第3話 活動開始
「疲れた……」
そう呟きながら布団に横たわる。今いる場所はアーグ地方の第2集落、そこのノエル家の一室だ。目を瞑ると、今日の出来事が鮮明に蘇る。
名前を名乗ったあの後から振り返ることにしよう。
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「アルトです。アルトっていいます。」
昔の自分を上書きする、そして翼を広げて前へ飛び立つことに決めた俺は、かつてのゲームのプレイヤー名である「アルト」を名乗ることにした。
「アルトくんっていうのね!いい名前だわ」
「あぁそうだなシータ。」
ノエル夫妻がワチャワチャ騒ぎ出す。名前を言っただけで喜ばれるとか……俺は赤ん坊かよ。
「ねぇアルトくん」
シータさんが興奮冷めやらぬ状態で声を掛けてきた。
「なんですかシータさん?」
「とりあえず、あなたをうちで引き取ることにするわ。そして、親と元の住処が分かるまで君はノエル・アルト。つまり、私たちの息子になってもらうわ!」
うん?
なんか最後の方に不思議なフレーズが聞こえた気がする。
「アレンさん……どういうことです?」
とりあえず夫の方に助け舟を出してもらおう。
「アレンさんなんて他人行儀ななまえを使うでないアルト。君は、たった今からノエル・アルト。うちの子だよ。」
やっぱり聞き間違えではなかったようだ。見ず知らず(名前は言った)の少年を、いきなり子供にするとか言い出した。1歩間違えれば犯罪レベルである。
「お言葉はありがたいのですが、あなた方の子供として引き取るとは……?」
当然の疑問を投げかける。もし危ない動機なら逃げよう。せっかくの景色、そして気持ちを前向きにしてる時に残念ではあるが、自分の貞操と命が大事である。
「すまんすまん。ちゃんと説明しないとな。」
アレンさんが説明を始めた。
しかし、夫妻の甘々シーンが話の過半数を占めてたので詳細は割愛する。聞いてたこっちが溶けそうなくらいの甘さだった。
なので、話を要約すると
ノエル夫妻は5年前に結婚し、第2集落に引っ越した。しかし子供には恵まれておらず、困ったという状況。さらに、集落全体で若者の数が少なく、労働力不足らしい。なので、俺がそのピンチヒッターになるということだそうだ。
ノエル家の子供になるかはともかく、労働力の不足に関しては役立てそうだ。体育すらまともにやらなかった自分の体がどこまで動くかは不安ではあるが。しかし、いずれにせよ、この世界での通貨は欲しいところだし、 働きながらこの世界について色々と聞くことができるだろう。
なので、とりあえず
「分かりました。労働なら任せてください。無一文なので、精一杯働かせていただきます。」
と、返事しておく。これで、資金のGETが可能になった。時給や物価は不明ではあるが、最低限衣食住ができるくらい稼げれば満足である。
「お!ありがたいねぇ。まぁ、我が子になるかは置いといて、雨風しのげる場所がないとゆっくり休めんだろう。家に泊まっていきなさい。」
アレンさんや……最初からそう言ってもらいたい。
こんな会話をしているのち、集落の入口の前へと辿り着いた。馬車の中だとよく見えなかったが、周りが木の柵で囲われている。遠くで牛の鳴き声も聞こえるので、酪農をやっているのだろう。
馬車から降りると、大まかなアーグ地方の説明をシータさんに受けながら、ノエル家へと向かっていった。
ノエル家へ向かう最中にシータさんから聞いた話をまとめると
・酪農と農業が主な収入源である
・丘や崖、山によって四方が囲われている
・王都アテナと呼ばれるアグニス国内で最も栄えている都市(首都みたいな場所)からは、だいたい馬車で6時間の位置
・集落の警備はボランティアを募って自警団を形成している
・自警団は、魔物が襲ってきた時に撃退したり、災害時に住人の避難が主な仕事である
との事だ。
魔物
この言葉で異世界に来たんだなぁと実感する。ドラ〇エやモ〇ハンみたいな感じなのだろうか。正直怖い。RPGの世界から怪我をおってもボタン1つで楽々に回復できるだろうが、あいにくとここは異世界。怪我をおったら即座に病院送りだろう。
とりあえずとして、俺は自警団の仕事と農業の仕事を手伝うことになるらしい。しかし、自警団に関しては魔物と戦うための鍛錬が必要であり、また土地勘も無いため、本格的な稼働は明後日からとのこと。なので翌日は、ノエル夫妻と集落や周辺地域の散策となった。
そしてたどり着いたノエル家は、二人で暮らすには十分な大きさの木造住宅であった。竪穴式住居とかダンボールハウスとかではなくて一安心。二階建てとなっているこの家には台所、トイレ、風呂場もあり、庭も付いている。そして、特にエアコンとかは見えないが、涼しい風が吹き抜けている。
俺は、2階の1室を与えてくれることになった。テレビは無いものの、以前住んでいた部屋とは大して変わらないレベルで広くて快適そうだった。ベットもあるし、簡易的な机と椅子もある。
気づけば夕方。窓を覗くとソラがオレンジ一色だった。
異世界初めての夕飯は、パンとサラダ、スープと牛肉を焼いたもの。味付けが口に合うか不安であったが、普通に美味しかった。ここ最近カロリーバーとエナドリしか摂取していなかったので、野菜の甘みやソースの塩っぱさが体に染み渡った。
ここまで共通して言えることなのだが、ノエル夫妻はずっと笑顔だった。特に、俺の事情を聞かず、場を盛り上げようと終始沈黙は訪れずに、笑いが止まらなかった。この温かさ。とても懐かしかった。
夕食が終わった後、風呂に入って寝巻きを借りて今に至る。寝巻きは少しゴワゴワするものの、十分な着心地だった。
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かなり大雑把(特に後半)な振り返りとなったが、どうせしばらくは似たような生活が続くだろう。いつかまた説明しよう。
活動初日。草むらの中で起きて、翼を広げ直して進んだ初日は、とても平和で家庭的なものだった。異世界転移の王道ってのは初日から敵とバシバシ戦ったりするものが王道展開だと思うが、どうやら俺はそのルートからは外れているようだ。そもそも、そんな主人公最強的なものは、目覚めた場所は貴族様の家のベットとかだと思うので、スタートの地点で王道からはそれているようだ。
「勇者、目指すんだろう?」
あの時の言葉を思い出す。誰の声かは相変わらず分からんが、残念ながら俺は勇者ではなくて農民というポジションになりそうだ。俺には敷居が高すぎるぜ。頼むなら他の人にして欲しいものだ。そもそも、剣とかだって初心者なんだ。
「お休みなさい、アルトくん」
シータさんが扉から顔を覗かせて語りかけてきた。だいぶ夜も深まったらしい。健全な少年はそろそろお眠するお時間のようだ。素直に従うことにしよう。
明日は土地の把握、そして明後日からは初仕事。期待と不安が入り混じる。でも、この環境下なら何とかやっていけそうだ。
「はい、お休みなさい。シータさん」
俺は、横に備え付けてあった電球の電源を切り、目を閉じた。