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起 裏

【sideレイチェル】


 グランツ伯爵に出す先触れの連絡用の手紙を書き始めたお姉ちゃんを残して、私は客間を後にする。


(あー、緊張したぁ)


 ドキドキする心臓を抑えて、私は自室に戻った。


(大丈夫? 大丈夫だったよね? うぅ……)


抑えきれなくなってきた感情が爆発する前に、私は急いでベッドに飛び込み、枕に顔を押し付けて、口から漏れそうになる悲鳴を押し殺す。


「――――っっっっ!!!!」


(あーもう!! いくらお姉ちゃんのためとはいえ、あんな姿になるなんて……恥ずかしぃ恥ずかしぃ恥ずかしぃいいい!!!! しかも、明日グランツ伯爵のもとに一緒に行く!? って事は、あの人やデニール様にまた会うって事よね!? やだやだやだぁぁあああ!!!!)


 完全に予定外ではある。どんな顔して、()()()やデニール様に会えばいいのか。


(ぅぅうう……これはお姉ちゃんのため。お姉ちゃんのため!!)


 いつもなら、そう自分に言い聞かせれば、何とか平静を保てる。だが、今は羞恥心が限界突破しており、それもままならない。


(ああもう! なんで…………なんでこんなことに!!)


 私は頭をすっきりさせるためにも、過去を思い出す事にした。




 事の始まりは、やっぱりお父さんとお母さんが事故で亡くなった事だと思う。とても悲しかったし、とてもつらかった。幼かった私はただただ泣きわめいていたのを、今でもよく覚えている。そんな私を、お姉ちゃんが優しく微笑んで。抱きしめてくれた事も。


「泣かないで。大丈夫よレイチェル。お姉ちゃんが守ってあげるから」

「……お姉ちゃん……」


 子供ながらに、お姉ちゃんが無理して微笑んでくれた事を理解した。本当は、お姉ちゃんも泣きたかったはずなのに、私の為に無理して微笑んでくれたのだ。そう理解した私は、何とか泣き止もうとするも、どうしてもお姉ちゃんのように微笑むことが出来ない。


(お姉ちゃんは凄いなぁ)


 優しくて頑張り屋で、そんなお姉ちゃんが私は大好きだった。




 それからというもの、お姉ちゃんは子爵家当主として、目まぐるしい活躍を見せた。学校を卒業どころか、入学すらしていないお姉ちゃんが、子爵家当主として立ち回ったのだ。私も含め、親族全員が驚いた。しかし、その中の何人かはお姉ちゃんをたたえるというより、なぜか悔しそうな顔をしていた。


 変に思って、よくよく調べてみると、その人達は、お姉ちゃんを手伝うふりをして、子爵家の乗っ取りを企てていたのだ。そして、それに、お姉ちゃんは気付いていない。それどころか、その手伝いの申し出は、善意からの申し出だと思っているようだ。


 ただ、気付いていないにも関わらず、お姉ちゃんは、周囲の人達からの申し出をバッサリと切り捨てていた。例えば、とあるおじさんが税の横領を考えてお姉ちゃんに近づいてきたのだが……


「リーシャちゃん。良かったらおじさんが税制の管理をしてあげるよ!」

「ありがとうございます。ですが、大丈夫です。毎年の生産量によって、税制を変えていますので、私でないと管理は難しいですから」

「そ、そうか………………」


 どこの世界に学校入学前の身で、税制を的確に変更できる者がいるというのか。また、区画整理で自分の土地をこっそり増やそうとしていたおばさんが近づいてきたときには……。


「リーシャちゃん。それじゃ、おばさんが区画整理のお手伝いをしてあげるよ」

「ありがとうございます。ですが、区画整理も例年の降水量を参考に、領民に均等に水が行き渡るよう、大幅に整理を行うつもりなんです。降水量の情報を把握しているのは、私だけですので私がやります!」

「そ、そうかい?…………」


 どこの世界に、学校入学前の身で、降水量を参考に的確に区画整理を行える者がいるというのか。お姉ちゃんの優秀さを目にしたおじさん、おばさん達は、すごすごと引き下がっていく。


(凄い! お姉ちゃん、凄い!)


 その様子は、子供ながらにかっこいいものだった。しかし……。


(お姉ちゃん……あんな人達相手にも丁寧におもてなししてる。これじゃあ……)


 幼い私ですら気付いた悪意に、お姉ちゃんは全く気付いた様子が無かった。しかも、『あの人達』はお姉ちゃんが自分達の悪意に気付いていない事に気付いている。子爵家を乗っ取りに来た『あの人達』がお姉ちゃんの優しさ(甘さ)に気付かないわけがない。その証拠に、お姉ちゃんが『あの人達』をもてなすと、『あの人達』の顔は醜く歪むのだ。


(侮られてる! このままじゃダメだ! 何とかしなきゃ!!)


 焦った私は、自室で頭を抱える。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)


 悩んでいると、ふと、鏡の中からお姉ちゃんがこちらを見ている事に気付いた。


(え!? お姉ちゃん!? ………………あ、違う。これ、私だ)


 自分が動くと、鏡の中のお姉ちゃんが動く。少し時間がかかったものの、私は鏡の中のお姉ちゃんが自分である事に気付けた。


(そっか……私って前髪下ろすとお姉ちゃんにそっくりなんだ……)


 頭を抱えていた事で、自然と前髪が下りたようだ。そう気づいた瞬間、私の中で何かがはじけた。


(そうだ……私がお姉ちゃんの代わりに動けばいいんだ!)


