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04.ソレイヤ・自虐と絶望

ソレイヤはぽくぽくとゆったりとしたスピードで馬を歩かせながら困惑していた。魔導書室に招き入れた女は自分に話しかけることもなく黙々と書物を読み漁っていた。そう、"読み漁っていた"という表現がぴったりなほど書物から目を離さずにかじりついていたのだ。きっとソレイヤが声を掛けなければ寝食を忘れて延々と読むような勢いだった。だからといって、宝物を見つけた興味本位の光は瞳にはなく、あれはどちらかと言えば必死という言葉がしっくりとくる。なんだかソレイヤ本人があの魔導書室にやってきた当初と同じような気がした。


(俺の地位も能力にも興味はないというわけか。残るはレズバス家が何らかの書物をあそこから持ち出したいということか?なんかそれも違う気がしてきたな)


まったくもって不可解なご令嬢だとソレイヤは歪んだ笑みを浮かべる。今まで貴族が自分に近づいてくるのは何かしらの思惑があることばかりだった。ソレイヤに魔力があるとわかれば、その地域にあった鍛錬塔に移された。力を最大限発揮して恩を返せと孤児院から出る時に引き取った貴族から言われた。魔導師になった時は、また言われた。誰のおかげで魔導師になれたのか忘れるな、と。


ソレイヤは魔導師という地位を18歳で手に入れた。


魔術師になったのは14の時。10歳で孤児院から生活の場所を魔術師を育て教育する鍛錬塔へと移した後はとんとん拍子だった。そう、ソレイヤは多くの魔術師とは異なり、孤児だった。だから未だに言葉は汚いし、態度も横柄だ。これはわざとではなくて元々の育ちのせいだった。今更直す気もない。魔術師はレズバス家に代表される通り、貴族名門の遺伝的な部分が多い。今は4系統26の家がその多くを輩出している。だがたまにソレイヤのように市井にぽっと生れ落ちる。きっと4系統のうちの誰かの庶子か何かだろうがそんなことどうでもいい。とにかくあるものを使ってみじめな生活から脱出できることは嬉しかった。


だからうぬぼれた。


魔術を使うためには魔力がいる。魔力は大気中にある魔素を体内に取り入れ生成する。魔素は火の対の水、風の対の光の4種があり、魔素を体内に入れる時は同時に4つとも入ってしまう。そこまではどんな人間でも同じだ。だが魔術師の素質のある者はそこから魔力を作り出し、体内に貯めることができる。体の中には常に4つの魔力があるのだ。でも人には扱いやすい魔力と扱いにくい魔力がある。ソレイヤは水が自分に一番合っていた。だから水を操ることばかりに力を入れて、ほかの鍛錬はほとんどしていなかった。鍛錬塔ではそれでよかった。だから魔術師となって魔術師棟勤務となった。しかしそこでは上司にも同僚にも、


「早死にしたくなければきちんと他の魔力も扱えるようになれ」

と何度も忠告された。無視した。水さえ使えれば魔物退治はできるのだから。


最後は意地でも水にこだわり、そして魔導師になった。レズバス家には難色を示されたが魔導師にするかどうかの判断は4家代表の多数決だ。それまでの魔物退治と魔窟封じの功績で魔導師となった。ソレイヤはその時、魔術師棟一の魔力量を誇っていたから。【激渦の魔導師】とも呼ばれ、それ以降も多くの魔窟を制覇してきた。魔窟からあふれ出る魔物はどんなに鋭い剣でも素晴らしい剣技でも倒せない。唯一の対抗手段が魔力であり、それを武器にするのが魔術だ。だから多くの魔物が湧き出る魔窟を魔力の大渦で塞ぎ魔物を消し去るソレイヤは派手で、魔力の扱えない者から見たら英雄のような憧れの的となった。ただでさえ魔術師は一般の民が成しえない魔物の成敗を行うのに、あふれ出る魔物という絶望を一瞬で消し去るソレイヤは神のように崇められた。それが気持ちよかった。


一般人は魔物に出会っただけで死を覚悟するものだ。だが、ソレイヤは魔物に対峙している時こそ生きがいを感じていた。孤児院にいる時は路傍の小石のように誰の目にも止まらず、生きていようが死んでいようが誰も気にしないような存在だった自分が、この世界で唯一無二となったことがどうしようもなく爽快だった。


そしてソレイヤは上司が、同僚が自分に向ける忠告を嫉妬と勘違いした。彼らのことを己が成しえないことをするソレイヤに嫉妬した魔導師の出来損ないだと見下した。そして自分は歴代の魔導師とも違い、死ぬまで魔導師でいられる、となぜか思い込んでいた。


自分は特別なのだ、と。

魔導師になって5年が過ぎたころ。ソレイヤの身に変化が起きた。


まず、魔術に魔力が思うように乗らなくなってきた。疲れているのだろうと目を背けた。そのうち、魔力を繰り出すことに時間がかかるようになり、そして魔導師になってから6年目のある日。ソレイヤは魔力を微塵も繰り出せなくなった。そう、今まで息をするように使っていた魔力をどうやって出していたかさえ分からなくなってしまったのだ。


だから今のソレイヤは元魔導師で正確には名誉魔導師という名誉なのか不名誉なのか分からない立場であり、今までの功績によってお情けで国から生活費をもらっている隠居の身である。


隠居の身になって初めて知ったが、こうなってからの魔導師の寿命は長くない。


体中に使っていなかった火、風、光の魔力が凝り固まり、やがて身を亡ぼす。魔術師も少なからずこの現象によって死んでいくことがあるが魔導師はそのスピードが違うのだ。魔術を使う者の職業病と言えば簡単だが、治療不可能な死を招く病なのだった。


魔導師であったころは、華々しく生きて短く散る身をよしとしていた。


しかし、魔術の使えない喪失感は想像をはるかに超える。魔術を使えるうちは死をあまり恐ろしいとは思わなかった。いや、きっとどこかで“自分は死なない”などと言う間違った確信があったのかもしれない。魔物という一瞬で生命を刈る存在と対峙していたにもかかわらず、そんな恐怖を感じたことはなかった。それなのに、魔力を失った途端、魔物が目の前にいなくても目の前に迫った“死”がとてつもなく恐ろしいものに思えた。


だから、突如思い出した魔導書室の鍵に縋り付き、必死の形相で駆け込んだのが半年前のことだ。

ソレイヤが読み漁ったのは古代魔導書のたぐいではない。どうせ今更古代魔術語と呼ばれる暗号を読み解く時間も能力もないのだから。それよりも、近代の魔導師たちがどのように最期を迎えたのか気になった。実はこの魔導書室の鍵は二種類ある。一つは言わずも知れたこの部屋の入口のドアの鍵だ。そしてもう一つは、奥の壁にある鍵穴の鍵。ここを開けると一枚板が下せるようになっていて、机となり、その奥に小さな本棚がある。そこには形はそれぞれ異なるが、魔物と戦ってきた近代魔導師たちの遺書のような最後の言葉が置かれていたのだ。この鍵をもらった時に、一度はここを見るようにとそう言われていたことを死を自覚して初めて思い出したのである。


そうして読み漁った結果、絶望した。

魔導書に希望などなに一つなかった。


どの魔導師の記録を読んでも今までの自分とあまりにも似ていて、最後の方は声を出して笑った。しばらくは往生際悪く、他の魔術書を読んだりもしたが、全部投げ捨てたい衝動をようやく納め無理矢理片付けた後はもう魔導書室に行くこともなくなったのだった。

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