ロケットペンダント
「寒い寒すぎる」
三月も半ばを過ぎてるって言うのに何て寒さだ……まったく、現代の気候は本当におかしすぎる。
「ハクション!!ズズズ……」
おまけに花粉が充満していて、くしゃみが止まらない、鼻がむずむずするし、目は痒い。
ほんと花粉の影響を受けない人は羨ましすぎる……
花粉の薬でも買って帰るか……
それにしても今日は疲れた。
うちの会社と言ったら設備が古すぎるっての! 仕事の内容がレトロ過ぎて無駄に力を使うわで身体のあちこちが痺れるように痛い。
『キュー、キリッ! 』
うぅ、寒い……自転車だから余計に冷える、早いとこ薬を早く買って帰ろう……
えーと、花粉症の薬はと……あったあった……
「お待ちの方どうぞ!」
そのまま、薬を持ってレジに向かうと可愛らしいアルバイトの女の子が会計をしてくれる。
最近つくづく思うが、こういう頑張っている子を見るとなんだか和むんだよな……
歳のせいかな、たまに同世代の人間はどう感じるのか気になる時がある。
人付き合いが苦手な俺には誰かに聞く機会なんてあまり無いのだが……
「テープで大丈夫ですか?」
「えっと……はい、お願いします」
俺は思わず敬語で返事をしてしまう……
何となくだが、偉そうに出来ないんだよな……
ーーー
『プシュ!』
「ゴクゴクゴク! はぁー、さっぱりした後のビールは格別だね~! 今日もお疲れ様!」
家に帰って即効シャワーを浴びた俺はお疲れ様のビールと共に一人だけの宴げを満喫している。
ついでに、昨日の余りの野菜炒めと共に夕飯もすます。
「たまにはCDで曲でも聴こうかな」
一人で騒ぐのは寂しい気もするが、逆に言えば誰の目にも晒されず開放的な時間を満喫できている今は、俺にとってはゴールデンタイムである。
てか、随分散らかってるな。
『ガサゴソ、ガサゴソ』
「うん? これは……」
CDを探して、大分散らかっていた床を調べていたら、青いひし形のシンプルなロケットペンダントが出てきた。
俺はなんとなくロケットの中身を見る。
中には一枚のプリクラ、間抜けな表情の俺と同じくあまり上手く笑えていない女の子が写っている。
俺が好きだった子だ。
懐かしく思った俺は、なんとなく昔を振り返る。
ーーー
『ピシャピシャピシャ』
「やっぱり間に合わなかったか……」
あの時は夏で大分雨が降ってたっけ。
委員の仕事を片付けて帰宅してたら突然の雨に襲われ、びしょ濡れになったのを覚えている。
「次のバスは一時間後か」
さらに、バスまで逃してしまい、かなり辛かった。
時間帯も遅いためか全然バスが出ていなかったのを覚えている。
そんな時だったな、蛍と八合わせたのは。
「うん? 水無?」
「あれ? 洋太君じゃん、委員の仕事長引いちゃったの?」
蛍とはクラスの友人達と一緒に話したりはしていたが、二人で話すのはこの時が初めてだった。
ある意味、この時初めて異性として意識したような気もする。
「そんな感じ、正直こんな長引くとは思わなかったよ、水無はいつもこの時間に帰ってるの?」
「大体そうかな、凄く忙しい時はもっと長引くけど」
「そうなのか、大変だな」
「うん、もうヘトヘトだよ! ところで……さっきから目が泳いでるけど……どうしたの??」
「いや、それは……」
「あ、目を逸らした、なんで!? ちゃんとこっち見てよ!」
「いやいや、自分の服ちゃんと見てみろって」
「え?」
雨が降っていたためか、蛍のセーラー服は透けていた。
視界の片隅で見えた青い下着にはさすがに意識せざるおえなかった。
「理由分かった?」
「うん、理解できた……ありがとう」
素直に頷いて返事をしていたが、 声は小さく顔を赤くしていたのを覚えている。
「濡れてるけどこれ着ろよ。少なくても周りの目は気にならなくなるだろうし」
視線を戻せなかった俺は、学ランを脱いで蛍に貸したっけ……
汗臭かったらどうしようとか考えてた気がする。
「ありがとう、洋太君って意外に優しいんだね」
「俺って優しくないのか?」
「うーん、表情が硬いせいかな、なんか怖そうに見える。もっと笑ったら印象変わるかも」
