私はどうやら異世界に迷い込んでしまったみたいです 1
ある日のこと私は見知らぬお家にいました。
目の前には腰まで伸ばした金髪が特徴的なお姉さん。
私とは比べ物にならないくらい綺麗で、まさに月とすっぽんという表現がしっくり来るというのが、アーシャさんを見た時の初めの印象でした。
そんな中、私は緊張気味で用意されていた紅茶をすすっていました。
物知らずな私は、当然何の紅茶かも分かりませんでした。
「お口に合うかしら?」
「ふぁ! ふぁい! とても美味しいです!」
「よかった、お客様を迎えることって滅多にないから、私の好きな紅茶しかないの」
「は、はぁ……」
親切で柔らかい感じでアーシャさんは話しかけてくれました。
私はそんなことも分からずに、その時は慌ててしまいました。
「森の中で貴女が倒れていた時はどうしようかと思ったわ、あと数刻遅れていたら魔物に襲われてたかもしれないし」
お姉さんがほっと息を吐き出し心配してくれる様子は、私に充分な安心感を与えてくれました。
「あ……あの……魔物ってここは日本ではないのですか?」
「ニホン? ……というと貴女は別の世界から来たってことね」
半信半疑だった私の心は、呆気なく確信に変わり、異世界と言う現実を受け入れる事になりました。
「やっぱり、ここは異世界なのですか?」
「貴女の言っている事が嘘でないなら」
「嘘なんて付いても意味ないですよぉ」
私はあまりにも現実離れした展開に涙を我慢しきれなかったのを覚えています。
「大丈夫よ、私は貴女を信じるわ!」
「……何でですか?」
「私、こう見えてこの世界では歴史作家なのよ」
「……ひっく……凄いですね、でもそれがどう関係あるんです?」
アーシャさんの雰囲気からして、疑う余地も無かったのは明確でしたが、現実を受け入れられないその時の私は、確証が欲しかったのです。
「うーん、簡単に言えば、私の世界ではニホンって言う言葉がないからかしら」
「でも、お姉さんは知ってる風……ですよね?」
「古い文献とかには幾つか出てくるのよ、異世界から迷い込んだ人が。私はそういうのも素材に使ったりすることがあるから、常識の一環として頭にあるだけよ」
「なんとなく……分かりました」
「そう、納得してもらえてよかったわ」
笑った顔も凄く綺麗で、女の私も見とれてしまうくらいだったと思います。
「行く宛てもないと思うから、当分は泊まっていって。一人分の食事くらいなら、おもてなし出来るくらいに蓄えはあるから」
「ですけど、そんなに迷惑は」
「外に出ても魔物に喰われるだけよ」
「ひぃ!!」
アーシャさんの笑みは、引っ込んだ涙が色んな物と一緒に出てしまうくらいの脅しレベルでした。
「お言葉に甘えます……」
「ええ! ゆっくりしていってね」
アーシャさんの、なんだか親近感のあるその言葉をきっかけに、私はしばらくお世話になることになりました。
「ありがとうございます」
ーーー
木製の壁と窓だけのシンプルなお部屋。
アーシャさんも綺麗ならばお部屋も綺麗というのが、その時の第一印象でした。
「皆心配してるかな……」
私は部屋のベッドに身を沈めながら、家族や友達の事を思い出し、こちらに来た経緯を考えてました。
私は神社のお祭りで友達と遊びに来て、人混みに酔い、人けのない林に避難していました。
「っっっ!! あんな光景、はしたないはしたないはしたない! あんな場所でイチャイチャするなんて……少女漫画みたいなこと……そうよ! あいつらが居たから私は慌てて、躓いて転んだんじゃないですか!」
しばらくの間私はくだらない現実逃避を繰り返し、気が付かないうちにその日は眠ってしまいました。
ーーー
「おはようございます、昨日は良く寝れたかしら?」
「お陰様で気持ちよく寝れました」
起きて夢で無いと認識した私は、その時、本当の意味で現実を受け入れました。
「丁度、パンが焼きあがった所なのどうぞ食べて」
「これはどうもです」
「美味しいです、焼き加減も完璧ですね」
「ありがとう、嬉しいわ」
その日のホットミルクはとても美味しかったです。
「あの、ここから元の場所に帰る事ってできるのでしょうか?」
