第7話 トレーニング 初日
「よし、始め!」
どこぞの体育教師を連想させるような野太いレインさんの掛け声に合わせて、俺、アルトは地面に生えている草を取り除き、袋に入れていった。
レインさんによる俺のトレーニング。記念すべき第一回目は、集落の外にある道脇の草の除去ということだ。実際、草をむしる姿勢はかなり腰にくる。そして、草の根元からしっかりと引っこ抜くには力の方向や加減が重要だ。少しでも強かったりすると、根が地中に残ったり途中で折れたりしてしまう。なので割と集中しないといけない。ちゃんとトレーニングになっているということだ。
「ま、とりあえず奥の木の辺りまでやってくれ」
レインさんが示した方向を見てみると、1キロくらい先に広葉樹が生えているのが見えた。そこまでやるのか……。辛くね?明日は、お爺さんみたいな格好になりそう。
「はい……わかりました」
俺は、黙々と草むしりを続行することにした。文句を言っても仕方がないのだ。昔の俺なら、不満たらたらだったであろうが、心機一転した俺は一味違うのだ。頑張って終わらせようではないか。頑張れアルト。羽ばたけアルト。
……と、思ってた時期もありました。はい、正直に言います。しんどいです。帰りたいです。腰痛いです。どれくらいの距離進んだのか、目線を上げて確認する。初めて見た時に比べて木が若干近いように感じるが、まだ遠い。500mはありそうである。草むしりを始める時には涼しかったはずなのに、今は汗ばむほどだ。それほど熱中して取り組んでいたということだろう。でも、あと半分かぁ……辛いなぁ……。
「よし、初めはこんなもんだろ」
「……えっ?」
思わずひょうきんな声が出る。まだ指示された木までは相当な距離がある。
「もう終わりにしていいぞ、お疲れさん」
「でも……あそこの木までと……」
「まぁ理想はそうなんだけどな。最初からそんなぶっ飛ばしたら体壊すしな。それに、そういう課題にも真剣に取り組むかっていう精神面での試しの意味もあった。お前は、最後までやるタイプだな。それさえ分かればこのトレーニングには意味があっただろうさ。」
とのこと。どうやら俺の度量を試す目的だったらしい。
「よし、じゃあランニングで帰るぞー」
余計な話をする暇もなく、レインさんは集落の方に向かって走っていった。俺は立ち尽くしてしまう。レインさんってもしかしてかなり気まぐれな人なのかもと思う。
「早くしないと置いてくぞー!」
「は、はい!今向かいます!!」
レインさんの大声に反応して、俺も集落の方へ走る。走るという行為も最近全くしてなかったたため、かなり新鮮である。
体に当たる風は先程の汗ばむ空気とは少し違う、扇風機みたいに少しヒンヤリした空気が当たってくる。そして、脇目には頑張って引っこ抜いた成果として生い茂る草の海の中に際立つように茶色い地面が見えた。恐らく、また何日かしたら再び雑草が生え始めるかもしれない。でも、そうなったらまたトレーニングと称して抜かされるんだろうなぁ……
こんなことを考えながら、俺はレインさんの背中を必死に追いかけるのであった。
「よし、じゃあ次は薪割りだ!」
ランニングで、集落に着いたと思いきやそのまま通り抜けていき、反対側にある山の中に来ていた。全く管理されてなさそうな山道の中に、少し開けた広場みたいな空間があった。そこには、大きな切り株が1つと、そこに突き刺さっている斧が見えた。
「ここって……?」
昨日で少しは山の中の雰囲気に慣れたと思ってたのだが、そうはいかなかったらしい。やはり薄暗くて飲み込まれてしまいそうな山の中は怖い。特に道標となるような物がなくて、周りは樹木だけなので簡単に迷子になる。
「見ればわかるだろ?山の中さ。そこにある1本、木を切って、適切な大きさに切断。そして、それを使って薪をつくる。これが次のトレーニング内容さ」
またまたかなりハードな内容が読み上げられる。目の前には、自分の背の10倍くらいはありそうなでっかい木が何本もそびえ立っている。木を伐採したことなんて無いぞ。マ○クラならボタンクリック1つで簡単にできるんだけどなぁ……
「とりあえず、ほれっ」
レインさんは切り株にあった斧を引っこ抜き、俺に渡してくる。実際持ってみると想像以上に重い。振り回すとなると両手じゃないと無理だし、柄の部分が小さくて少し滑るのでちゃんと握っていないと落っことしてしまう。やっぱりゲームのように簡単にいかないもんですねぇ……
「じゃあ、始め!」
間髪入れずにレインさんからのコールがかかる。考えるのは後回し。まずは、目の前にある木を目掛けて思いっきり斧を振る……!!
