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08.ソレイヤ・大きな決意

「ならばこんなところに足を運ばず少しずつ社交の場に出ればよいではないか」

話を聞いたソレイヤは、そういうことなら体調を考えながら積極的に社交場に出て誤解を解くのが一番なのではないかと思った。この容姿に、例え魔術が使えなくとも魔術師の家系で本人にも魔力はある。幸い、家族も王太子でさえも、セリーヌを噂好きのご令嬢と同様には思っていないようなので、そんな誤解はすぐに解けるのではないかと考えた。


「そうなのですが、今のままでは自信がないのです。ですから魔力が使えるようになれば、たいした魔術ができなくとも少しは自信になるのではと思いました」

つまりは、一歩踏み出すための自信がほしいということらしい。だが、味方に頼って社交に飛び出す方が、二十年近く使うことのできない魔力を使うことより簡単なようにソレイヤには思える。それにだからなのか、セリーヌが読む本は、対魔物用の実践的なものではなくて、廃れてしまった幻想術としての魔術に関するばかりだった。


(まあ、彼女らしいと言えばそれまでなのだが)


確かに、ソレイヤはセリーヌが魔物に対峙している様子を想像することはできないし、させたくないとも思う。あまり、あの黒い影のような得体のしれない“モノ”にセリーヌを近づけたくない。影のように実体がないようでも人を噛みちぎるし、鋭い爪で襲いかかりもする。彼らの魔力は人にだけは有効で、魔物の出す火は人を燃やすし、水で窒息するし、雷で黒焦げにもなる。同じように人の使う魔術も魔物にだけは有効なのだ。形も様々で、巨大な獣のようなモノから人に似た形を取ることもある。今まで別々に行動していたモノが集まって巨大化することだったあり、空を飛び回るモノもいて予想を超える動きをしてくる。


きっと彼女は一度だって魔物を見たことはないのだろう。長年対峙し続けてきたソレイヤでさえ魔物が何なのかはわからないし、どうして人だけを襲うのかもわからない。分からないままに、きっと自分の命を削って倒してきたそれ自体が正しいことなのかさえ分からなくなっているのだから。


そして魔力持ちはどういうわけか男の方が多い。女性もいないわけではないが少ないのだ。しかも魔力持ち同士が子供を作ると高確率で魔力持ちが生まれるから魔力のある女性は大人気だ。魔力と魔術を学ぶため鍛錬塔へ入ることは義務だから皆入るが、女性は魔術師棟に入る前に結婚してしまうことが多い。しかし人気があるのは魔術を使える女性であってセリーヌに当てはまるかどうか、本人は自信が持てないのだろう。彼女は魔術を使えないので鍛錬塔にも入れなかったという。確かにどんな形であれ、魔術を使える方がこの先、生きやすいことは確かだ。


しかも…もしセリーヌの体内の魔力が使えるようになれば自分もまたこの体の中にある魔力を使えるようになるのかもしれない、という期待もある。自分の知識が彼女の役に立つなど、と思っていたがどうして、古代魔術に関して知識面では彼女は王国一だろう、そのことを総司令官は知っていて放置しているのか、それとも知らずにいるのか?


(まあ、古代魔術に総司令官をはじめとしたレズバス家の面々が興味を持つかというのも微妙なところか…特別困っているということもなさそうだしな)


とにかく魔力が凝り固まっているという点ではセリーヌとソレイヤは同じ悩みを抱えているらしい。そしてすがった先も魔導書室という同じものだったというわけだ。


(しかし、魔術を偏って使ったわけでもないセリーヌがどうして自分と同じような現象に陥っているのか?そもそも本当に同じなのかもわかならないな)


聞く限りセリーヌのような人間は今まで王国にはいないということだ。他国との交流の薄いこの国で、ほかの国の事情を知ることは難しいが、ここ以外に解決法があったりするのだろうか?

ソレイヤはふと孤児院時代に院長に言われたことを思い出した。


「お前のその色合い、この国じゃあ珍しいなぁ」


黒い髪に白い肌、何より紅い目を持つ人間を王国では見たことがない。ただ、この国は色とりどりの髪や肌色、目の色があるから特段差別されることはなかった。もしかしたら出自は異国なのかもしれない。


(答え探しに旅に出るのもいいかもしれないな)


別段出身地が分かったところで身近な死が遠ざかるわけでもないが、誰も知らないところで野垂れ死ぬのも自分らしいと自嘲した。死ぬまでにセリーヌに有益な情報が得られれば文で知らせてもいいだろう。


思いがけず死に際に心地よい時間を過ごしてしまっていた。そう、ソレイヤにとってセリーヌのそばが心地よい。特別何をしているわけじゃない。本を読んでいる時はお互い無言だし、一日にかわす言葉も多くはない。なんの思惑もなくただお互い生きるために本を読んでいるだけ。同じ悩みを抱えているにもかかわらず、別に慰め合うわけでもなく、そう、ただ自然とそばにいられる。ただふともたらされる彼女の笑みは一日のご褒美のように心にしみわたる。一番心地よい距離感だった。


それにセリーヌはあまりにも無垢だった。先日一緒に行ったティハウスでもそうだ。街をちょっと高いところから見ただけなのに、まるで大発見をしたとでも言いたそうな輝いた瞳でその眺望を見つめていた。その帰りに、彼女がソレイヤの馬に興味を示した。帰る前に見てみたいというから、図書館にある、厩に共に行った。馬などセリーヌの邸にもいるだろうに、青毛の牝馬が珍しいのか顔を触ろうとしたから驚いた。もっと驚いたのは馬が気にせず触らせたことだろうか?おとなしそうに見えてなかなか人を侮ることが多い気分屋の牝馬(かのじょ)は、人の好き嫌いが激しい。珍しいこともあるものだ、と馬で邸まで送ることを提案したら少女のようにはしゃいで喜んだ。


馬に乗った途端、高くなった視界にこれまた感動したようで「見える景色が違いますね」と大喜びだった。だからこの日から毎日帰りにはソレイヤの馬に乗って帰っている。彼女は馬車で来ているが、帰る時は侍女しか乗っていない。護衛の者が馬で後からついてきているから問題はないのだろう。それなら、セリーヌが喜ぶことをしてやりたい、純粋にそう思った。


きっと彼女の過ごした世界はとても狭かったのだろう。ちょっとのことで心を動かす彼女を可愛らしいと思ったのは親心に似たものなのか、はたまた別の感情なのかはソレイヤが知る由もなかった。


こんなセリーヌだから惨めったらしく死にゆく自分を知られたくない。きっと彼女は自分の死を悲しんでくれるのではなかろうか?一方でそうでなかったことを知るのが怖い。自業自得だと馬鹿にするその他大勢にセリーヌが入っていて欲しくない。今までのソレイヤ自身の行いを顧みれば自信がないのも納得だが。


だから思いついたのだ。

そうだ、その前に旅に出よう、と。


正当な理由で目の前からいなくなれば、今のままのソレイヤが彼女の中に残るのではないだろうか?それが一番きれいにセリーヌの中に残れる。だから、この国に未練を残さぬよう準備に取り掛かろうとソレイヤは動き出した。

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