当時は全然笑えてなかったから、俺もこの時から少し意識するようになった。
まぁ、今でも笑うのは微妙なんだけど。
「……少し努力してみる」
「うん、頑張れ! そしたら私洋太君のこと好きになるかも!」
「えっと……なんか恥ずかしい」
「気にしたらダメだよ! 恥ずかしさが伝染しちゃうじゃん!」
そんな初々しい話をしながら、蛍に視線を戻した時の記憶は鮮明に覚えている。
濡れたセミロングの黒髪に、潤った唇。
そして、羽織った学ランに身を包んだ小さな身体はいつもより蛍を可愛いく見せていた。
これが初めて彼女を異性として意識した瞬間であり、初めて恋をした日だったと思う。
ーーー
「懐かしいな……」
食事を終えた俺は食器を片す。
プリクラを撮ったのはその日から三ヶ月くらい経ってからだ。
あの、ロケットペンダントは俺がこっそりと買った物でその時は蛍には内緒にしていた。
蛍にペンダントの事を話したのは、高校を卒業してすぐのことだ。
ーーー
その日は蛍と2人っきりで過ごしていた。
「うーん、とりあえず何処に行こう」
「私は洋太君の行きたい所ならどこでもいいよ」
とは、言っても行ける場所はそんなに無かった……
バイトをしてたため、ある程度資金はあったのだが、たかだか一万円程度。
なんで、使ってしまったんだとあの時は後悔したものだ。
「お腹減ってる?」
「うん、少しだけ」
「じゃあ、マックにでもいこうか?」
「いいね! マック久しぶり!」
好きな子とマックとか俺のバカ、もう少しまともな選択できただろう!
「何が食べたい?」
「てりやきバーガーのセットで!」
「了解、席の確保お願い」
「うん!」
俺が戻ると、蛍が笑顔で迎えてくれた。
この、笑顔を見ると本当に幸せな気持ちになる。
神様! 今日という日を迎えさせてくれてありがとう!
「ありがとう! じゃ、早く食べよ!」
「そうだね」
「うん、いただきます!」
俺はチーズバーガーのセットを口に運ぶ、やっぱりマックと言ったらこれが一番だ!
とか、呑気な事は言えないよなー
何処か二人っきりになれる場所に行かなくては……
今日こそは告白すると決めているのだ……
「次はカラオケにでも行かない?」
「カラオケかー、私歌下手だから心配……」
「全然下手じゃないと思うけど」
「そう? じゃあ行く!」
よし、上手く蛍を誘導できた!
「ごちそうさま!」
「じゃ、早速行こうか」
「うん!」
そして、少し寄り道もしたりしたが無事にカラオケに着く事が出来た。
蛍は途中で買ったキーホルダーを見つめながらうっとりとしている。
相当気に入ったのだろう。
「ほい、次どうぞ」
マイクを蛍に手渡す。
「ありがとう」
すると、綺麗な声で歌いはじめる蛍。
何処が下手なのかも全然分からないくらいの聞き心地のいい歌声だ。
前にカラオケに行ったのが大分前だったから分からなかったけど、かなり上手いと思う。
しかし、歌い終えて下手と言う意味がなんとなく分かった気がした。
点数が77点と微妙なのだ……
「ほらね? 下手だったでしょ?」
「点数なんて宛にならないよ、普通に上手い」
「お世話?」
「いや、真面目に」
予想外なのか、初めて言われたのかは分からないけど何だか不思議そうな顔をしている。
そして、二人で何曲か歌い終えると俺は途中で曲を止める。
「はい、どうぞ」
マイクを受け取るが、画面は曲の画面には行かずチャンネルに切り替わる。
「あれ、曲入ってないね? 歌わないの?」
「えっと、話があってさ」
「そうなんだ……なにかな?」
すると、蛍も黙って耳を傾けてくれた……
「実は今日は言いたい事があって、誘ったって言うかその……」
「……」
「大分前からなんだけど俺、実はさ」
俺はなかなか、言いたい事が言えなくて言葉に詰まってしまう。
頑張れ、言いたい事はもうそこまで来てるんだ……
「俺さ蛍の事が、す、す」
「す?」
「す、す。凄い子だなと思っててさ」
「……」
あ! 違うことを言ってしまった。
早く言い換えないと!
