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06.ソレイヤ・不確かな理由

「兄は魚なら水だろうと、苦手な水の魔術操作を頑張ってくれました。私、魚が泳いだところを見たことがなかったのです。だから思わず魚はどうやって泳ぐのかって聞いてしまったのです。魚と言えば皿の上か本の中だけだったので」

そういうセリーヌの言葉に、先ほどから続いていた笑いがなおも尾を引いた。


「皿…の上か…」

別に馬鹿にしているわけでもないのだが、確かに皿の上と本の中の魚は動かないな、などと思ったら笑いが止まらない。それにしても皿の上の魚を見て、その魚が動くところが見たいなど、きっと彼女くらいだろう。こんなに笑ったのは何年振りか、いやその前にこんなことはあっただろうか?ああそうか、セリーヌの兄であるランスの時があったな。


確かにランスに聞かれたことがあった。

ソレイヤとランスは同じ年で魔術師棟に入った。だからなのかいつも一緒にいたのだと思う。水のソレイヤと火のランス、お互い反するものを得意とする者同士をそばに置くことで上司も相乗効果を狙ったようだ。しかしその思惑にランスは乗ってソレイヤは反ったのだ。鍛錬も食事も討伐へ行く時もほとんど共に過ごした。そのせいか、ランスは取っつきにくいと敬遠されていたソレイヤにも分け隔てなく接してくれた数少ない同僚となっていた。元々の性格もあったかもしれない。

ある日、ランスが水浸しになってソレイヤに聞いた。いや、実際ランスの周りにある水は魔術で出したものだから濡れているわけではない。そう見えるだけだ。


「なあ、ソーヤ。水で魚作るのはどうしたらいいんだ?ほらできたんだけど…この動き魚じゃなくねぇ?」

ランスの周りに動き回る水でできた物体は魚と言われればそうかもしれないが、動きはどうも魚に見えない。

「水で魚など作ったことがないから知らん」

「うわ、ソーヤ冷たい!」

「そんなことを言うなら池にでも頭を突っ込んで本物を見てくればいいだろう」

「そっか。ソーヤ頭いいな!」

そういうと止める間もなくランスは外へ飛び出していいた。部屋に帰ってきた時は周りが呆れるほどびしょぬれだった。

しかし、それからしばらくすると優雅に泳ぎ回る水の魚がランスの周りにいた。


「サンキュー、ソーヤ。やっとできたよ。これで妹も喜ぶ」

思い出してとっさにこれはランスの名誉のためにセリーヌには伏せておこうと思ったのだ。

あいつに恩を売っておくのも面白いとソレイヤは思った。


「水と言えば、ソレイヤさまはカストラの鍛錬塔のご出身ですよね」

「まあ、そうだな」

鍛錬塔は魔術師名門の5系統ごとにある。その領地の者で魔力のある者が入れられるので生まれた場所で入る塔は決められている。その内の1つがすぐに廃れ、今は4つの塔があった。無くなったのはカストラが吸収した形で記録に残っているが、実際は両者が隣接していて同じ水を得意とした系統だったのでカストラに競り負けたのだ。


「カストラは水の魔術師を多く出しますが、地理的に言えばあの辺は暴れ川であるキーネ川水域で水害も多いと聞きますが」

「まあな、大雨が続くとすぐに氾濫するからな。そういえば俺も記憶にないくらいの時に流れ着いたらしいからな」

「流れ着いた…ですか?」

「俺は孤児院出だぞ。知らないのか?」

「えっと、初めて知りました」

セリーヌが聞いてはいけないことを聞いたような顔をしたが、ソレイヤにとってそんなことはどうでもいいことだ。


「別にそれはいい。で、カストラと水がどうしたのだ?」

「我がレズバスの領地は西に位置していて、乾燥地帯です。水源が足りないわけではありませんので農業も盛んですが、冬にはよく火災があるんです。でもどういうわけかレズバスの魔術師は火を扱う人が多いです。ほかの地域も雷の多い東のアルモンドも光が、暴風が多い南のケレシスも風の魔術師が多いですよね、偶然ではない気がして…」


