16.セリーヌ・成長の証
グルードと兄たちは渋々と言った顔でセリーヌを今度のソレイヤの受勲式に連れて行くと言った。
前にデビュタントを特別な形で行った時でさえ、体調を崩してその後倒れたのだ。今回だってみんな厄介ごとだと思っているだろう。しかし、セリーヌに届いた招待状には王命を示す紋印が施されており、それこそ死なない限り断れない。セリーヌ自身はソレイヤの晴れ姿を見られることが嬉しいが大勢の人に囲まれることが怖い。
(無事過ごせればよいのだけど)
行くことは決まってもいつ体調を崩して行けなくなるかわからない。そう思うと毎日顔を合わせているソレイヤに結局は伝えられなかった。ソレイヤ自身も受勲式のことは触れなかったこともある。
不安はあれど、セリーヌも女性だ。グルードとランス、果てはあまりこの邸には顔を出さないロックまでもが現れてセリーヌのドレスをああでもない、こうでもないと、仕立て屋に相談していることを純粋に楽しんで当日を迎えた。彼らと選んだドレスはとても気に入って、まるでデビュタントを控えた少女のように鏡の前ではしゃいでしまった。デビュタントの時ももちろんドレスを誂えたが、その時は期待などみじんもなく、ただただ不安で仕方がなかったからドレスを楽しむ余裕などなかったのだ。
王城へは何度も足を運んでいれど正面に馬車を付けてホールへ入ったのは初めてだった。色とりどりのドレスに身を包んだ女性たちはみな美しくて、邸の鏡の前で浮かれていた心が沈んでいく。
「シェリー、うつむかないで。堂々としていればいい。お前は公爵家のご令嬢なのだから」
そう、肩書だけは立派なものがある。それに、自分が自信なさげにしていることはお父様や隣で今日エスコートしてくれているランスお兄様の名誉にも傷がつくことなのだから。
(頑張らないと)
この時エスコートしているのがロックならばもっと気の利いた言葉をかけてセリーヌの心を和ませたのだろうが、何せ26になるまでおままごとのような恋はしたことあれど恋愛沙汰からは自ら遠ざかっていたランスだったのできっとセリーヌの胸の内は知らずじまいだろう。彼に女心を察せよとは無理な相談だった。
受勲式はつつがなく終わり、その最中セリーヌはいつもと違う魔導師の正装に身を包んだソレイヤの後姿をうっとりと眺めていた。魔導書室ではどちらかというとシャツをラフに羽織り、お世辞にも身ぎれいとはいいがたい服装だった。いつもは寝起きのまま何も構わず出てきたと言っているような髪型も、きれいに後ろに流されて整っているようだ。
(後で正面のお姿も、遠くからでいいから見てみたいわね)
そう思っていながら、受勲式が終わっても主役はなかなか忙しいようで、人だかりの中から彼の姿を見ることはできない。そうしているうちにこそこそとそこかしこで囁かれている言葉が気になってきた。
「あとどれくらいなのでしょうね。子爵のところがその、子供だけでももらい受けたいと躍起ですわ、本当に血筋のないものははしたないですこと」
「今更受勲しても短い先を考えたって残す相手もいないでしょうに」
「あら、この受勲式も、あの方の体調を考慮して半年も遅らせたのでしょう?」
扇子の向こう表情を隠しながら飛び交う言葉にセリーヌは困惑する。彼女たちが誰の何を言っているのだろうか。知りたいけれど知ってはいけないような気がする。
「シェリー?気分がすぐれないかい?ちょっと休もうか」
ランスが気を利かせて椅子のある壁際まで連れて行って座らせてくれた。
「お兄様、大丈夫です」
「まあ、ずっと立ちっぱなしだったからな。ちょっと飲み物をもらってくる。なに、目を離すなって言われてきたから離さずでもちょっとだけ…行ってくるね」
ひょうきんなところのあるランスはそういいながら後ろ向きにセリーヌから離れようとする。そう、目は離さず、ちょっとずつ距離をとって。
「もう、大丈夫ですからちゃんと前を…あ!」
ほら、いわんこっちゃない。ランスはちょうど後ろにいたご令嬢にぶつかってしまい、その失礼を謝ると、これ幸いと言わんばかりに、そのご令嬢の群れにさらわれるように連れていかれてしまった。まったくもってロックの心配通りとなった。
「お隣よろしいでしょうか?」
そのすきを狙っていたとばかりに、若い男がグラスを二つ持ってセリーヌの隣を乞う。
「どうぞ」
断る理由も見つからないセリーヌは仕方がなく(とは顔に出さないが)了承した。
「よろしければこちらをどうぞ」
「ありがとうございます。えっと…」
グラスを手渡されて仕方なく受け取るが誰だか分からない。
「失礼。私はパーモンド子爵家のアラン・ガーベラと申します。以後お見知りおきを」
「私はノーザランド公爵家の娘、セリーヌ・レズバスです」
「ああ、あなたでしたか!レズバス家の秘宝とは!」
「え!?」
思わず驚きをそのまま声にしてしまった。淑女としてははしたないのかもしれないが、“秘宝”とはなにか、“ガラクタ”の間違えではないだろうか?
「いや、ご令嬢を前に失礼いたしました。なに、魔術師界では有名な話です。総司令官は末娘を大事に邸にお隠しになって公の場にはお出しにならないと」
「いえ、私が不甲斐ないばかりに、この年になるまでこのような場を経験するに至りませんでした」
「なに、これからたくさんすればよいではないですか!そうだ、今週末は西の劇場で新しい幕が公開されるでしょう。どうです、ご一緒に」
積極的に自分を連れ出そうとしてくれるのは嬉しい。しかし、セリーヌは男の舐めるように自身の体に這う視線がどうにも気持ち悪かった。
(断りたい、けどどうやって?)
「レズバス家創始グローブルス大魔導師の古代魔導書の冒頭に書かれている言葉をご存じですか?」
「へ?」
今度はアランが素っとん狂な声を上げる。
「パーモンド子爵様と言えばレズバス系統の鍛錬塔出身でございますよね。でしたらご存じかと。あいにく流行りの観劇やドレスに興味が持てず、古代魔導書ばかりを読みふけているものでして。週末も趣味の合うお方と過ごしとうございます」
セリーヌの笑顔が、当然知っているはずだと語る。答えることのできないアランは顔を真っ赤にして席を立ってしまった。
「レズバスの欠陥品のくせして!」
背を向けてつぶやいたそれは小さくてもしっかりとセリーヌに届いていた。結局彼の本音はその一言なのだろう。セリーヌは彼の言葉にショックを受けるよりも、一人で男を退治できたことにすがすがしい気分となっていた。