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15.ソレイヤ・魔術師の秘事

「謹んでお受けいたします」


その言葉を言えば割れんばかりの拍手、実に白々しい。勲章と褒賞としてアイゼン領を賜った。晴れて今日よりソレイヤはアイゼン公爵というわけだ。しかし、すでに自分が旅立った後には国に返還するよう手続きをしてある。領運営は今まで管理していた出仕人が引き続き管理しており実質何も変わっていない。そしてソレイヤがいようがいまいが領民はなんら変わることのない日々を過ごすだろう。本当に形ばかりの受勲式だった。


粛々と行われた受勲式の後は、立食形式の夜会だ。一応主役のソレイヤはまずは飲み食いもせずに王族に囲まれていた。こういった場で王族とは飲み食いしないものらしい。付き合わされる身にもなってほしいが、ホストの相手を主役がしないとならないらしく、ソレイヤは面倒くさそうな面持ちに仮面を被り精一杯上品に振る舞った。


気を遣ってか、未来のないソレイヤに振られる話は過去のものばかり。やれ、あの時の魔窟討伐やら、魔物やら。報告書通りです、と言いたい気持ちをグッと抑え、にこやかに応対するソレイヤをもしランスが見ていたら肩を揺らして笑ったかもしれない。そばに居なくてよかった。


やっと解放されたので宮従者を捕まえてグラスを受け取りグッと空にした。いくら飲んでも酔うことのない体は、酒を飲もうが気分を上げてくれなどしないものだ。


顔見知りに捕まりながらも強引にかわしながらホールに足を運べば、ここかしこでひそひそと指で数字を示している輩が目につく。女までやっていることに辟易してしまう。


指をグーにして親指だけ立てるのは半年。

人差し指一本で一年。数が増えれば二年、三年で小指を立てれば三年以上。小指を立てているやつなんていない。


みんなソレイヤの寿命を賭けにしているのだ。自分が対象になって初めて趣味の悪い伝統だと思った。何でも賭けにしてその結果を楽しむ。新人が入ってきたら何年で実地業務につけるか?女が入ってきたら何年でやめて嫁入りするか?結婚したら子供ができるまでにかかる年数から魔力持ちが生まれるか、男か女か、何でも賭けの対象だ。まさか寿命まで賭けられるとは思わなかった。

しかもそれを平気で本人に見せつけるなんて無神経もいいところだ。ソレイヤは魔術師時代も賭けには興味なかった。そんなものに勝ったところで何が楽しいのかわからない。


(本当、趣味悪い。今日日、魔術師は暇なのか?そういや俺が魔力を失うまでの時間もかけられてたな。結構持った方だ、勝ったやついんのか)


「おめでとう、ユーハバック魔導師殿」

「ヤールセン公爵閣下、ありがとうございます」


ソレイヤの目の前に現れたのは会いたくない人物の筆頭、ヤールセン公爵カルディア・カストラ。かつてソレイヤが世話になっていた孤児院のある地域の領主であり、ソレイヤが魔術を仕込まれた鍛錬塔の責任者だった。責任者であっても彼自身は非魔術師であり、そのことが彼の魔術への執着を歪ませている。


「それにしても派手な戦歴だな。カストラのものとしてまあ、悪くない。お前の素質に気付き引き出してやった恩は忘れておるまいな」

なんて偉そうな言い分だ。結局のところ自分はこの男の手駒の一つだったということだ、笑える。


「はい、感謝しております」

「そうだろう、ならば最後にもう一つ手柄を残せ」

そう言うと先程まで大人しく後ろに控えていた女が前にしゃしゃり出てきた。


「ラキーナ子爵のご令嬢…」

「パメラ・グアナスと申します。以後お見知り置きを」

化粧臭い女だ、それ以外の感想は持てず、だからなんなのだと言いたかった。


「どうだ、週末にでも二人で出掛けてみたら」

冗談じゃない。どうしてこんな臭い女と一日中一緒に過ごさなくてはいけないのか。どうにかかわす方法をと思案しているうちにセリーヌの顔がよぎった。だから思いついた。


「カストラ家の古代魔導書の解釈についてお話しし合うのでしたら喜んで」

そう言えば、ラキーナ子爵令嬢は目に見えて引きつった。


これ幸いと

「では、ご機嫌よう」

と言い放ち、固まる二人を放ってソレイヤはその場を離れた。


だから夜会は嫌いだ。

会う人、会う人皆おめでとうというが、何がめでたいのかもわからなかった。


そんなうんざりする人の中に彼女を見つけたソレイヤは目を見開く。こう言った会には顔を出したことがないセリーヌが普段着とは違うドレスを見にまとい着飾ってそこにいたから。


薄紫のドレスは彼女の金の眼によくあっていて眩しい。護衛騎士の如く隣にくっついているランスが羨ましかった。


(自分の受勲式だから来てくれたのか?)


そんな淡い喜びがソレイヤの心を満たす。男心など単純なものだ。先程まで嫌っていたこの夜会が極上の時間にすり替わった。


すぐにでもそばにいって話をしたいが、それはどうなのかと戸惑う。ただでさえ自分のせいでよからぬ噂が出ているようだ。自分が想像できたのなら、ほかの誰もが想像に容易い。つまりは、セリーヌがソレイユの能力を狙っているレズバス家の差し金で近づいているというものだ。彼女とともに過ごした時間がそうでないことを教えた。彼女は純粋に魔術を知り、自分を変えたいと思っているだけだ。それも自分のためというより周りのために。


そして、人と会う機会などこの会場の誰よりも少なかったはずなのに彼女なりに一生懸命相手を知り、受け入れようと努力できる、そんな人間だった。とにかく自分のせいでこれ以上彼女の評判を落とすのは良くない。自分が消えた後、彼女に良い縁が訪れることを願いたい…そこまで思ってふと、気が付いた。


そう思いたいのに、思えない自分に。

この中に彼女の隣に立つべき人間などいるのだろうか?自分がふさわしくないことはわかるが、ならどいつならいいのだろう?賭けをして指を立ててるような輩を立たせたくないし、それこそレズバスの血だけが欲しい男など最低だ。だがレズバス家も所詮貴族の一員だ。彼女の結婚が単に個人の幸せのためにあるわけではないだろう。家と家との繋がりが命題となれば彼女の幸せなど二の次だ。そんな結婚をしてセリーヌが日々過ごすなど…。


ソレイヤはこの日初めて魔導師になったことを後悔した。いやそれ以上に、魔導師にならなければセリーヌとは出会えなかったこの運命が嫌になったのだった。

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