 優しいお姉ちゃんに『あの人達』を拒絶するのは難しいだろう。『あの人達』がお姉ちゃんの優しさに漬け込むのならば、私がお姉ちゃんの盾になろう。頑張っているお姉ちゃんの力になりたい。その一心で、私は動いた。


 それからというもの、信頼できる執事のトールとメイドのサリアにお願いして、来客してくる『あの人達』の弱みを調べてもらった。子爵家の乗っ取りを考えているくらいだ。探れば弱みなどいくらでもあるだろう。そう考えていたが、案の定だった。そして、弱みを握れ次第、私は動く。


 あるおじさんが来た時は……。


「おや、リーシャちゃん? 今日はどうしたのかな?」


 いつもお姉ちゃんはこのおじさんを客間に案内していたが、今回はサリアにお願いして応接室に案内してもらった。ここならお姉ちゃんの部屋から遠いし、何よりいつもと違った特別な感じを演出する事が出来る。


「ふふふ。今日はおじ様に特別なプレゼントがございますの」

「ほう! 特別なプレゼントとな!」


 いつもより特別な応接室での応対。そして特別なプレゼント。このおじさんの中では勝手な思い込みが進んでいる事だろう。おじさんの顔がどんどん気持ち悪いニヤニヤ顔になっていく。


「ええ。こちらですわ」


 そのニタニタ顔がどうなるのか。私は楽しみに思いながら、とある報告書をおじさんに渡した。


「ふむ。なになに―――っ!!??」


 報告書を呼んだおじさんの顔が凍り付く。


「いけませんわね。おじ様、婿養子の立場でありながら借金を抱えられているなんて」


 私が渡した報告書には、おじさんが多額の借金を抱えている事が書かれている。しかも、担保として嫁ぎ先の屋敷を抵当に入れているのだ。ゆえに、このおじさんはお金が欲しかったのだろう。


「このような事、奥様やご当主様にバレたら大変ですわね」

「あ、いや、その……」

「ふふふ。喜んでいただけたようで何よりですわ」


 私は心底楽しそうに演じながらおじさんに近づいていく。


「た、頼む……この事は……どうか、どうか内密に!!」

「大丈夫ですよ。この事は()()、私とおじ様だけの秘密です」


 懇願してくるおじさんを私は優しく諭す。


「ですが、今後のおじ様の態度いかんによっては……分かりますね?」

「(こくっ! こくっ! こくっ!)」


 おじさんは頭を勢いよく縦に振った。これで、このおじさんはリーシャの言いなりだろう。


 その後も、私は若いツバメの為に屋敷を欲しがっていたおばさんや、お姉ちゃんを狙っていたロリコンくそ野郎(おっと、失礼)を優しく諭していった。皆、普段のお姉ちゃんとの違いに驚いて、心底怯えたようにうなずいてくれる。これならば、お姉ちゃんの領の運用もやりやすくなるだろう。私はお姉ちゃんの力になれた事が、とても嬉しかった。




 ただ、そう、うまく事が運んだのも、お姉ちゃんが貴族学校に入学するまでだった。


 貴族学校に入学したお姉ちゃんは、それはそれはモテた……らしい。らしいというのは、学園内の様子を、トールとサリアに探ってもらったのだが、さすがに貴族学校はセキュリティが厳しく、詳しい事は探れなかったのだ。


(どうしよう……お姉ちゃんが悪意ある人を婚約者にしちゃったら……)


 かなりやきもきはしたものの、長期休暇で家に帰ってきたお姉ちゃん曰く、『アプローチは受けているけど、今は恋愛に現を抜かすつもりは無い』との事だったので、少しだけ安心できた。ただ、『今は』という事は、いつかは結婚するつもりがあるという事だ。それは当然ではあるのだが、どうしてもお姉ちゃんがまともな人を見つけてくるとは思えない。


 実際、お姉ちゃんにアプローチをかけて来たという人達の家をトールとサリアに調べてもらったのだが、酷いものだった。家が借金だらけとかはまだいい方で、中には、息子を婿入りさせた後、その家を乗っ取って食い物にして成り上ってきた家や、正当な後継者のはずの娘を追い出して、婿入りしたはずの息子とその愛人が家を乗っ取ってきた家など、結婚したらルージェル子爵家が潰される気しかしないような家がたくさんあったのだ。


(こんな人達に目をつけられるなんて……お姉ちゃん……)


 こういう連中にとって、両親がいない貴族家当主という立場のお姉ちゃんは、とても美味しい獲物に見えるのだろう。


(このままじゃいけない!)


 そう直感した私は、親戚のツテを使って、信用できる貴族を探した。そして出会ったのが、グランツ伯爵家長男のガルシャ=グランツ。


 当時まだ学生だった『この男』に出会った事で、お姉ちゃんだけでなく、私の人生も大きく変わっていく事になるのだが、そのことをまだ、私は知らない。

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