第0話 キャラメイキング
「なぁ、我が息子よ」
そんな言葉。いつも通りの優しい口調。いつも通りの優しい声色。だからこう返事しながら声のした方に振り返る。
「どうしたの?父さん?」
いつも通りの朝。俺は学校、父さんは仕事に行く。どこの家でも起こっている何気ない一コマ。
「完成したら、おまえに最初にやらせるから楽しみにしとけよ」
高らかに父さんは声を張り上げる。顔には笑顔。この顔に憧れて、同じ世界へ飛び込もうと決めたんだ。
作る側の人の姿を見てるからこそ、やり込む側も楽しんで遊べる。その遊びが長続きすれば、それは立派な職業になる。
プロゲーマー
多くの人がゲームを遊び、やりこんでいる。でも、それはあくまで“趣味”の範囲。その範囲を超えて、プロの道へ進もうとするには“決意”が必要だ。収入は安定しない。大会だってそう何回も開かれるものでは無い。
それでも、俺は目指そうと決めた。頭脳では勝てなくても技量で勝つ。技量が駄目なら気合いで押し切る。作る側の人間ではなく、遊ぶ側の人間として、追いかけてる背中と同じフィールドに立ちたい。
「うん、待ってる」
右手でグーサインを出しながら、今年1番レベルの笑顔で返す。新作。その言葉だけで胸が高まる。ただでさえ、数々の有名ゲームの制作に関わってきた人物が何年もかけて作った本気の作品。その熱意を早く体感したい。五感で体験したい。
この気持ちが読み取れたのだろうか。父さんは軽く頷く。そして、
「いってきます」
ドアノブを右に回転させ、扉を開けた。外から入る風はまだ少し冷たい。薄暗い空にオレンジのカーテンがかかり始めているのが垣間見える
。そろそろ日が昇るのだろう。天気予報も一日中晴れるという予想だし、いい一日になりそうだ。
「いってらっしゃい!」
俺のこの声を聞き届け、父さんは玄関から1歩、また1歩と踏み出し外へ出た。両足が家の外に出て、歩みを進め、扉が閉まるその時まで、俺は憧れの存在の背中を見届けた。
体を玄関からリビングへ向き直し、テレビをつける。まだ学校に出るまでは時間がある。ゆっくりしよう。
「続いてのニュースです。近年話題になっている“新しい冒険”をテーマとしたロールプレイングゲーム。その概要が明らかになりました。」
思わず目が画面に釘付けになる。ワクワクする。自然と顔から笑みがこぼれる。
「それでは、新しく届いたPVをご覧ください。」
広大な青空。呑み込まれそうなくらい美しく、曇のひとつもない完璧な空。
優しくも眩しく、地にある全てを照らす光と太陽。
嗅覚と味覚が刺激される料理の数々。
幾多に輝く星が醸し出す幻想的な夜空。
その他にも森や海、教会や街並みなど、もう現実と見分けがつかないくらいの映像が次々と流れてくる。まるで「生きている」感じがする。こことは違うもうひとつの世界が存在していると思えてきてしまう。パラレルワールドというやつだ。子供心がくすぐられる。
「では続いて、このゲームを制作している会社の社長、丸山久一氏のインタビュー映像をご覧下さい。」
アナウンサーの声で、現実世界に引き戻される。どうやらとっくにPVは終了し、続いては社長さんの話のようだ。
「この映像をご覧になられている皆様、こんにちは。丸山です。PVを見て貰えたら分かるように、現実と変わりがない、まるでひとつの世界が内包しているかのようなグラフィック、生きている人間と錯覚するような多彩な表情と会話を紡げるNPC、童心をくすぐるようなワクワクする多数のイベント、ダンジョンがこのげーむには待っています。遊んでいただく全ての皆さんが満足する、そんな夢のような世界へ招待できる日を楽しみにしてきます。」