「……」
「やっぱり、帰りたい?」
「はい、家族や友達とまた会いたいです」
「そう……一応方法はあるわ 」
「本当ですか!」
「でも、難しいと思う」
アーシャさんの表情は険しく、簡単な事では無いことを物語っていました。
「方法は歴史を見る限り存在している。でも、それは存在しているだけ。来る方法もあるなら、帰る方法があってもおかしくないってだけ」
「何が問題なのです」
「私は昔の事は知識としては知っているけど、それは文献に記されているものだけで、記されていないものは分からない。意味は分かるかしら?」
「わからないです……」
「結論から言えば別の世界に行った人間は何人か居る。でもそれが成功したかどうかは不明。なぜなら、真実を知る人物が向こう側にいってしまったから、本人の記録が残っていないの」
アーシャさんの説明はとても上手く私の頭でもすんなり理解する事ができました。
「それでも興味があるのかしら?」
「はい! 少しでも帰る方法があるなら知りたいです」
「なら……調べてみましょう」
「ありがとうございます」
ーーー
そのあと、壁全体が本棚とそれに収まりきらない量の本が置いてある部屋に案内されました。
「ごめんなさい、ちょっとここに座って待ってて記憶を辿って探してくるから」
「あ、はい!」
その時は、この沢山の本の中からと疑問を持ちましたが、そのあとすぐ解消されました。
「……」
待ち時間が暇な私はなんとなく、その辺にある文献を漁る事にしました。
「……分かりません」
開始数分で、そのやる気も消えました。
何故なら、色んな文字が入り交じっているため、理解以前の問題で頭がパンクしそうになったからです。
「お待たせ、とりあえず帰る方法に関して見てきたわ」
「早いですね」
「うん、別世界に渡った人達の名前は何となく覚えていたからその人達に関する文献をね!」
「……流石です」
「帰還方法に関してなんだけど、さっきも言った通りよ」
「どんな……感じだったんですか?」
「文献に残っているのは、帰還方法ではなく時空の壁を超えて別の世界に行く方法」
「つまりは、目的が合わないってことですか?」
私の頭が整理されたのか、その時にはすんなり理解出来るようになっていました。
「そう、過去に行われた時空移動は行先を問わない。いくつも世界はあるからその中からピンポイントに世界を選ぶのは難しい」
「それって、元の世界に帰れる保証がないって事ですか……」
「現段階では確実に別世界に辿りつくわ、下手をすると身体が環境に適合できない場所に行ってしまう可能性もある」
「そんな、それじゃ私はどうしたらいいんですか……帰る宛も何もない、一人ぼっちです…」
帰れないと分かった瞬間、私の麻痺していた感覚が爆発するように溢れました。
どこかで、なんとかなると思っていた私は突き付けられた現実に対処できるはずも無く、深い絶望に満たされました……
ーーー
その日の事は、夜まで部屋でずっと泣いていた事しか頭にありません。
「少しは落ち着いたかしら」
「すいません、何からなにまで」
泣き止んだのを感じたのでしょう、アーシャさんは私の所にやって来ました。
「いいのよ、今まで当たり前だったことが一変してしまったんだもの、仕方のない事よ」
「どうして、お姉さんはそんなに親切にしてくれるんですか?」
「私の事はアーシャと呼んで、アーシャ・ブルーロンドそれが私の名前、貴女の名前も教えてくれるかしら?」
「分かりました、アーシャさん。私は日向ひよりです」
「あら、可愛らしい名前ね!」
かわいいなんて、言われた事はあまりなかったのでちょっと、嬉し恥ずかしかったです。
「ありがとうございます、それで……」
「あ、ごめんなさいね」
アーシャさんも話が脱線してしまった事を思い出したようで話を続けてました。
「私には、妹が居たの」
「妹さんがですか?」
「そう、つい最近、十五年くらい前までは一緒に住んでたんだけどね、この家から出ていってしまったの」
「そ、そうだったんですね……」
十五年は最近でも無いだろうと思ったのは、種別の違いからかと今なら身に染みて分かります。
「この部屋はね、妹のだったのよ」
