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10.ソレイヤ・無い答え探し

“愛するものに魔術を捧げよ”


セリーヌから聞いた言葉を頭で反芻する。

そういえばカストラの鍛錬塔ではそんな言葉は聞いたことがなかったな、とソレイヤは思った。カストラの鍛錬塔ではあまり幻想術時代の古代魔術に関して教わることはなかった。ほとんどが近代魔術に関することで、いかに多くの魔力を魔術に変えるかが中心だったと思う。


だからカストラのかつての魔導師たちがどのようにこの言葉を表現していたのかは知らないが、セリーヌによれば、古代魔導書にはどの系統でも似たり寄ったりの内容の言葉があるらしい。


愛とは巷で男女が盛り上がっている以外にも家族間にもあるという。むしろ人が初めて触れる愛が家族というものの中にあるようだ。自分自身家族と過ごした記憶はほとんどない。物心ついた時にはすでに孤児院にいたのだから。10歳まで過ごした孤児院ではよく聞いた言葉だったのに、それを実感せずに過ごしていたように思う。院長は“人を愛せ”、“与えられた愛に感謝しろ”という割には自分を一番愛している人だと、子供ながらに感じていた。病弱な子が一人死んだ時も形だけの葬儀を行った後、院長がポツリとつぶやいた一言に子供ながらに傷ついたものだ。


「ああ、これでやっと活きのいい子供を引き取れる」


孤児院では世話をしている人数に応じて国から補助金が出る。だから病弱な子であろうと、丈夫な子であろうと、男だろうが女だろうが関係ない、“ひとり”なのだ。小さい子の世話から裏の畑や家畜の世話、自給自足で補おうとしている孤児院では働き手となる丈夫な子が好まれた。女児はすぐに引き取り手が見つかるので回転がよいからそれはそれで喜ばれる。引き取った貴族がそれ以降寄付をしてくれるようになるからだ。


結局孤児院というところは“大きな家族”を謳っている割には子供は金を呼ぶ小道具ほどにしか見られていなかった。よその孤児院がどうなのかは知らないが、少なくともソレイヤが育った場所で家族や兄弟の愛を感じることはなかったのだ。


だから自分は水以外の魔術を繰り出すことができないのだろうか?

今更得られなかったものを悔いても今の状況が変わるわけではない。それにそれなりの家庭で育ったような魔術師でさえ不得意な魔術というものはあったと記憶している。それはどこの鍛錬塔の出身も同じだったようだ、レズバスの鍛錬塔出身者を除いては。あそこは特別だ、何せすべての魔術が使えなければ魔術師として認められない一番厳しいとされている鍛錬塔なのだ。だからか、レズバスの鍛錬塔出身者は年がいっている者が多かったし、既婚者がほとんどだった。レズバス本家の兄弟はさすがというべきスピードで魔術師となったが、婚約者もなく魔術師棟に入ったのはランスくらいだろう。


「ソレイヤさまは蜜入りのリンゴをご存じですか?」

ある日、お馴染みとなったティタイムにセリーヌが言った。

目の前のパンケーキに添えられたリンゴのジャムを見つめながらセリーヌがそんなつぶやきを落としたのは例のティハウスでのことだ。


「うまいリンゴのことだろう。甘いらしいな、俺のいた孤児院のリンゴはみんな酸っぱかったからあまりなじみはないが」

ソレイヤの記憶にあるリンゴは小さくて不恰好で酸っぱいものだった。だからあまり生で食べず火を通してから食べたものだ。生で食べるリンゴがあると知ったのは魔術師棟に入ってからだった。あそこの食堂はそれまで食べたことがないような美味い飯が出てきたのだ。その時初めて出世したのだと実感したものだ。


「生で食べるには最高のリンゴだとされています。でも本当は作る側はあまり作りたいとは思わないものです」

「なぜだ?その方が高く売れそうだけどな」

「蜜入りのリンゴはたくさん栄養を蓄えてもういっぱいなので、あふれた栄養が蜜のように見えるのです。蜜の部分自体はあまり甘くないのですよ」

「つまりはリンゴとしては一番甘いということだろう?」

「そうですね、でも過ぎているんですよ。だからたくさん栄養を抱えすぎてじきに内側から腐ってしまう。茶色く変わった食べられないリンゴになるリスクが高いんです」

「もったいないな」

「ええ、でも…なんか私みたいだなって思うんです」

セリーヌと蜜のリンゴか…真っ赤な愛らしいリンゴというなら似ているかもしれない。ちょっと嬉しいことがあるとセリーヌの頬は上品に薄っすら赤く色付いて可愛らしい。ソレイヤは思い出しながら自然とだらしない顔をしていそうで自分自身が嫌になった。


「きっとそのうち心の内側から駄目になってしまいそうです」

でもセリーヌが言ったのは腐ったリンゴの方だったらしい。


(腹を割ったら真っ黒だったなんてセリーヌには一番ありえないだろうに)


「いっぱい、いっぱい愛してもらっているのにそれを返せない。私はきっと醜く内側から腐っていくのかしら。でも…どうしたらいいかわからないんです」


ああ、不安なんだ。たくさんもらったものを返せずにいると思っている彼女はきっと彼らの気持ちをわかってはいない。きっと総司令官も、あの兄弟もセリーヌが生きているだけで随分と返してもらっているだろうに。でもそんなことを言ってもセリーヌは納得しないだろう。ならばどう伝えたらいいのか?


人とかかわることを極端に嫌ってきたソレイヤは今自分の貧弱な語彙を後悔している。

掛ける言葉がわからない、そんなもの知らない。目の前の女性から不安を取り除く言葉も方法さえも見つからないことがこんなに辛いことかと初めて知ったのだ。


「ならば戻ってまた魔導書を読み漁ればいい。きっと答えがある」

かろうじて言えたのはそんなことだった。

「…はい。ソレイヤさまがそういうのなら…見つかりそうです」

そういってほほ笑んだ彼女の顔は無理に取り繕っていて、きっと今まで一人で抱えていたのだろう不安にあふれていた。


結局二人で答えの載っているかどうかも分からない本を読む、その時間が自分たちにとって一番いいのだと思ってしまった。読んでいるうちは希望がある。自分にはないことはわかりきっているがきっと彼女にはあるはずだ。


ああ、誰かが恨み言のように書いていたな。

この魔導書室にある書物の役に立たないことと言ったら、腹立たしい、と。

自分も含め、ただそれを理解できるような生き方をしてこなかっただけなような気もするが、後悔してももう遅いのだろう。


自分はいい。でもできればセリーヌの問題だけは解決してやりたいと思う。

その答えは、きっと近代魔導書ではなく、やはり古代魔導書の方にある気がするのだ。

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