17.ソレイヤ・無言の警告
今まで人の語らいの邪魔をしないように努めていた音楽が変わった。いくつかの良く通る音を出す楽器の奏者が立ち上がりファンファーレを奏でたのだ。
これは催しがある合図だ。勝手知ったる客人たちは進んでホールの中央を空けた。
そしてその空いた中央に進み出た者がいる。レズバス家の長子ロックウッド・レズバスが奥方の手を引いてきた。中央で膝跨く。
「面を上げよ、発言を許す」
陛下の言葉にロックは口上を述べ始めた。
「我が王国のますますの発展とともに本日、受勲賜れしかのユーハバック魔導師に敬意を込めて稚拙なれどレズバスより心からお祝いの意を込めて舞を披露致したく請い願った次第でございます」
「許そう。ユーハバックここへ」
陛下の左隣、一段下がった主賓席へとソレイヤが呼び戻される。そして舞は始まった。
ロックウッドの奥方、アイビス・レズバスが着ているのは白のシンプルなドレスだった。しかし、彼女が少し動くだけで裾と袖がふわりと空気をまとい舞い上がる軽い布は明らかに舞のために着替えてきたのだろう。燃えるような赤毛の彼女が着るとまるで炎の妖精のようだと思えた。同じく赤毛のロックも白の衣装を身にまとい、似合いの夫婦だ。
始めはゆったりとした曲が流れ始め、ぴたりと体を寄せあいながら静かに踊る二人にその仲の良さがうかがえる。だが、二人がふと向きを変えるようにターンするたびに舞い上がったドレスの一部から水の玉が飛び出てくる。まるで衣装の一部が水で出来ているかのような錯覚を起こす。それがふよふよと漂い、ぶつかると数を増やしてやがてホールを満たした。
(レズバスの魔術か)
ソレイヤは目の前に来た水玉に手を当てる。漂う水の玉に触っても実際濡れることはない。気が付けば魔術師ならば誰でも知っているのに多くの者がそれを触ろうとしている。落ちることも、弾けることもなく、漂うそれに、次の仕掛けへの期待が膨らんでいった。
曲のテンポが変わり、やや軽やかな音調になると、二人の距離が開き、アイビスは先ほどよりも多く動く。今度はその動きに合わせて、せわしなく揺れるドレスの端から光の粒が舞い飛ぶようになった。
まるで、蝶が鱗粉を振りまくように、金の粉が舞い、それが水の玉と出会うと、七色の光を出して弾ける。そこかしこで小さな花火が上がるような仕掛けに、魔術になじみのない非魔術師たちは驚きを隠せないようだった。一度弾けた水玉は小さくなってまた光とぶつかり小さな花火となる。水玉同士が触れ合うと大きくなってまた光と出会うと…、ホールでは魔術の連鎖が続いていた。
曲はどんどんとアップテンポになっていき、今度は二人から風の妖精が飛び出すようになる。すでに二人は片手でかろうじてつながる距離まで離れて踊り始め、激しく回るターンのたびに、妖精に見立てた魔術の風が水と光の間を駆け巡る。そのたびに、先ほど以上にあちらこちらで七色の花火が咲き誇り、まるでホールが花畑になったかのようだ。
やがて曲は最高潮に達し、激しく情熱的な音楽を奏でる。
すでに二人は手をつないではいない。それぞれが視線だけを絡めるように見つめ合いながらそれぞれが情熱的に踊り続け、時に抱き合い、時に名残惜しそうに離れ…。アイビスのまとうドレスの裾はまるで火をつけたように燃えていて、彼女が動くたびに火の粉が上がる。炎がドレスの裾から帯のように離れ、そして生き物のように独立して動き始めると、光と水の花の間を駆け巡る。水・光・風そしてレズバスのお家芸である火。すべてがそろった。
そしてクライマックス、再び二人がきつく抱き合い、音が消え二人並んで中央に片膝をついた時、ふわりと広がったアイビスのドレスの裾から炎が上がり、それが見る見るうちにホールの端までかけ広がる。
悲鳴にも似た歓声が上がると同時に、炎は今までのすべての魔術を飲み込み、静寂をもたらした。
汝、愛する者に魔術をささげよ
レズバス魔術創始の大魔導師、グローブルスの言葉をそのまま現したような舞。
まだ魔術が幻想術として、人々を楽しませる時代だったころの魔術。
静寂を割るように、ソレイヤは無意識に手を叩いていた。
それは儀礼的なものではなく、心からの賛辞。4つすべての魔術を見事に操り、繰り出す魔術の手本のような魔術だった。それ以上に、ロックウッドのアイビスへの気持ちが表れていた。自分の愛するものをどう飾りたいか、どう引き立てたいか。彼女を知り、心を通わせなければできない魔術は、この会場の誰に捧げれらたものでもない。非魔術師にはわからないだろうがこれはアイビスにだけに贈られた魔術なのだ。
今、魔術はこの世界を脅かす魔物を退治するための道具になっている。でも本来は愛すべきものへその気持ちを伝える手段だったのかもしれない。自分自身誰かに愛を語るなど、全身がかゆくなるような思いがするだろう。存外魔術師は口下手が多いのかもしれない。だから、魔術で伝えるという手段を作り出したのではないか?
ならば、魔力とはどういうものなのだろうか?
きっと自分たちは魔力を間違って理解しているのではないだろうか?
今まで自分が魔力の無駄遣いだと馬鹿にしてきた幻想術としての魔術。古の魔術はやはり何かとても大事なことを伝えるためにあるのだと、そう信じて古代魔導書を読み漁っていたセリーヌの姿が今とてもいとおしく思えた。
自分ならどうやって彼女を飾るのだろうか?
あのふよふよと浮かぶ水の玉はいいかもしれない。あの光の粉もいい。でも風はあんなにも激しいものはセリーヌには似合わない。たくさん咲いた光の花もきれいだがあれは数が多すぎる。セリーヌにはもっと静かに咲く花の方がふさわしい。
そういえば、光で求婚する虫がいたな、などと思わず考えて自分に驚く。どうしてそんな虫のことを考えてしまったのだろう。
そうして気が付いた。自分には彼女を飾る権利すらないことに。胸に痛みを感じて受けたショックは思いのほか大きかったことに気付く。
もしかして、ロックウッドの舞は無言の警告なのかもしれない。
お前にセリーヌを愛する資格はない、と。
ソレイヤはもとより捧げる魔術など持ち合わせてはいないのだ。