25.レズバスの男たち・ランス
すみません、24話に一つ話を追加しています。結構重要なところを飛ばしてしまいました。
「悪いが帰ってくれ」
ソレイヤがセリーヌをレズバスの王都邸宅へと運び入れたところにちょうどランスが帰ってきた。勢いよく開けられたドアと、息の上がった様子からよほど馬を飛ばして戻ってきたのだろう。
「…」
ランスの言葉にソレイヤは動けないでいた。分かっている。ソレイヤがここにいる資格がないことくらいとっくに分かっているが体が動かない。
理由はある。
セリーヌに握られている服の裾。ベッドに寝かせてもずっとしっかり握られていた。まるでセリーヌがソレイヤを引き留めているような錯覚に陥る。
しかし、それが目に入ったのだろう、ランスが言った。
「そんなもの、お前が脱げばいい話だろ!替わりの上着が欲しいならくれてやる。返却不要だ!」
そういってランスは自分の来ている魔術師の上着を脱いでソレイヤに向かって投げてよこした。
確かにランスの言うとおりだ。脱いでその上着を置いていけばすむ話だった。言われて気が付いたソレイヤはのろのろと上着を脱いでそっとセリーヌの寝ている上へと掛けた。ランスが投げてよこした上着などいらない。このまま帰ればいい。さほど寒いというような陽気でもないだろう。
「お願いだから帰れ。これ以上お前の顔を見ていると…とんでもないことを言ってしまいそうなんだ」
ランスの歪んだ顔を見上げた。ベッドサイドにしゃがんでセリーヌの様子を見ていたので立ったまま近づいてきたランスはことのほか大きく威圧的に見えた。彼から出た言葉はきっと最後の友としての言葉だろう。
やがて力なく立ち上がったソレイヤはレズバスの邸を後にしようとした。
「おい待て」
先程とは比べものにならないくらい低く不機嫌なランスの声がソレイヤを呼び止める。
「何故お前からシェリーの魔力が匂うんだ?」
その問いにソレイヤは目を見開いた。確かに雪崩れ込んだセリーヌの魔力が自分の中にある。もちろん彼女から無理やり奪ったものでもない。ないがどうやって、と聞かれればやましくないとは言えない。
「何故黙る?」
じわり、じわりと間合いを詰めるランスはまるが狙いを定めた肉食獣のように見えた。
「ふざけるな!!」
振りかぶったランスの拳をまともに顔で受けたソレイヤは文字通り吹っ飛んで倒れる。
「出てけ!」
もうここにはいられないと、ソレイヤはとぼとぼとレズバスの館を後にした。
ソレイヤが立ち去った後でベッドサイドの椅子に腰かけると、セリーヌの横たわっているベッドに両肘をついて頭を抱えた。
「ごめんセリーヌ。でも許せないんだ」
熱で上気したセリーヌの顔には涙があふれこぼれた跡が幾筋も残っている。ランスだって薄々わかっている。あの二人は惹かれあっていて穏やかな時間を望んでいたことを。恐らくそれが長くないことをセリーヌも知ったのだろう。
「どうしてあいつなんだよ。男なんてもっとたくさんいるんだよ。よく見ろよ。あいつ性格悪いぞ。横柄だし、人のことなんて何にも考えないし…自分のことですら…それに、あいつ…」
もうすぐいなくなるとは、意識のないセリーヌの前でもランスはそれだけは言えなかった。
受勲式の後、セリーヌの様子に特段変わった点がなかったから、乗り切ったと思っていた。それなのに、まさか魔導書室から一番知られたくないことが漏れるなんて思ってもみなかった。ソレイヤに己のことを伝えるなと明確に忠言したわけでもない。曖昧だが一言いってあったのでわかっていると思っていたし、そんなことしないとも思っていた。しょうがないくらい駄目な奴だと思っていても、なぜかそこは信用していた。
していたのに。
聞いた話では、過去の近代魔導師たちの記録が出しっぱなしで放置されていて、それをセリーヌが読んだらしい。
自分ですら読んだことのない、魔導師たちの最後の声だ。
確実に死に近づく者たちの断末魔だったのか、怨み言だったのか、優しい言葉で綴られているとは到底思えない。
(よりによってどうして)
ランスはソレイヤが彼女を少しは気にかけていると思っていた。それなのに裏切られた気分だ。そうでないかもしれない。自分自身、明確に死を目前としているわけではないから彼の心境などわかるはずもない。もっと気にかけてやればセリーヌもこんなことにならなかったのかもしれない。
それでも、ランスの中でセリーヌの幸せは特別だ。
父親も兄もこの出会いはセリーヌが選んで、望んだもので、その結果はどうであれ必要なものだと思っていたみたいだ。確かにもう18の女性だ。自分の目で選んで、体験する必要があるかもしれない。それでも今までのセリーヌからしたら体への負担が心配でならない。
(どうしてもっと早く旅にでてしまわなかったのだろう)
そうとも思うが、一方で友が離れて知らないところで知らないうちに亡くなるのは寂しい。だから、受勲式が終わってからは、もしかしたら旅立ったと知らせを受けるのではないかと、気が気でなかった。だからその知らせがないことにほっとしていたのかもしれない。
誰も望むことは同じはずだった。
“セリーヌの幸せ”
それなのに、現実は一番いやな形でやってくる。
もうどうしていいか、頭の中がめちゃくちゃだ。幻想術でごまかせていた幼いころとは違う。きっと傷ついたであろう妹の心を癒すすべも言葉もランスは持ち合わせていないことを悔いた。