閑話2母の想い 後編
宇宙から帰ったら、ジンが手続きしておくから先に帰って良いと言ってくれた。
自分も早く会いたいだろうに優しいんだから……好き!
そして帰り着いた私が見たのは、元気無く寄り添う二人の姿だった。
「マー君ただいまー!寂しかった……どうしたの!?」
「アネストさん、実は……」
パルの話を聞く内にお腹の底から怒りが湧き上がってきたわ。
二人が百人以上の子供に責め立てられてるのを怪我をしても放置?
それに抗議したら子供達が悪いんだから文句が有るなら来るなと言われた?
さらに抗議すると上位権限で非を認めて文句を言わないと誓わせる?
「何、それ?」
本当に何?
明確な職務放棄に責任転嫁、あげく要請書で命令するって訳が分からないわ!
第一緊急時の為の上位権限を、こんな事に使うなんて聞いた事が無いわよ!
その内録音が有るというのでそれも聞かせて貰う。
ん?何かおかしい?不自然な言い回し、この違和感は……あっ解った!
思わず笑ってしまう、そう言う事ね。
「流石内勤とは言え情報部、完璧よパル」
「お役に立ちますか?」
「ええ、おかげで大体の事情は解ったわ。恐らくこの女、期間限定の降格処分中なのよ。だから書式は命令書なのに要請書なんだわ」
「命令書ならば、その時点の階級を書かなければいけないからですか?」
「そういう事。パルも大変ね、上の子の事でオーネスが居ない時にこんなことになるなんて」
「いいえ、私よりも子供達が可哀想で……」
そうだ、マー君!
二人は心配そうにこちらを見つめていた。
ああ!御免なさい、怒りのあまり二人の事を忘れるなんて。
私は二人を抱きしめる。
「御免なさいね、こんな事になるなんて。でも安心して、来週はこんな事にならない様にしてあげる。お母さんに任せて」
私は二人を抱きしめたままどうすれば良いか考える。
――“自由魔法陣”を二人しか使えないのが問題なのよね……よし、それなら!
私はすぐに行動に移す。
まずは人事部、あのふざけた女を懲らしめてやるわ!
手続きを進めながら私は呆れるしかなかった。
あの女、似たようなことを繰り返して期間限定とはいえ二階級降格処分中だったの。
普通一階級なのに、どんだけ馬鹿やってんのよ。
大体今はパルより階級が下じゃない、巫山戯てるわね。
「違法」「越権」「無効」の判が押されたあの女が書いた要請書を窓口に提出、事情を説明して正式にあの女の異動と降格を申請した。
相手も呆れながら受理してくれたから、早ければ明日にでもあの女は幼学校からいなくなるわ。
良し!次は宙軍ね!
ジンはもう帰ってたけど、そのまま上司に相談する。
事情を聞いた上司は同情してくれて、その女に宙軍側からも手を打ってくれると言ってくれたわ。
でも私が希望、計画を話すと今度は呆れられた、如何して?
私がマー君達の例を出して説明すると、だんだん「本当に魔力の高い人間を増やせるかもしれない」と気付いてくれたみたい。
それから夜中まで掛かって計画書を作成したわ。
結果「期間限定で試験的、自己資金で個人的」に行う事で正式な任務として認めてくれたの。
ホームに帰るとジンが待っていてくれた、優しいわぁ。
私が今日の出来事を話すと、怒って驚いて納得して呆れられた、何で皆呆れるの?
次の日は早朝から教育育成部へ行って、計画の説明をした。
その日は”光の魔法陣”の発注と明日からのカリキュラムの打ち合わせで一日掛かったわ。
あの女も今日付で異動されていたし一安心ね。
せっかくの休みにマー君と全然遊べなかった、でもこれで明日から計画スタートよ!
あら?駄目よジン、明日早いんだから、もう仕方ないわねぇ……あん……。
――――そして翌日。
「お早うー!今日は皆に新しい遊びを教えちゃいます!」
「……」
これが私の計画、二人しか居ないのが問題なら増やせば良いのよ!
パルも巻き込んで、二人で交互に教えていくの。
パル、そんな呆れた目で見ないでよ、これで二人を直接守れるのよ?
一緒に居る時間も増えて一石二鳥!もし結果が出れば一石三鳥じゃない!
さあマー君ミカちゃん、助手として一緒に居ましょう?まずは4年組よ!