「まあ、その辺りはよく言われることだぞ。特に幼少期にそういった災害に合えばより多くの魔術を使えるようになるかと実験的に魔力を持つ子供をそういった災害地に送り込んだ貴族がいたそうだ」

「その子はどうなったのですか?」

「すべての災害を目の当たりにした後、狂ったようにむちゃくちゃな魔術を数日間繰り出して魔力を失ったそうだ」

数年かけて各地を転々とさせられて目の前で暴れる自然の猛威を見せられた子供の心は壊れたのだろう。だからと言って、そうなることを覚悟の上に自ら厳しい環境を望んだ魔術師もいたそうだがそれにはなんの効果もなかったそうだ。

話を聞いたセリーヌはまるで自分が過ちを起こしたかのような落ち込みようだ。


「昔の話だ。魔物の出現も多くて皆が焦っていたのだろうな」

「だからと言って犠牲にしていいものではありません」

「犠牲になるとは限らない、結果論だろう。それにセリーヌ、お前は魔物と戦いたいわけではないのであろう?」

「はい」

「ならば近代魔術のことはひとまず置いておけばいい」

「そうですね、でも古代魔術師たちはみな4つの魔力を使いこないしているのに、どうして近代魔術ではそれがかなわないのか不思議ですが」

「魔術の出力が違うからな。別の魔術と考えた方がよいかもしれないぞ」

「別、なのですね」

「まあ、使えない俺が言えることでもないがな。それより、お前にはよい教師が3人もいるではないか。彼らはどう言っているんだ」

そう。レズバスのものは皆4つの魔術を使えるはずだ。ならば彼らに聞くのが一番早いような気がする。


「兄たちに聞いても火に関しては知らないうちに出せるようになっていた、と言いますし。そのほかの幻想術は…その、私に見せたいと思ったらできるようになっていたと」

確かに、ランスはそんなことを言っていたな、とソレイヤは思う。思えば魔術師棟に入ったばかりの時は、ランスと話すとすぐに妹の話になるのでうんざりして聞き流していたのだ。


魔術師棟では4つの系統すべてが同じ職場となる。魔物によってどの魔術が効きやすいか異なる場合がある。どれが現れるかなど現場に行かなくてはわからない。だからどの魔術でも繰り出せるようにチームを組む。自然と他の系統と一緒になるのだ。その中で、レズバスの者は馬鹿にされやすい。暇を見ては幻想術としての古代魔術を趣味のように繰り出すからだ。


何度となく見たことはあるが、その時は周り同様に心で馬鹿にしていた。魔力の無駄使いだと思っていた。しかし今になればわかる。そうやって彼らは常に体を整えることをしていたのだ。そんな器用な彼らでも対魔物としての魔術では1つしか使えない。例外といえば確かセリーヌとランスの兄は火の他に補助的に風も使いこなすらしいがあくまで補助だ。


「何が違うのでしょうね」


そうつぶやいたセリーヌの言葉が心に引っかかりうずいた。

それにしても、せっかく楽しく笑っていたのに目の前の紅茶もすっかり冷めるほどに暗い話題となってしまった。自分が今まで女性に対して気など使ってこなかったせいで、どうもうまく会話ができない。まさかソレイヤがそんなことで悩むなど自分でも驚いていた。セリーヌも黙り込んでしまった。


「どうして魔術を使いたいんだ?」

「えっと…私はレズバスの欠陥品と言われてまして」

「ああ、そのことか。今更気にすることもないだろう」

「そう、ですね」

ほら、また彼女が一層暗い顔をしている。さっきまで、風景に、目の前の甘味に目を輝かせて笑っていた彼女はもういない。せっかく思い詰めたように根を詰めていた彼女をどうにかしたいと連れ出したのにこれではあまり意味がない。


「でも、もし話せるなら話せ。何か力になれることもあるだろう」

「…はい」

「別にすぐでなくてもいい」

「…ありがとうございます」


どうも苦手だ。

このか弱い生き物をどうやって扱ったらいいのだろう。


だが、ソレイヤは気が付いていない。今までなら、扱い方など考えることもなかっただろう。関わらなければいいのだから。

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