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01.セリーヌ・幸運の予感

毎日更新予定です。

よろしくお願いいたします。

「そうはいいましてもねぇ。決まりなのですよ。まあ、魔導師様がご同伴であれば問題ないと思いますよ。そもそも今あの部屋の鍵はユーハバック魔導師様にお預けしてありましてね、あなたがどう言おうと私どもにはどうにもならないのですよ」


石造りの荘厳な佇まいの建造物。貴族たちの住宅地が集まる王都、バーギストにシンボルの時計台を備えたそれは、レンビュート王国きっての知恵の宝箱、王立図書館である。

中に入れば天井までの吹き抜けで壁一面が本棚となっている。天井には魔術師と魔物の歴代の戦いが絵物語として描かれており、シャンデリアの位置も絶妙でまるで舞台の照明装置のように天井絵を引き立てている。


だが初めて来たにもかかわらず、そんな風景にわき目もふらずに職員カウンターへ行き、先ほどからお願いを続けている者がいるようだ。

まだ十代の女性だろう。結構な身分なのか対応している職員も困り顔だ。女性が眉を下げてお願いしているのはここでも特に貴重な書物を保管している魔導書室の閲覧許可だった。


「でしたら図書館の方からユーハバック魔導師様にお願いいただけないでしょうか?」

「ノーザランド公爵家セリーヌご令嬢様のお願いと言えども私どもにそのようなたいそうな権限はございませんよ。むしろ御父上である公爵閣下の方がその点では融通が利くと思いますよ」

「…えっとそうですね、お願いしてみます」


と言ったもののセリーヌ・レズバスと父であるノーザランド公爵グルード・レズバスとの関係は彼女が生まれてからの18年間、良好とは言い難かった。


あまり話をしたことがない、と言うのが正直なところだ。グルードは多忙で週に一度王都の邸宅に戻れば良い方で、帰ってきてたまに一緒に食事となっても

「変わりはないか」

「はい」

で会話は終わってしまう。父と娘などこんなものかと最近では諦め気味だ。


つまり公爵は可愛い娘のわがままを嬉々として受け入れるような男ではないだろう。父の名前を出されてしまうとセリーヌにはどうにもできない。図書館職員の言うことはごもっともなのだができれば父に内緒で魔導書室に入りたい。セリーヌにとっては手詰まりだった。


グルード・レズバスはノーザランド地方一帯を治める公爵である以上にレンビュート王国を魔物の恐怖から守護する魔術師団の最高位である総司令官だ。魔導師は魔術師よりも魔力、技量共に優れたものに与えられる地位ではあるが、所属は魔術師団となる。つまりセリーヌの父親はユーハバック魔導師の上司となる。わがままが通ればこれほど簡単な話はないが、仕事上の立場を私的なことに利用させるなど常識的にもセリーヌには出来ない相談だった。


セリーヌは暗く地下に続く階段を眺める。階段の前には「関係者以外の立ち入りを禁ずる」旨を書いたプレートが垂れ下がり、鎖が行く手を阻む。とはいってもサイドの壁のフックから簡単にとり外せる鎖なのだけれども、この先に行くということは不許可の侵入となってしまう。この王立図書館に立ち入りが許されるのは爵位を持った貴族関係者のみ。侵入を許されない場所に無断で立ち入ったとなれば家の顔に泥を塗ることになるだろう。セリーヌにその勇気はなかった。


ただ階下を眺める。

この先にもしかしたらほしい知恵が眠っているかもしれない。その知恵さえあれば自分の体が正常に戻るかもしれない、そう思うと簡単には諦められそうにない。


この日からセリーヌは毎日、図書館に来ては魔導書室へと続く階段を眺める日々を送っていた。何度か職員に声を掛けられた。

「眺めていても開く扉ではありませんよ。最近、ユーハバック魔導師様もこちらにはいらしてないようですので」

聞けば半年前には毎日のように通っていた魔導師も、目的を果たしたのかパタリとこなくなったらしい。目当ての知識を見つけたのか。もしかしたらもうここには来ないかもしれない。


手紙を書いて自分の気持ちを知らせようか。しかし、手紙を書くということは、誰かにユーハバック魔導師の自宅まで届けてもらうということなので、邸の者の手を煩わせることとなる。つまりそうなると父であるグルードが知るところとなるわけで…。図書館に来ていることは知っていても、魔導書室への閲覧許可を求めていることはまだ知らないはずだ。一応お付きの者たちにも口止めしている。セリーヌが魔術に興味があるなんて知れたらどう思うだろう。


ーー魔術師の名家に生まれながら体内にある魔力を魔術として使えない欠陥品ーー


それが広く一般に知れ渡っているセリーヌへの評価なのだ。体の中に確かに魔力はある。普通はそれを魔術に変えて外に出せるはずなのだ。しかしセリーヌはそれが少しもできない。誰に聞いても、初めのとっかかりは無意識で出来るものだという。色々教えてもらったが実を結ぶことなく諦めて久しい。結局、魔力のある者の義務として通うはずの鍛錬塔にさえ行くことは叶わなかった。魔力を表に出せなければ通う意味はない、できるようになってから、と言われてもう18になってしまった。


すっかり諦めていたがとある理由でセリーヌは今一度魔術を使えるようになりたかった。普通のやり方でダメなら、大元をたどって、人が魔術を使い始めたころの記録があれば何か手掛かりになるかもしれない。そう思って自邸の書物を読んでみたが、めぼしい成果はなかった。だからもっと種類のある魔導書室に興味が出た。一般的に表に出ている物は、今の魔術師が必要としている知識を集約したものが多い。でもセリーヌはそれ以前のものを見てみたかった。昔の人の言葉そのものを知りたかったのだ。きっと今の人たちが無駄だと切り捨てたものの中に答えがある、そんな期待を込めて探したい。そしてその書物があるのが唯一ここの魔導書室というわけだ。


毎日図書館に来ては、興味があるわけでもない書物を片手に誰かが魔導書室を開けるのを待っている。そんな日々が続いたある日。


「おまえか、魔導書室に入りたいという変わり者は」

後ろを振り返れば、かの有名なユーハバック魔導師が眉間にしわを寄せて立っていた。初めて会ったにもかかわらず彼だとわかった。それは話に聞く人物像とぴったり合ったからだ。


グレーの髪に赤い目。それはあまりこの国にはいない組み合わせだ。特に赤い目の人は珍しいと聞く。髪は以前は真っ黒だったのだろうが、今は随分と色素が抜け落ちグレーに変わっていた。

大掛かりな魔術を操り、魔物から幾度もこの国を救った英雄だ。魔力を使いつくして今はその任を離れているという。


「あ、あの。お初にお目にかかります、私は…」

「知っている。レズバス総司令官のところのお嬢さんだろ。総司令官ともお前の兄達とも何度か一緒に仕事をしている。で、総司令官ところの“訳あり”お嬢様が俺に何の用だ?」


“訳あり”とはっきり言われた。それは魔術が使えないことを指すのであろう。でも“欠陥品”と言われないだけましかもしれない。彼の言葉に馬鹿にするようなニュアンスは感じなかった。

たった一言。なのにセリーヌは目の前の魔導師から優しさを感じた。きっとしつこく通い詰めているセリーヌに根負けした形で来たのだろう。それでも話を聞いてもらえることにホッとして涙が出るほどに嬉しい。


これでやっと自分が変われるかもしれない、そんな予感にセリーヌの心が震えたのだ。

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