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02.ソレイヤ・興味本位

ある日、ソレイヤの元へ図書館から手紙が届いた。初めは面倒で無視しようかと思ったが、鍵の返還要請だったら困るので一応開封したのだ。そこにあったのはとある公爵家から魔導書室の閲覧許可の申請が来ている、というものだった。


(全くもって面倒だな)


そう思ったが、公爵家と言うことは魔術の祖というべき5家(といっても今は4家だが)のどれかだろう。無視を決め込むわけにもいかず渋々まずは図書館へと出向いた。


「お忙しいところ申し訳ございません。実はレズバス家の御令嬢様が毎日のようにいらっしゃってまして」


そう言われて職員の視線の先を見れば確かに若い女が魔導書室の入り口を見ている。


「わかった、話をしてくる」

「ありがとうございます」


職員はほっとした様子で頭を下げた。

そして声をかければ女は驚いた顔をしてこちらを見た後、何故か嬉しそうに表情を緩め話し始める。ソレイヤは嫌味を言ったつもりなのに。


「厚かましいお願いとは存じますが、魔導書室の書物を閲覧する許可が欲しいのです」

ソレイヤに対して女はガバリと体を二つ折りにして頭を下げた。公爵令嬢と聞いていたからもっと上から横柄にお願い(・・・)してくるのかと思っていた。今まで関わってきたお貴族様の多くは平民上がりのソレイヤにどこかバカにしたように接したのだ。だからあえてソレイヤも貴族の真似事はしなかったし、未だに住んでいるのも平民街だ。


「見てどうする?魔導書室にあるのは古代魔術語で書かれたものがほとんどだ。そうでないにしても随分と古い言い回しの論文やら、個人的な記録やら日記やら…若いご令嬢の興味を引くようなものはないと思うがな、そもそも読めるかどうかも…」

「古代魔術語でしたら心配ありません。我が邸にも多少ございますのでそれで勉強させていただきました。古い言い回しもおそらく大丈夫かと。レズバス家にまつわる魔術師の日記なども読みましたので」

「ほう」


実はこの時ソレイヤ・ユーハバックは久しぶりに自分の身分や財産が目当てのご令嬢がやってきたのだと思ったのだ。しかもとびきり厄介なご令嬢が。何せいくらソレイヤが魔導師だとしても直属の上司である総司令官の娘だ。変に断ることもできないので渋々対応したまでだ。しかし、この女は予習はばっちりというほどの気合の入れよう。もしかしたら本気でレズバスの家が自分を取り込もうとしているのかと、内心恐恐だ。


ソレイヤは魔導師になると同時に爵位を賜った。魔窟討伐の功績から、国の平和に貢献したものに贈られる公爵位だ。他の爵位と違うのは、売ることはできず、後継を立てられなければ国に返すことになっている点だ。だから野心のある者は、この爵位を基盤に侯爵や伯爵などの爵位を手に入れて地盤固めをし後世の繁栄に努める。しかし彼はそんな気はさらさらない。だから家柄や身体を使って彼を籠絡しようとする女は歯牙にもかけずここまできた。


さてこの女だ。レズバス家と言えば代々魔術師を輩出し、今代の総司令官のみならず何代もその地位を獲得してきた魔術師の名門一族の一員である。現総司令官の長男も次期を狙える立場にあるだろう。その対抗馬が自分だった時代が懐かしい。もうその出世レースからは遠のいたが、今思えば一部の知識足らずな者たちに担ぎ上げられていただけだとわかる。つまりは自分なんかと比べようが無いほどの歴史のある公爵家だ。にわか公爵のソレイヤとは訳が違う。


目の前の女をソレイヤはまじまじと見る。

プラチナブロンドに琥珀色の瞳。小さいころから病弱と聞く彼女の体は、今年18歳になったと聞いたが思いのほか小さい。おそらく運動どころじゃなかったのだろう。手足も力を入れて掴めば折れてしまうのではないか、というほどにか細いのだ。それでもレズバス一家の容姿を知っているソレイヤとしては納得のいく整った顔つきをしたなかなかの美人だった。だがそれだけのことだ。美人だからと言ってどうこうなりたいとは思わない。我ながら枯れているな、と心で自身を笑った。


(深窓のご令嬢といったところか。そんな彼女をここまで駆り立てたモノは何なのだ?)