「おりゃーー!!」
キーンッッッ!!
「っ痛っっ~~~!!」
鈍い金属音とほぼ当時に声にならない悲鳴をあげる。全体重を乗せてフルスイングで振った斧は、残念ながら樹木に傷をつけることは無かった。さらに、木にぶつけたパワーがそのまま自分の腕にカウンター形式で襲ってくる。足の爪先から頭のてっぺんまで、すなわち体全体が痺れる。
「そんな闇雲に振らない!」
レインさんからの激励(?)が入る。
「真横に切るんではなく、斜めに切れ!!そして、しっかりと腰を据えて木に力を伝達させろ!」
ゲームとかに出てくる居合切りの要領らしい。確かに、時代劇とかでも刀は斜めに降っている。
「早く終わらせないと日が暮れちまうぞ!!」
「は、はい!」
言われたことを復習し、再び斧を構える。
スイング方向はやや斜めに
腰は低く、バランスを取りやすいように
木に力を伝達させるように、真ん中を狙って
全体重を斧にかけ、フルスイングで木に当てる!!
カンッッッッ!!
多少腕が痺れたが、声を上げるほどでは無い。目の前には、しっかりと木に刺さった斧。どうやら成功したらしい。大きく息を吐く。
「な~に、1回斧が刺さってるだけで満足してるんだ!!早く引っこ抜いて2回目やれ!!まだまだ先は長いぞ~!」
後方からの怒号。確かに、この渾身のフルスイングで刺さった深さはせいぜい1cm。木はビクともしていない。倒すまでには時間がかかりそうだ。
もう1回全体重を斧にかけ、今度は思いっきり引っこ抜く。木に片足を付けて土台にし、抜いた方向と逆方向に引っ張る!!
スポッッッッ!!
斧は抜けたけど、思いっきり背中から倒れて腰が抜けた。疲れた。それでも、やらなきゃ終わらない。
俺は立ち上がり、斧を構え直して、2回目のフルスイングを放った。
「ふぅ……」
息遣いが荒い。腕が痛いし、足もパンパン。腰もビリビリする。斧を持ってる感覚も無くなっている。顔面からは汗がしたたり、喉もカラカラ。そんなボロボロの俺だが、一つだけ嬉しいことがある。
「よし……そろそろ!!」
目の前には、倒れる寸前の樹木が1本。何百回も斧をスイングしてきた成果だ。あと1振りしたらメキメキと音を鳴らして倒れてしまいそうな状況。レインさんは、後ろからずっと眺めている。表情までは分からない。ぶっちゃけ、頭がクラクラしている。明らかなオーバーワーク。自分のキャパには到底合わないことをやってきた。それが、あと1振りで完結する(予定)だ。
「はぁぁぁぁ!!」
出したことないような雄叫びを腹の奥底から叩き出す。この一撃で決めよう
腰を据え、柄を握りしめ、前を向き、渾身のひと振りを木に叩き込む!!!
バキッッッッ!!
木が聞いたことないような音を鳴らし始める。そして揺れ始めた。度重なるスイングで傷つき、自分の重さを支えられなくなるまでカットできたらしい。
「ボケっとするな!!早く横にずれろ!!死ぬぞ!」
怒号を聞いて、満足感に浸っている場合ではないと気づく。少しずつ木がこっちの方に傾いてきている。倒れてくるまで時間が無さそう。早く避けないと下敷きになってしまう。
「……!!」
足を踏み出そうとする。動かない。
「ッッッッ!!」
手を動かそうとする。ビクともしない。
「……」
助けを出そうと声を出す。声が出ない。
意識はある。思考も、自分の置かれている状況が理解できるほど冴えている。しかし、体が動かない。動けと念じても全く反応しない。
バキバキッッッッ!!
どんどん木から発せられる崩壊の合図が大きくなる。今すぐにでも、立っている位置から移動する必要がある。しかし、体が全く動かない。脳と体が連動していない。
木がさらにこちらに近づいてくる。あと数秒したら俺はこれの下敷きになるところだろう。こちらの世界に来てからまだ1週間も経っていないのだがゲームオーバーの時が来たらしい。
目を閉じる。大きな存在が迫ってくる気配が分かる。きっと当たったら相当痛いだろうなぁ。
大きな轟音が鳴り響く。地面が揺れる。鼻からは土の匂い。自分の身には痛みすら感じない。少しおかしい。死ぬ時って痛み感じないものなのだううか。
恐る恐る目を開ける。
「全く……避けろと言ったのに……」
目に映るのは、刀を右手に持ち、呆れた顔で立っているレインさんと、その横に真っ二つで転がっている木があった。