26.レズバスの男たち・ロック
すみません、24に1話追加しました。飛ばして投稿してしまい申し訳ありません。
ロックはこじんまりとした郊外の家の前にいた。
国の英雄と謳われる割には質素な佇まいの家だった。まあ、ひとりで暮らすには十分といえよう。しかし人を雇うことをやめたこの家は手入れがずさんのようで、壊れかけた腰高の門戸は触れるとギィっと嫌な音を上げた。
玄関は鍵すらかけられていない。もう掃除をしてから随分と日があいているのだろう、そこかしこにほこりが集まり塵が積もっている。一応声を掛けたが応えるものはなかった。
一番奥の部屋のドアが半分開いていて、人の気配がある。
その部屋に入ると、酒の瓶が無造作に転がっており、無精ひげの着たきり雀がいた。
「さすがに荒れすぎでしょう。においますよ」
「あんた…レズバスの」
「何度か仕事をしたはずですが…そうですね、ここ数年は塔暮らしなもので。ご無沙汰しております。ユーハバック魔導師殿」
「ロックウッド・レズバス…か」
「ええ、呼び捨てにされるほどの仲とは思いませんでしたが…まぁ細かいことはいいでしょう」
うつろな目の男はすでに人を敬ったり、年を考えたりすることすら放棄したらしい。ロックウッドの方が年上だし、今では魔術師棟に所属はしないものの、レズバス鍛錬塔代表代行と国防官総括補佐という地位がある。まあどちらもグルードの部下という意味合いなのだが。
「何しに来たんだ?」
ベッドの下、床に座り込んだままのソレイヤが言った。きっとランスと同様、もうかかわるなということだろう。ソレイヤはわかっていた。一刻も早く旅立てばすべて解決することくらい。でもそれができたらこんなところでみじめったらしく独り管を巻いていない。どうしてもできないでいるのだ。
「いやね、愚弟が貴方に怪我を負わせたようですので具合を見に来ました、詫びるつもりはありませんけどね。腫れは引いたようで何よりです。まだ青いですがあとは残らなそうで良かった」
ロックは言いたい放題だがソレイヤは別に気にしていない。いや、聞いていないのかもしれない。
「ああ、それとこれはお節介とはわかっているんですけどね、初恋ってこじらせると大変ですよってことをお知らせに来たもので。私はほら、初恋を無事実らせてすてきな奥さんと不本意ながら遠距離夫婦をしていますが、幸せを手に入れた身ですからね。ランスなんかよりよっぽど優秀な先輩だと思いますけどねぇ」
ロックの顔が意地悪く笑む。
「なんだ幸せ自慢をしにきたのか」
「ある意味そうですね」
「なら間に合っている。世の中のすべての人が幸せに見えるからな」
「セリーヌも…ですか?」
そういったロックの眼光は鋭かった。口元は笑っているのに目は全然笑っていない。まるで獲物を捕らえるために牙や爪を向けられているような錯覚を受ける。
「…俺がそばにいない方が、いるよりもましだろう」
「知ろうとしないのは罪ですよ。あなたはそれを抱えたまま立ち去るつもりなんですか?」
ロックがそれ、と言ったそれがソレイヤの体内でうずいた。
「私はそれがどうしてあなたへ注がれたのかわからない。セリーヌに関して言えば前例がないことが多すぎてある意味何が起きてもそのまま受け入れられてしまうんです」
そう。今ソレイヤの体内にはあの時セリーヌが泣きながら注いだ魔力がある。しかも、偏り固まった魔力が少し溶けて動き出しているようにも思えるのだ。セリーヌが注いだ魔力は何の、というものではない。すべてであるとしか言いようのない、偏りのない4つの魔力そのものだった。
ソレイヤが動けないでいる理由の一つだ。
下手に動くとこの魔力が自分からこぼれ落ちるような気がしてこうしてここから動けないでいる。
「怯えていたって何も変わりませんよ」
「怯えているわけでは」
「そうですか?私にはこのままセリーヌの魔力を抱いて死ねたら本望なんて風に見えますが」
「…」
「それは許されませんね、あなたは最後まで足掻く義務がある。セリーヌの前でみっともなく足掻いて縋って下さい。でなければ早くそれで派手な花火でもぶっ放して下さい。ああ、あなたは水しか出せませんでしたね」
少しずつクリアになっていく思考の中でソレイヤは思い出していた。見た目も口調も温厚そうなこの男はレズバス一辛辣だったと。繰り出す魔術も魔術師としては強烈でえげつなかった。敵と見なせば容赦はなく完膚なきまでに打ちのめす強硬派なのだ。やり口もこれからレズバスと言う一族を背負っていくにふさわしく綺麗事だけで固めているわけでは無い。ランスがあんなに馬鹿正直に過ごせるのはある意味この兄あってなのだ。
「そうそう、我がレズバスの家長が貴方に是非ともお会いしたいと申しております。一度城の執務室にお越しください。腹を固めていらっしゃることをお勧めしますよ」
ロックは爆弾を落として立ち去っていった。
ロックに言われたことを考えた。何度も何度も。
セリーヌに注がれた魔力は自分にはふさわしくないくらい純粋でキラキラしているように思える。確かにロックの言う通り、これで派手な最後の水魔術を放てば自分は終わるだろう。
しかし、それで本当にいいのだろうか?自分が注いだ魔力が最後の一打となったと知った時、セリーヌはどうなるのだろうか?
考えるのは自分がどうなるか、よりも彼女がどうなってしまうか、だった。死んだ後のことなど知るかと昔なら思ったかもしれない。でも今はそうは思えない。死ぬなら彼女がこれからも笑顔で過ごせると確信してからがいい。
それからは早かった。
ソレイヤはまず、酒瓶を片付けた。空のものから入っているものまですべて庭に放りだした。まずは身ぎれいになろうと風呂に入ってひげを剃り、新しい服に着替えた。
レズバスの家長に会うとしてもそれなりの決心を見せなくてはならない。
ロックの言う“腹を固めた”証が必要だった。
だから、今までセリーヌと読んできた古代魔導書を思い出して決心したのだ。
まずは火からとりかかろう。