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美食

作者:

 静かな空間で足音だけが床板と壁に反響しアクセントとなる。

 美術館の静かな空間は良い。五感の障害を限界まで廃し思考を妨げられることが無い。些細な音はもはや思考を掻き立てるスパイスとも言える。




 なるべく視覚を意識しないように次の絵画へ足を運び、閉じた目を真正面の絵画に向けて一気に開く。

 その瞬間、舌の付け根に香りが広がり続けて味が舌先から喉の奥へと口内を這っていく。その感覚が心地よくつい笑みがこぼれてしまう。

 傍から見れば美術品を眺めニヤニヤとする妙な客と思われるかもしれないが大抵の人間は目の前の美術品に夢中で他人の表情までは見ていないだろう。

 ここまで読め読者諸兄はお気づきであろうが私は視覚情報を通して味覚を感じる事が出来る。

 と言ってもリンゴを見てリンゴの味を感じるわけではない。その絵を見た感想が味に変換されるといった具合だ。わかりやすく言い換えれば感受性の発達とでもいえようか。

 そんな感覚を持った私にとって美術館とは三ツ星レストランの立食会だった。

 綺麗に並ぶ料理たちは私を出迎え芸術家の込めた情熱や才を視覚と味覚によって伝えてくれた。

 元々美術館を巡る趣味があったのだがこの感覚が発現してからは美術館通いに拍車がかかった。

 しかし、いつしか既存の美術品では満たされなくなっていた。どんな絵を見ても香りを感じず彫刻の味も薄く感じた。

 肩を落とし帰路についた時、私の完成は今までにない衝撃を受けた。

 ソレは人だかりの中にあったのだが私は好奇心に負け、いつの間にか人だかりの最前線に顔を突き出してしまった。

 目の当たりにした初めての死体。あらぬ方向に曲がった関節、飛び出た臓腑に、割れた頭蓋。

 これらの光景が私の感性を激しく揺さぶった。もはや私にはその死体が芸術以外の何にも見えなくなっていた。




 静かな空間で足音と悲鳴だけが床板と壁に反響しアクセントとなる。

 美術館の静かな空間は良い。五感の障害を限界まで廃し思考を妨げられることが無い。些細な声は思考を掻き立てるスパイスとも言える。

 悲鳴をあげ、涙のこぼれる人間も恐怖から来る生理反応の美しさを私に見せてくれる。

 肢体で組み上げられた彫刻は私の欲求を見事に満たした。

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