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僕の小さな旅日記

作者: 東雲時雨

今日も世界は平和です。

今日は学校に行きました。

学校が開く時間まで公園のベンチで待っていると、鳩がオリーブを咥えて飛んでった気がします。

希望を与えに行くのでしょうか。

気になったのでついて行くと、小さな巣にオリーブを運んでいきました。

…誰かのために、何かをするというのは素晴らしいことです。

ふと学校を見ると、先生が門を開けています。

先生はいつも僕を見るとにこりと微笑んでくれます。

僕はおはようございます、と返します。先生も、おはよう、今日も早いね、と答えます。

僕は、朝日を見るのが好きなので、とてきとうに答えます。

毎朝の恒例行事のようなものです。

僕は枯れ葉をざくざく鳴らしながら校門を潜りました。

校門から下駄箱までは、一直線に線が引かれているかのようです。遮るものは何もありません。

僕は、曖昧なその線の上を歩きます。堂々として歩けばまるで一人きりのファッションショーです。

あのお気に入りの服を着てくれば、もっと楽しめたかもしれません…ちょっとだけ、後悔してしまいました。主役は最高潮のところで退場する方が綺麗です。残念ですが、僕に見惚れてる草木の皆さん、主役は下駄箱に退散します。


朝の踊り場というのは良いものです。僕は朝のこの場所が大好きです。今日の踊り場は光のスポットライトに当てられてとても綺麗でした。ほこりがちろちろと舞い、お天気雨のような明るさをプラスしています。ちょっとだけ踊りました。ヨーロッパの王族はこんなふうに優雅な気持ちで踊ったのでしょうか。滑らかに、足、手、足、くるっと回って全身を伸ばす。ちょこっとだけ調子に乗ってしまって、脚を踏み外して落っこちそうになってしまいました。幸い、どこからか現れた先生に支えられて大事には至りませんでした。僕の踊りを見られていたかと思うと、恥ずかしくて消えてしまいたくなりました。


お花に水をあげましょう。ふらふらとよろけながら僕は水をこぼさないようにそっと歩きます。それでも水はちゃぴちゃぴ音を鳴らして逃げていきます。でも朝日に光る水はとても綺麗なので許してあげます。無事お花はたっぷりの水を受けて嬉しそうに揺れました。

窓の外では燦々と輝いた笑顔を浮かべて何人もの子供たちが駆け抜けていきます。

おはようという元気いっぱいの声が響きます。

お調子者の元くんがギャハハと笑いながらふらつき、花壇の木にぶつかりました。ばき、という音がして枝が数本折れました。元くんには怪我はありませんでした。丈夫な事は、いいことです。子供が元気なのも、とってもいいことです。その小さな木のてっぺん、元くんの手の届かないところも、一筋、折れていました。でも、切り口がとても柔らかい感じがします。きっとあの枝を折った人はすっごく優しかったのでしょう。木まで大切に出来るなんて、とってもいい人です。

授業が始まりました。

授業はとっても楽しいです。僕の知らないことを学べます。

特に理科の授業が大好きです。

みんなは仮面ライダーなるものの魔法を使いたがっていますが、僕は使いたいとは思いません。理科こそが僕にとっての魔法だからです。

数学も、魔法の一つです。

よくわからないものを思い通りに操れてしまう人類に、これ以上の魔法必要でしょうか。やっぱり僕はこの世界が大好きです。

温かい匂いがしてきました。そろそろお昼なのです。

給食のお昼は最高です。お金があまりかからないにもかかわらず、あったかいご飯が食べられます。

どうしてこんなに給食というものは甘くて美味しいのでしょう。

特に僕は野菜が大好きです。元くんはいらないといって僕のお皿に押し付けてきますが、元くんのいっているような、にんじんの匂いとか、ピーマンが苦いとかはきっと気のせいではないかと思います。きっと、お家で食べている野菜の料理はクセがあるのでしょう。子供の野菜嫌いは食べる料理の美味しさに依存するのだと思います。

休み時間になると、僕は本を読みにいきます。

あの、心地良いくらいに光の入る、柔らかく黄色い畳の上でゴロンと寝転がり、色々なことを知るのです。僕の最高のひと時です。さて、元くんが来る前に、素早く移動しなくてはなりません。でも今日は間に合いませんでした。元くんが僕に詰め寄り、僕の服や、靴、体臭などを批評します。でも、元くんには友達がいなくて、構って欲しくてこんなことを言ってるのを知っています。だから、その代わりに微妙に話を逸らしつつ、向こうの言いたいことを聞いてあげるのです。

時には回答を間違えて、殴られてしまうこともありますが、決まってその後は満足したように、笑ってくれるので、そんなに痛いとは思えません。僕は、元くんが大好きです。

放課後は、なんとか元くんの攻撃を交わし切れました。

僕の時間を消費されるのはごめんなのです。

でも、学校から家に帰ることはできません。

鍵がかかっているのです。お母さんは家にいません。夜遅くに帰ってきます。なので、お母さんは僕にお金をくれます。これで、夕飯と、明日の朝ごはんをどうにかして、その残りは遊びに使って良いよ、ということです。

なので、放課後はまずご飯を買いに行きます。なんでって?子供がお金を持っているのは危険だからです。

この前はこわーいお兄ちゃんに絡まれて、次の日の給食まで何も食べれなかったことがあるのです。子供なのにお金を持っていた僕が悪いのです。だから、先にご飯を買って、隠しておきます。隠すのは、野良犬や元くんに取られないためです。元くんは食べることに目がないので、見つかってしまったら取られてしまいます。元くんのお菓子を食べる顔は幸せそうで、大好きなのですが、僕もお腹が減ってしまうので申し訳ないです。