ピシッとしたスーツと爽やかな顔立ちの若手社長さんの演説が終わる。想像力がさらに膨らむ。このゲームの開発に父さんが関わっていると聞かされた時は驚いたものだ。
「よし、そろそろ時間だな」
社長さんの演説が終わると、こんな独り言を呟いたと同時にテレビを消す。そろそろ学校へ行く時間である。制服に着替え、荷物をカバンに入れようと席を立った。
窓を見る。先程までの薄暗い風景はもう過ぎ去り、青空が見えている。父さんが家に帰った来たら新作ゲームについて色々と聞こうでは無いか。開発秘話が聞けるかもしれない。
胸を弾ませる。期待が膨らむ。必ずプレイして、あの世界を遊び尽くしてやろう。本気で取り組んでみようではないか。
ー そして、勇者になってみよう。 ー
目を覚ます。ベットから飛び起きる。心臓が早く鼓動し、冷や汗が流れている。時計は午前4時を指している。
最悪な目覚めだ。
「ここ半年くらいは見ないで順調に過ごしてたのになぁ。」
希望と期待に満ちたあの光景。笑顔と優しさが絶えなかったあの空間。そして、本気で取り組もうと決めたあの決意。
今となってはゴミ同然。取り戻すことなんて出来ない。手元に残っているのは、虚無と悲しさに膨れ上がった胸と、考えることを放棄した自分の心と脳みそだけだ。あの空間を思い出すだけで吐き気と涙で溢れかえってた時期が懐かしい。1年経ったらもう、何も感じなくなってしまった。
あの頃から1年。ゲーマーを目指すどころか、引きこもりまであと一歩のダメ人間になってしまった。一応学校には通っているが、保健室登校。学習内容は全く頭に入らない。唯一会話するのは保健室の先生のみ。高校生活の定石からは外れている。
朝起きて、朝食を摂取して保健室に登校。帰宅したあと夕飯を食べて寝る。このアルゴリズムを続けている。最初の頃は苦痛であったこの状況も、感情が消えてしまった俺には普通となった。まるでひと昔前のNPCだ。いや、人と話すらしてないんだからそれよりもタチが悪いかもしれない。
こんなことを考えてたら心臓も落ち着き、冷や汗も引いた。まだ登校まで時間があるので、もう一眠りしよう。
ベットに入る。目線には天井。昔は気にもしてなかったのに、時が経つにつれて色々と変わったことがあるらしい。
目を閉じる。起きたら朝が来る。毎日毎日が楽しかった昔の自分が今の姿を見たらどう思うんだろうか。今となっては日の光が鬱陶しい。青空が目障りである。
いかんいかん。こんなに考え込んでいたら睡眠ができない。いつものアルゴリズムを崩してはいけない。体調を崩したら意味が無い。無心になるのは得意分野であろう。
よし、眠くなったきた。起きたらちょうど朝のど真ん中であろう。正直苦痛であるが、学校登校の手順を踏むにはそうするしかない。
ー 勇者になってみよう ー
あの決意はどこへやら。今は下級レベルのモブとなっているではないか。そんな嘲笑うような感情とともに、意識は深い闇の中へと消えた。
ー さぁ、新しいゲームを始めようぜー
誰の声だっけ?聞き覚えはある気はするけど、思い出せない。てか、ゲームとか言うな。またあの長い一人語りをしなきゃいけないじゃないか。まだ、いつもの起床時間では無いはずだから寝かせろ。
ー 勇者、目指すんだろ? ー
やめてくれ。睡眠の妨害は気分が悪い。悪い夢なら覚めてほしい。
ー 夜明けはすぐそこだ ー
マジか?確かに日差しが当たってる気配がするな。親切な夢じゃないか。
仕方ない。夢に催促されてるんじゃ起きるとしよう。またあの白い天井を見るのか。たまにはシミの数でも数えてみれば気が紛れるかもな。
そうして、目を覚ます。
視線の先には、見飽きたいつもの天井ではなく、憎らしいほど広大な曇りひとつない青空だった。