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22.ソレイヤ・生まれた迷い

もう旅立っていてもおかしくない時期だった。受勲式はとうに終わり、この国での手続きも済んでいる。後は旅立つ直前にその旨を伝える手紙を王宮宛に送り、処理を頼むのみだ。


いい加減断ち切るべきなのだ。もうセリーヌは魔導書室には来ないかもしれない。なのにソレイヤは未だこの国にいて結局魔導書室に通っていた。だからなのか昨日は厄介な客を迎えることにもなった。


今日もまた迷っている自分がいた。

今日は特に腰が重い。ベットに座りながらふと見るとそれほど大きくない鞄が部屋の隅に転がっていた。

そう、その鞄を一つ持って出れば良いだけなのにそれができない。これが未練かと自嘲した。セリーヌとともに魔術や魔力を探る中で、なんだかもやもやとわかりそうで分からないものに突き当たっている感覚がある。もうちょっとでつかめそうで、でもうまく説明できないでいる。それをはっきりさせたいのかもしれない。しかし、それを知ったところで自分の状態が変わるわけでもない。だったら旅に出たっていいものをぐじぐじとしている自分がいる。


結局のところセリーヌのそばを離れたくないんだな、と思えるようになった。魔導書室に通っていれば今は会えないでいるがいずれまた前のようにゆったりと二人で本を読んで、たまにお茶をして馬に乗って帰る日々が戻ってくるような気がしている。そして自分はそれを望んでいるのだろう。セリーヌがもう来ないと言ったら屋敷に押しかけてしまいそうなそんな感情があることにソレイヤ自身驚いている。


本当は断ち切らなければならない。なぜならそれは永遠ではないし、終わりはすぐそこに見えている。自分は死んでいなくなるのだから自分勝手に続ければいいのかもしれないが、残された者はどう思うのだろう。


旅に出たと知った方が幸せではないだろうか?

他の人の気持ちを考えるなど初めてかもしれない。


だがソレイヤはどうしてもセリーヌがどう思うかが気になってしまう。そして残酷にも死んで強く彼女の記憶の中に残りたいという欲望もあるのだ。最後に自分が生きた証が、魔導書などではなく彼女の中にこそあって欲しい、と。


彼女はソレイヤの時間を大切な時間と表現した。はっきりとではなくともきっと自分の寿命については知っているのだろう。でも具体的にどうなったとか、後どれくらいなのかは知らないようだ。そのことをランスは口止めしたのだろう。


もし知ってしまったらどう思うだろう。


同情されるのだろうか?死ぬまでの少しの間、セリーヌを独占できたりはしないだろうか?

いや、そんな卑怯な行いをレズバスの男たちが許してくれはしないだろう。彼女は確かにあの家族に愛されていて、だからこそレズバスの兄弟は優秀な魔術師となれたのだ。彼女は欠陥品などではなく、あの家になくてはならない存在だ。


魔術は魔物を倒す唯一の武器で、それは事実である。

だから水を使って奴らを倒すときは爽快だった。水の魔力が体から出ていくその感覚は心地よい。でもそれ以外の魔力は自分の体からは出て行かない。出すことを恐れてしまうのだ。水ならいくらでも体から出ていき、また魔素から生成される。一緒にほかの魔力も作られるのだから出し惜しみしないでほかの魔力も使えればいいのだが、なぜかそうはいかない。考えてもわからなかった…だから深く考えず、使える魔力を最大限に利用して魔物と戦ってきた。


本来はその違いを真剣に考えて答えを見つけるべきだったのだ。もしかしたらレズバスの魔術師は多かれ少なかれ答えを見つけられているのではないだろうか?ならば何故それを説く者がいないのか?書物に何一つ残らないわけはなんだ?


だか、そのことに気がついたとて後の祭りだ。

すでにソレイヤの体は末端から動きが悪くなってきている。指先は朝起きるとぞっとするほど動かない。しばらくしてやっと動かしても痛みが残る。足もそうだ。足首の動きが悪いだけで、こんなににも歩き辛いとは思わなかった。だんだんと、その違和感は体の中心へと広がってきている。それは自分の中に使わなかった魔力が固まっているからだと言われている。魔力とは常に循環し、入れ替わって新鮮なものにしておくべきなのだろう。そのために人は魔素を取り込み魔術師は常に魔力を使い、作っている。


セリーヌの魔力はどうなのだろうか?使えないだけで循環しているのであればきっと問題はないはずだ。あんなににも家族に愛されて、彼らの力を引き出しているのだからもっと自信をもって生きればいい。


セリーヌの愛する“彼ら”の中に自分が入れないことが悔しい。もし自分がレズバスの塔に行っていれば違っていたのだろうか?

いや、きっと今ごろは魔術師にもなれずに腐っていたはずだ。


この今際の際に彼女に出会えたことだけでも奇跡だったのだろう。


かっこよく生きたいなんて思ったことはなかった。始まりからして惨めったらしかったのだ。今よりマシになりたいと、目前のものにしがみついて生きてきた。そして今、掴むものが何一つ無くなったのだ。いや、ひとつだけあるにはあるが、それは自分なんかが掴んでいいものなんかじゃない。やっぱり旅立とう、と鞄を掴んだ時、ふと思い出した。


魔導書室は今、どんな状態か、と。

セリーヌは鍵を持っている。じとりと嫌な汗が背を伝わった。


今日に限って彼女が訪れる、なんてことはないだろう。そうは思っても気になって仕方がない。掴んだ鞄を放り投げ、ソレイヤは焦って図書館へと向かったのだ。この時ばかりは貴族街に家を持てばよかったと思いながら。

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