レズバス家には3人の子供がいる。上2人はすでに魔術師として確固たる地位を固めていた。そして彼女はレズバス家に遅く出来た娘セリーヌ―――又の名を“レズバス家の欠陥品”と言うらしい―――である。魔術師の名門にあって魔術を一切行使できない出来損ない、と貴族のみならず平民ですら鼻で笑う存在なのだと魔術師団でも陰で囁かれていた。平民は強い者にはひれ伏すが、高貴な者になんらかの瑕疵があると途端に手のひらを裏返して嘲笑のネタにする。一生馬鹿にされて過ごすならパン屋の娘でよかった、などと言うように。もちろんセリーヌに魔力がなければただのお嬢様として扱われたのだろう。しかし宝の持ち腐れのような状態の彼女はそれだけで格好の餌食だ。魔力の有無は国への報告義務があるから隠すこともできなかったのだろう。


そんな彼女に過去の魔導師の残した記録がどうして必要なのか?

困惑する図書館職員からセリーヌの要望を聞いた時、初めに彼女に対する自分の価値を考えてしまった。欠陥品のセリーヌであっても子は産めるだろう。だったら自分とうまく婚姻を結び、子が魔術を扱えれば自分の尊厳が回復する、とでも考えたのではないだろうか?


自分が死ねば公爵家は妻では継ぐことができない。また、妻の親族からの養子縁組も無効だ。もし公爵の領地が欲しければ子が男でなくてはならない。だがレズバス家なら話は別。すでに公爵として名を馳せているのだから狙いは爵位ではない。ソレイヤ自身の能力だろう。保持できる魔力の総量は先天的なモノだ。魔導師の素質はやはり血だろう。レズバス本家の兄弟もかなりの魔力量だからその血筋とソレイヤのそれがかけ合わされば、うまく行くと優秀な子供が産まれる、と考えてもおかしく無い。例え女児だとしても次への期待が残る。


これはセリーヌばかりでなく、ソレイヤ自身にも悪い話ではない、とでも持ち掛けられるのか。最近よく耳にする話なのでいい加減うんざりしていたところに、とどめで総司令官などから一言あれば自分に断ることはできるのか?

できるかできないか、ならば出来ないだろう。しかしそうなったらいっそ寝床を共にする前に死んでやろうか。

そう考えてもしこの娘がそんな雰囲気を醸し出したら笑い飛ばしてすべてを投げ出してやろう、と思うくらいにソレイヤには反吐が出そうな想像だった。


(とりあえず魔導書室という密室に入るための言い訳か?)


とも思ったが、えらく真剣に懇願するセリーヌにソレイヤは違和感を覚える。そして彼女の真意を見抜けないなら罠にかかるのも悪くないかと思い直した。それに魔導書室に入ればすぐに化けの皮がはがれるだろう。あそこは入ったものにしかわからない。若いお嬢さんが期待するようなことは到底訪れない場所だとわかって落胆するのか、それとも別の反応をするのか楽しみになってきた。


「入りたければ好きにすればいい、失くすなよ」

予備の鍵を一つ彼女向かって投げ渡した。


「好きな時に来て好きなように見れば良い。但し持ち出し厳禁だ」

そして彼女の前を通って魔導書室の前に来た。


「どうした?入りたければついてくればいい。今日は案内してやる」

そういうと、我に返った彼女がソレイヤに続く。


(さあ、お前がかぶっているのはどんな仮面だ?)


ソレイヤが意地の悪い笑みを浮かべて鍵穴に鍵を差し込んだ。


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