「なるほど……だから綺麗だったんですね」
お客さんが来ない割に、部屋が綺麗な理由は、そういうことかと理解しました。
「それで……なんだけど……ひよりちゃんが良ければ、私と一緒に住むというのはどうかしら?」
「へ?」
気の抜けた声が思わず出てしまいました。
「なんだか、ほっとけないのよ……ひよりちゃん……だから、ね?」
「えと……あの、え? え?……」
嬉しいような申し訳ないような、私の心は一気に落ち着きをなくしました。
「行く宛ても無いでしょ?」
「ですけど、迷惑では?……」
「ならこうしましょ! 私の助手になって」
「でも……」
「今日からひよりちゃんは、助手、件、妹よ! 文句があるなら言いなさい!」
「い! いえ! 文句はありません!」
迷惑だと感じる事が哀れと思ってしまうくらい、勢いで助手から妹役まで任されてしまい、強引だと思いつつも、その優しさに私は救われました。
「そうと、決まったら明日からはひよりちゃんには文字の勉強も教えないとね! 後は家事とかもやってもらいたいのだ
けど……」
「えーと、勉強とかは大丈夫なので……家事だけじゃ……」
「助手がわがまま言わないの! 貴女が字を読めなくちゃ始まらないわ!」
「あぅ」
「動かぬ者に女神の加護なしよ! それに……」
「それに……なんでしょう」
「字を読めた方が……一人でも帰り方探せるでしょ?」
「あ……」
アーシャさんは、私の思う以上に色々な事を考えていてくれていました。
本当のところ、字が読めなくても良かったのかも知れません。それでも教えようとしたのは、アーシャさんが底抜けにお人好しだったからかもしれません。
ーーー
それから何年かが過ぎて、私も大分歳を取ってしまいました。
アーシャさんの助手を始めてから、最初のうちは勉強や身の回りのお世話が中心でしたが。
一人で文字が読めるようになってからは、空いた時間に文献などを読むようになっていました。
私自身調べてみて、アーシャさんが言っていた事を改めて痛感しました。
私の見解からまとめると、世界は数え切れないほど存在し、それらは基本的に干渉せずに時空の海を濁流のように流れています。
中には時間が巻き戻っている世界もあるらしく、その現象を応用し、時間を巻き戻す方法を確立させようと研究している所もあるらしいです。
そして、世界を渡ることに関する事ですが。
これは主に、自然現象で起こりうるものと、物理的に干渉して引き起こす物の二つが存在します。
前者は二つの世界が何らかの条件で、微かに干渉し出来た穴。
後者は時空操作で片方の世界を捕らえて繋げる方法。
両者の方法に人為的か否かの違い以外は特になく、行ける世界は決めれないみたいです。
「色々な文献を見て来ましたが、めぼしい情報はないですね」
この世界の歴史などを読むのは純粋に楽しく帰る方法を知ることがいつの間にかおまけみたいになっていました。
「ひより、そっちはどう? なんか面白い情報あったかしら」
「全部面白いですよ! もう、凄く美味です」
「それじゃ、私の仕事に役立たないじゃないの!」
「私が何もしなくても、アーシャさんが書く事はもう決まってますよね!?」
「バレたか!」
「何年助手やってると思ってるんですか、アーシャさんの能力から恥ずかしい秘密まで全部記録してますよ!」
「きゃ、エッチ」
「セクハラなんてした覚えありませんよ……」
そんな、変哲もない生活が私の中では当たり前になっていて、凄く幸せで、私はこのまま生涯を終えると信じていました。
気が付けば帰ることを諦めていたのです。
そんなある日、私はある本を読んでしまいました。
『これを読んでいるあなたへ、まずはごめんなさい』
始まり方が不自然なその文面に私は目を奪われ、そして信じられない真実を知るのです。
次回へ続く
初の異世界物です。
とりあえず、異世界物で短い話は無理と思って、話を分ける事にしました。
とはいえ、ちょっと話が雑過ぎたかなと後悔……
一番は文章面、特殊な一人称視点なので、読みづらかったと思います。
これを違和感なく書けたなら凄くいいのでしょうが。
次回は多少よく書ければ良いのだけれど……