甘かったわ、大騒ぎになっちゃった。
一応正式な任務だから毎月報告義務が有るんだけど毎回驚かれたわ。
最初は4年組全員に適性が有った事、その次は3年組にも全員に適性が有った事、そして子供達と遊ぶ事で私の魔力まで跳ね上がった事、最終的には3、4年組の子供達全員が“自由魔法陣”を使い“光の魔法陣”を50分以上維持出来る高魔力保持者、つまり下位魔法士に育っちゃった事で軍が動いたの。
私の個人的な試験運用は軍の正式な計画となり、検証の為”自由魔法陣”が使える様になった子供達と職員を他の幼学校に分散させて、私達にはもう一度一から教え直すように命令が下ったの。
すると何処でも同じような傾向が見られたそうで、軍上層部は直ちに国に報告を上げたらしいわ。
この報告を受けて王国魔法師団が「若年層における魔法適性者の分布」を調べた所、「7歳から10歳(5~9歳)のほぼ全員に適性が有り、その後は年一割の割合で減っていく」という結果が出たらしいの。
今までの「魔法陣は危険だから分別が付いてから教えるべき」というのは間違いで、私が提唱した(事になってた)「幼学校から危険の少ない魔法陣で遊ばせれば高適性者を増やせる」事が正しいと証明されたんだって。
すると今度は国王陛下が“自由魔法陣”の早期普及を指示、計画立案者の私には「全国の幼学校に”自由魔法陣”が行き渡るまで育成に努めよ」との勅命が下ったのよ。
まったく!勅命が下ってから状況を説明するなんて遅すぎると思わない!?
初めて!それもいきなり王璽の押された命令書を受け取ったら、どんな気持ちか考えてよ!心臓が止まるかと思ったわ!
まあ魔法士不足は国の命題だったから、国民全員が魔法士になる可能性なんて出てきたら最優先よねぇ。
まあ私達はこちらが最優先任務になっちゃったからマー君とずっと居られるのは嬉しいけど。
良し!とにかく頑張ろう!
勅命を受けてから3年……私、頑張ったと思うの。
この間に要望を出したのは2回、それ以外はただひたすら育成に努めたもの。
一つ目の要望はマー君達に引っ付いているリンちゃん、オルトラウド・リンガステちゃんの事、この子マー君と同じ歳なんだけど”光の魔法陣”を覚える前に両親が他界しちゃったのよ。
しかも極度の人見知りだから此処に残して上げて欲しいとお願いした、でも移動は国策だから此方から要望する形で残して貰ったの。
周りの人がガンガン入れ変わったお陰で、すっかりマー君達にベッタリになっちゃったけどね。
二つ目の要望は職員を総入れ替え制にして欲しいという事。
だって、”自由魔法陣”を覚えた人は余所に行くから、覚えられない人ばっかり残っちゃったの。
中には態と邪魔してきた人も居たから、報告して拘束して貰ったわ。
私が勅命を受けているから、妨害するだけで反逆罪に問われると聞いて青ざめてたっけ。
しかも理由が「自分は適性が無かったのに子供達がどんどん魔法を使える様になるのが悔しかった」らしいの、馬鹿でしょう?
その時「職員は毎回総入れ替え、出来れば僅かでも適性が有って教員免許を持っている人を優先して回して欲しい」と要請したの。
だって、一番急ぐのは初学校のはずだもん、二年組以降は適性者がどんどん減っていくんだから緊急でしょ?
逆に初学校に広まれば、幼学校が後回しでも進級すれば覚えるはずだし。
子供達が“自由魔法陣”で遊び出すのが2ヶ月ほど、だから教員を育てて臨時講師として派遣すれば一人年間6カ所回れるからその方が効率が良い!講師が講師を育てるのも有り!と意見書を付けて提出したの。
そうしたら長期休暇明けに職員が倍になった!しかも全員軍人!
その中に同僚がいたことには、笑うしかなかったわ。
多分上は初学校の問題を、仕方が無いと諦めてたんじゃないかな?
だから解決策を知って、確実に身につけるであろう人間を送り込んだんだと思う……流石に王命だと上もテンパるか。
そんな「”自由魔法陣”普及計画」も終わりが見えてきたわ。
講師達は今年、全初学校に教え終えて幼学校の方に回ってくれてるの、私の勅命が「幼学校に行き渡るまで」だったから。
軍からも正式に「来年一年をもって任務完了」の略式命令も来てるわ。
あと一年……あと一年有るのに!マー君が今日卒業しちゃうのよ!
でも文句は言えないわ、マー君は頑張ってくれたもの。
有り難う、そして御免ね。
ずっとお母さんの仕事に付き合わせたからあまり遊べなかったし、私達以外が入れ替わるから友達も一人しか出来なかった。
次が有れば、もっとうまくやってみせるわ。
ホームへの帰り道、小さな手を引きながら誓う。
――――この子を守って見せる、あらゆる悪意から――――
そんな私の誓いは、僅か半年ほどで思い直す事になる。
それは長期休暇ももうすぐ終わるある日、マー君が学校に提出する自由課題を見せてくれた。
『魔法陣の観察日記』?マー君、ミカちゃん、リンちゃんの合同研究?取り敢えず読むわね。
……マー君?お母さんには魔法陣の解析データーと報告書にしか見えないんだけど……。
まあ良いわ、マー君の好きになさい、何かあったらお母さんが何とかしてあげる!
ミカちゃん達のところへ歩いて行くマー君を見送りながら、お腹に手を当てて改めて誓う。
――――この子達をまもってみせる、あらゆる悪意から――――