外に好評だったって事。
そしてもう一つは、この台湾生まれのゼミ友にとって、漫才コンテストへの情熱は現在進行系の物だって事だね。
「友好祭の時は敢闘賞止まりだったけど、私としては結構手応えがあったからね。『次はもっと上手く出来るんじゃないかな?』って具合にさ。それに蒲生さんと一緒に漫才をして改めて実感したんだけど、ステージでお客さんの注目を浴びながら掛け合いを演じるのって、なかなか気持ち良い物なんだね。」
「確かにチャイナドレス姿でギャグをやる時の美竜さんって、本当に生き生きとしていたよね…」
小ネタやギャグを主体にした予選のネタも、正統派しゃべくり漫才を目指した決勝戦のネタも、未経験にしては上出来だったと自負している。
さっき美竜さんは「次はもっと上手く出来るんじゃないかな?」って言っていたけど、きっと私も心の底では、この台湾生まれのゼミ友と同じ事を感じていたんだろうな。
「それで本題なんだけどね、蒲生さん。もしも蒲生さんが良かったら、また私とコンビを組んで欲しいんだ。蒲生さんの都合が良かったらで良いんだけど…」
白い頬を照れ臭そうに赤く染めちゃって、これじゃまるでボーイフレンドに告白するラブコメ漫画のヒロインじゃないの。
女子大生同士だよ、私達。