21.セリーヌ・アラン再び
やっとお許しが出て魔導書室へと行ける日。
いつものように門の外につけた馬車に乗り込もうとすると、一人の男性に声を掛けられた。
「ご機嫌よう、セリーヌ。お出かけですか?ちょうどよかったです。少しでもよいのです、先日の非礼をお詫びしたくてお時間いただけないでしょうか」
馴れ馴れしくファーストネームを呼んで近づいてきたのは、ソレイヤの受勲式の日セリーヌに声を掛けてきたパーモンド子爵家のアラン・ガーベラその人だった。今日も胡散臭い笑顔を貼り付けている。
「あの、私急いでいるのですが…」
「駄目でしょうか?今日が駄目ならご都合の良い日を…」
ああ、何を言っても一度話を聞かないと諦めないらしい。そんな雰囲気を察して、焦る気持ちにふたをしたセリーヌはアランに応じることにした。だからと言って邸の中に案内しては後々面倒になりそうだ。
「庭でよろしければ」
「よろしいのですか?」
「あまり時間はありませんが」
「構いません」
結局、馬車に少し待つようお願いをして、公爵邸の庭にある東屋で話を聞くことにした。
「まずは、先日は無礼な態度をとってしまい申し訳ございませんでした」
セリーヌはどのことを言っているのかわからない。突然立ち上がって立ち去ったことなのか、それともセリーヌを“欠陥品”と罵ったことなのか。まあ、きっと後者は聞こえていないと思っているのだろうけど。
「謝罪でしたら受け取りました。ご用件がそれだけならもう…」
「いえ、あの、恥ずかしい話、貴女に言われてからその、レズバスの魔術書を読み返したのです」
レズバスの魔術書は鍛錬塔にもあり現代語で書かれているからすぐに読めるだろう。古代魔導書も含めた魔術全般をまとめてある、鍛錬塔でまず初めに読まされる書物でもちろん邸にもあるからセリーヌも読んでいる。普通レズバスの魔術師ならば覚えるほど読み込むような本だ、と以前ロックウッドが言っていた。
(ああ、確かにあの書にも大魔導師の言葉は載っていたわね)
「汝、愛する者へ魔術を捧げよ、ですね」
「…ええ、そうですね」
だからなんなのだろう。
「私はまだ鍛錬塔から出られていません。未だ魔術師としての資格をもらえないのです。でも自分自身、レズバスには珍しく水の魔術には自信がある。ソレイヤ魔導師にだって負けないと思っているのです。カストラの鍛錬塔ならばきっと自分だって随分前に魔術師になって、今頃は魔導師として活躍していたに違いないのです。それが、私は不運にもレズバスの塔にいる。レズバスの塔は鉄の掟があって、4つすべての魔術が使えないと魔術師としての資格をもらえない。かといって私がほかの塔に行くことはできないんです」
「それが不公平だと言いたいのですか?」
「そうですね、不公平です」
「私に何を言っても、父上には響きませんよ。それに鉄の掟は塔ができた時からあるものです。あなた一人が何を言おうと変わらないと思います」
「そうですね。でも思ったのです。あなたが教えてくださった、大魔導師の言葉」
「魔導師が魔導書の最初に書いた言葉は確かに大きな意味があると思いますが、それが何か私と関係あるのでしょうか?」
「ええ。あなたなら愛せると思うのです。あなたがそばいてくだされば、その、未だ使えない魔術も使えるようになるのではと思って。あなたのような美しい方が私の妻となってくだされば、きっと私は…」
気持ち悪い、そう思った。
一瞬何を言われているのかわからなかった。この男はセリーヌを魔術を引き出す誘引剤とでも思っているのか?自分の努力は棚上げして、なぜ他をうらやんだり、頼ったり。この男自身何を努力したのだろうか?誇れるほどしたのだろうか?薄っぺらい魔術書一冊も頭に入っていない癖にどうしてソレイヤに並ぶ魔導師となりうるのか。
「あなたの愛などいりません。受け取る側が迷惑と思うならそれはもう愛ではないのでは?」
そもそも、結局この男の愛は彼自身にしか向いていないのだ。それをどうして自分に押し付けるのか?
「そんなにあの男がいいのですか?能力なら私だって遜色ない。あの男のように急いで子供を作る必要もありませんよ」
「どういう意味です?」
「おとぼけになるのですか?ご存じでしょう。もう魔術の使えないあの男は何時くたばってもおかしくない。歴代の魔導師が皆そうではないですか!凝り固まった魔力によって体の自由が利かなくなるんですよ、そのうち心臓だって動かなくなる」
ソレイヤの魔力が凝り固まっていることぐらい知っていた。でも自分だって同じ状態なのだ。それでもここまで生きてきて成長するごとに丈夫になっている。だからソレイヤに死が近づいているなんて思わなかった。魔導師が短命なのはほかの理由だと思っていた。人が死ぬ理由など、何も魔力だけではないのだから。
「そんなこと…」
「魔術界では有名な話ですよ、賭けの対象になるくらいには」
なんてひどいことを言うのだろう。この男はセリーヌの気持ちなどみじんも知ろうとしないし、知りたくもないのだろう。それでいて何が愛せるだ。
笑わせる
「お引き取りください。セナ、客人がお帰りです。門の外までお見送りして」
護衛の者にそういえば結局前回の去り際と同じような顔をしたアランは渋々と言った感じで出て行った。
本当に無駄な時間だった。
せっかく図書館に行けるようになって浮いた気分が台無しだ。
「お嬢様、本日はもうお出かけにならない方がよろしいかと」
邸の執事が告げた言葉は、提案に近いように思えてほとんどが命令だ。これはきっと出かけるなと言っている。
「わかりました。その代わり、明日はいつもより早めに行ってもよいかしら」
「今日何事もなく過ごせたのであれば主もお許しになるかと」
「わかったわ」
無理をすれば周りにどれほどの迷惑をかけるか知っているセリーヌはそれ以上を望まない。
明日、魔導書室で改めて過去の魔導師たちの記録を見てみよう。きっと例外だってあるに違いない。
そう期待して、セリーヌはできる限り心の平安に努めた。
(大丈夫。あんな男の言うことなんて何一つ正しいわけがない)
でもセリーヌは気づいていない。
今までもやもやと心を占めていた不安はさっきの出会いをきっかけに形を現し始めたことを。