無事、ロッカーにご飯を隠すと、図書館に行きます。図書館は、図書室同様、僕の大好きなところです。いろんな本があって、いろんな世界に連れていってくれます。司書さんもとっても優しくて、新刊が入ると教えてくれます。毎日僕はいろんなことを知ます。ご飯が食べられない子たちや戦争というものに行って死んでしまう子供たちがいることも知り、苦しくなることもあります。僕はここに生まれてきたことに感謝します。

ただし、5時ごろになると図書館は閉まってしまいます。

次に行くのは本屋です。同じような内容でありながら、すっごく長い時間までやっています。ですが、本屋さんはあくまで商売であり、何回も行くと買わないの、と変な顔をされます。僕には本を買うことができるお金がありません。

沢山の知識や、人の考えたことが学べる本は、素晴らしいものです。あれが家にあったならと思う事は一度や二度ではありません。ですが、よくよく考えてみると僕が家にいる時間は限られています。やっぱり僕は本を買わないほうがいいかと思いました。

そこも閉まってしまうと、ご飯を食べて、家に帰ります。本屋さんから家は意外と遠いので、お母さんと同じくらいに家に着くことができます。僕は帰り道の暗闇に光がぽつぽつと浮いているのを見るのが好きです。ですが、蛍光灯で照らされた、コンクリート仕立てのドアの前、その廊下をぼーっと見るのも同じくらい好きです。なんだかひどくしんみりして、あはれな感じがします。どこか安心感や、それに寄り添った懐かしさが痛心地良いというか。お母さんに会えるという嬉しさもあるかもしれません。

お母さんは滅多に僕とお話をしてくれません。疲れ切って、いつもお風呂の中で寝てしまいそうになります。だから、僕はお母さんを洗ってあげて、布団まで引っ張ってあげるのです。

こうやって僕の1日は終わります。

今日も世界は平和です。

今日は学校はありません。ですが、お母さんのお仕事はあります。

なので、僕はお母さんと一緒に家を出て、お金をもらってご飯を買います。

お母さんは夜にお客さんとたっくさんご飯を食べるそうなので、ご飯を一緒に食べる事はありません。だから、僕は給食が大好きだったりします。人と一緒に、温かいご飯が食べられるなんて最高です。平日と同じようにご飯をロッカーにしまうと、朝はひたすら走ります。学校の体操着なのでちょっと目立って恥ずかしいですが、朝は図書館も、お店も空いていないので仕方がありません。

それに、体力は子供の時につけておかないといけない、とどっかの本に書いてありました。

そこからは、図書館に行きます。しょっちゅう友達に会うので、ひそひそ声に耳をそば立ててしまう癖がついてしまいました。

悪口もたまに聞こえてしまいます。

でも、僕はそれは本人にとっては単なる批評であって、他意はないことを知っているのです。本当に悪意を持った悪口は、僕が悪口を言われるようなことをしたからいけないのです。みんなも、僕をつまみにしてでも笑ってくれているのでいいのです。僕は人の笑った顔が大好きです。

図書館にいる時、本に没頭していれば時間はあっという間に過ぎていきます。

だから、土日は僕にとっては長いようで短いのです。

毎日が同じことの繰り返しな気がしますが、苦しい日が延々に続く人だっています。だから、僕は、幸せなのです。みんなも、笑っているのです。


今日も世界は平和です。今日は、授業参観がありました。

みんながうずうずして、たまにちらっと期待に満ちた目で後ろを振り返っていました。

ちょっと残念そうな顔をして前に向き直る子もいれば、一瞬嬉しそうに目を光らせて、ちょっと照れたようにぷいっと前を向いてしまう子もいます。僕は、そんな光景が微笑ましくて、大好きです。

みんな、幸せそうです。

休み時間になるとみんなが親自慢をしていたり、親に話しかけられてツンツンしてる子、親同士で娘息子の批評に勤しみ、子供がはらはらしていたり。

僕のお父さんお母さんは来ていません。

1週間前くらいに紙をお母さんに見せましたが、お母さんは忙しそうで、プリントをチラと見て「ああ、はい」と言ったっきり、机の上にずーっと置いてあります。僕はお母さんはお父さんがいなくなってから、僕のために一生懸命働いているのを知っています。だから、この時間も、僕のために一生懸命に働いてくれるお母さんを思えば、僕はしあわせです。

ただ、ほかのお母さんたちに、僕のお母さんのことを心配されてしまうのは考えものです。今日の終わり、僕のお母さんがほかのお母さんに出会して、今日の話をしているとこを見てしまいました。お母さんは今日が授業参観だということにものすごく驚いていました。

お母さんは家に帰ってくるなり、僕に授業参観のことをなぜ言わなかったのかと怒鳴りました。部屋の梁やタンスがビリビリと震え、ホコリの煙が上がるほどでした。僕はただ、ごめんなさい、と謝りました。お母さんはとても疲れているのです。余計なことを考えさせてはなりません。

お母さんの声は次第に弱く、掠れていき、しまいには泣き出してしまいました。

大丈夫だよ、お母さんが頑張ってるの、知ってるよ、ごめんね、プリント出すの忘れちゃった。

お母さんをこうやって落ち着かせられるのは僕だけです。

お母さんは、僕がいるから私には明日があるのだ、僕がいるから、頑張れるのだと言いました。

お母さんからこんな言葉をもらえる僕は幸せ者です。

お母さんはにこっと笑ってくれました。

僕もにこっと笑いました。


僕は今日も図書館にいます。

世界のどこかでまた、戦争が始まったようです。

でも、今日も世界は平和です。

だから僕は、幸せです。

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