「あ、ごめん今のは違う! 言い直すからまって!」
あー、何言ってんだ完全に終わった……
「私も……」
「え?」
「私も実は言いたい事があったの!」
俺は意表を付かれたように反応してしまう。
さぞかし俺の顔は間抜けだろうな……
「だから、今日のお誘いは凄い嬉しかったし。言うなら今日しか無いと思ったから」
俺は黙って、次は逆に耳を傾ける。
「洋太君と話してると凄く楽しいし、一緒に居ると凄く安心する。こんな風にカラオケに行くのも、学校でお弁当食べたりするの全部嬉しかった」
なんか、この流れって……
「私はずっと前から……洋太君の事が好きでした」
俺の顔は今どんな顔してるんだ?
嬉しくて泣いている?
驚いて口を開いている?
はたまた、血の気が引いて死人みたいな顔だろうか……
分からない、分からないけど嬉しいのだ……
嬉しすぎて俺がどんな顔かも想像がつかない……
だか、ここまで来たら言うしか無いだろう。
蛍にここまで言わせてしまったのだから。
「俺も……蛍の事が好きだよ」
すると、俺はバックに隠していたロケットペンダントを取り出す。
「俺はいつもこのロケットを見て、蛍のこと考えてたんだ……あはは、なんかこう言うと変人みたいだよな……でも、俺の気持ちも蛍に負けないぐらい強いよ! だから、俺と付き合ってください」
すると、蛍の頬を輝く粒が流れ落ちてくる。
そして、満面な笑顔で。
「よかった、洋太君も同じ気持ちで……」
そして、少しの沈黙の末に。
「お願いします」
俺が待ち望んでいた言葉が、室内の雑音をかき消して鮮明に心まで届く。
その後の俺たちは気まずくてどうしたらいいか分からない気持ちになった。
だけど……その後のことは……
ーーー
「………」
あれ?
俺はいつの間に寝ていたんだろうか……
俺の目の辺りが何だか暖かい。
あ……そっか、夢だったのか……
それで、俺は泣いていたのか……
蛍はもうこの世には居ない。
それを知ったのは、卒業してから3年語の事だった。
その時、ようやく俺は蛍の言った意味が分かったのだ……
『俺と付き合ってください』
『良かった、洋太君も同じ気持ちで……』
この時の俺は多分かなり浮かれていた。
気持ちは同じだと分かっていたからだ。
『ごめんなさい』
しかし、その瞬間俺の頭は正常な判断を失い、心は今までにないくらい締めつけられた。
『え、なんで……蛍も俺の事が好きだって』
『うん、私も好き……好きだけど……ごめんね……』
その時は分からなかった。
その言葉の意味も、涙の理由も。
『私と付き合っても、洋太君に迷惑かけるだけだから、ごめんなさい』
『なんだよ! 迷惑って! 理由を教えてくれよ』
『ごめんなさい』
『答えになって無いよ!』
『嫌われたくないの! だからごめんなさい!』
そう言って蛍は部屋をでて行ってしまった。
その時の横顔は今でも覚えていて、なぜ俺はあの時追いかけなかったんだと後悔していた。
また、会えると思い込んでいたのだ。
俺はLINEを通して、蛍に何回も連絡をした。
しかし、蛍から連絡が来ることは無かった。
そして、三年後懐かしく思い連絡をしたら電話が掛かってきたのだ。
その時は嬉しすぎて凄い勢いで電話に出たものだが、すぐにその嬉しさはかき消された。
その電話の相手は蛍の母親で、その時初めて、半年前に蛍が白血病で無くなっていた事を知ったのだ。
病気は卒業する大分前から発病していたらしく、その頃にはもう手遅れだったらしい。
俺はその日、蛍の表情がフラッシュバックしあまりの悲しさに2日以上泣き続けた。
「なんで、今更なんだろうな……」
俺はLINEを開き、蛍に向けて言葉を書き始めた……
なんだが、無性にそうしたくなったのだ。
『俺は蛍に何もしてあげられなかったかもだし、蛍の言う通り俺は悲しむ事しか出来なかったかもしれない』
届かなくてもいい、でもこの気持ちに嘘はつきたくないから。
『でも、俺は本気だったよ? たとえ僅かな時間だったとしても蛍の傍にいたかった、最期の瞬間に言いたかった』
届かないけど届けたいんだこの言葉を、これからも絶対に気持ちは変わらない。
『これからもずっと蛍を愛していると』
返事は来なくてもいい、でもどうか届きますように……
自分自身に起きた事をベースとして、物語を書きました。
大分前に書いた物を少し編集したものです。
個人的な1番注目して貰いたいのは、後半のデートの場面です。
一人称の話し方の変化で寝落ちをした瞬間を描写しています。
分かりずらいですが、思い出話が気が付くとリアルタイムになっているはずです。