閑話1母の想い 前編
――――この子を守って見せる、あらゆる悪意から――――
私は、初めての出産で緊張していた。
ペアになったのは12歳年上のハルツエル・パルネスト。
パルは3人目と言う事で落ち着いており、すぐに打ち解ける事が出来た。
まあ私が三階級上と言う事で敬語は外れなかったけどね。
私の階級が高いのは官学部の実習中に帝国の大規模侵攻があり、武勲を上げてしまったからなのよね。
私が障壁の魔法陣を維持している間に撃退に成功したとかで勲章を貰ちゃったのよ。
本人はただ必死に維持していただけなんだけどね、いきなり中佐と言う事で好奇の目にさらされたわ。
まあそのお陰で宙軍に配属され、同僚になった彼と結ばれ、子供を授かる事になったのは幸いだったけど。
しかしパルが昨日先に出産してしまい、私は一人で挑む事になってしまった。
痛みに耐えて、産声が聞こえた時は思わず泣いてしまったわ、内緒よ。
兎も角、母親となった私は「山は越えた!ここからは長期戦よ!」と気合いを入れたのだが、これがものすごくイージーだったのよ。
パルも「この子達は驚くほど泣かない」と言っていたから間違いないみたい。
マー君は排便で泣くが空腹で泣かない、ミカちゃんは空腹で泣くが排便で泣かず、おしめ交換で大泣きする。
夜もあまり泣かないので時間を決めて様子を見に行かなければならない。
けど、仮眠を取りながら定期的に様子を見るなんて軍人にとっては出来て当たり前の事、子育て初心者の私としてはとてもよい練習台になってくれた。
そんなマー君が魔法に興味を持った。
最初にしゃべった言葉も「魔法」だったし、ひょっとしてとは思っていたわ。
まあ最初にしゃべったのが私の事じゃなかったのはちょっと残念だけど。
そして「全国射的競技会」を見ている時にしきりに魔法陣を欲しがったのよ。
この競技は軍学校対抗で行われる競技で王国軍主催、近距離4属性、中距離威力、遠距離の3種目で正確さを競うの。
特に遠距離で使われる、それぞれが工夫した手作りの砲台が面白いのよね。
それはさておき、マー君の初めてのお願い!これは叶えて上げなくちゃ!いざとなれば高学部の備品を廃棄扱いで分捕ってくるわ!
はい、普通に売ってました。
でも、基本学校関係者が中学校以上を対象として購入する物らしく、一般のそれも3歳児には危険だから売れないと言われたわ。
欲しければ許可を取れ?上等よ、取ってやろうじゃない!
結局、一年間試用して起動しなければ中学校に寄付、起動すればその様子を報告すると言う条件で許可が取れたわ。
私は喜び勇んで“光の魔法陣”をマー君に渡した、すると思いのほか喜んでくれた。
興味津々のマー君……癒やされるわー、お母さん頑張った甲斐があった……あ、起動した?
マー君!いくら何でも適性高すぎない!?
驚く私たちを余所に、マー君は魔法陣を見つめていた。
けど真の驚きはこの後に起こった。
パルの旦那さんがフラ付きだしたマー君から魔法陣を取り上げて片付け出した時、マー君が虚空を見つめて不思議そうに手を伸ばした。
すると掌が一瞬光って、マー君が倒れたのよ。
私たちは慌てて病院に運び込んだ。
3歳児が魔法を起動した事には驚かれたけど、「それなら魔力の枯渇でしょう」という診断だった、良かった。
一応の検査でも異常が無かったので私たちは“ホーム”に帰る事にしたけど。
「ジン、さっきマー君がやった事って……」
「ああ、何も無い所で一瞬魔法陣が起動しかけた様に見えた」
「やっぱり?」
「アン、このまま帰れるか?俺は記録器を借りてくる」
「分かったわ、大丈夫よ」
私たちはそれからマー君の行動を記録して報告する様になった、まあそういう約束だしね。
マー君は残像の魔法陣を起動出来る様になると今度は残像無しで魔法陣を扱いだしたんだけど、それに興味を持ったミカちゃんにも教えて、二人で遊びだしたのよ。
私達には微笑ましい光景だけれど、報告する度に担当者が頭を抱えていたわ。
私だけでなくパルも同じ事が出来る様になったから、適性が低くても出来るみたいだけど。
“残像魔法陣”“自由魔法陣”“多重起動”等々、色々名前を付けて分類しても検証、研究、実証が間に合わないらしいのよね、人員も限られるし。
その内ミカちゃんが妙な事を言い出したの。
「道具の魔法陣と自分が出している魔法陣の模様が違う、道具の方は魔力が多く要る」と。
実際に少し違う様なので担当者に伝えると、かなりの騒ぎになったみたい。
何でも”光の魔法陣”を独占販売している一族が権利が切れそうになる度に改悪していたらしいの。
記録によると、最初の内は文字ブロックを並び替えていたけど、それが出来なくなると余計な模様を入れて並び替える、これを繰り返していたらしいの、100年以上……馬鹿でしょ、その一族。
しかも魔法文字的には“自由魔法陣”の方が正しかった事、起動出来ずに適性無しと言われた何人かが正しい魔法陣で起動に成功した事、この二つの実証でこの一族は全員厳罰処分になった。
そりゃ利権の為に国の戦力減らしてたら、下手すりゃ反逆罪よねぇ。
お陰で”光の魔法陣”の利権が無くなって差額が返ってきたわ。
尤も担当者は「“自由魔法陣”は自ら修正する性質があるらしい」事で頭を抱えてたけど。
そして流石マー君!マー君がそれを上回る発見をしたの!
「魔法陣の効果範囲が重なると暴発、無効化する」まではよく知られていたわ。
万が一にも戦術魔法陣を暴発、無効化させない様に徹底的に訓練されるから。
けど、「うまく利用すれば,起動魔力無しで魔法陣を起動出来る」というのは新発見だったのよ!
専門家が実験して「魔法陣に記載された“魔力を集める”の部分が起動魔力を相殺するんじゃないか?」と仮説を立ててたけど、実はこれは凄いことなのよ?
転移や戦術魔法を魔法適性が低い人間でも起動出来る可能性が出てきたの。
実際この発見によって転移の利用制限が緩和され、防衛に回せる人員も増えたのよ!
子育てなんて大変なだけだと聞いていたけど、お母さんは今、凄く楽しいわ!
マー君とずっと一緒の楽しい日々、それも終わりが来る。
「あーん、マー君寂しいよー」
今日から短期とはいえ仕事が始まるから。
マー君にすがりついていると優しく慰めてくれた、優しい!
心配してくれるのね、でも大丈夫!
マー君のお陰で命令書と階級章を提示すれば、最優先ですぐに転移できるようになったからね。
暴発がすでに利用されてると聞いて驚いてるみたい、可愛いわぁ。
そこでジンから待ったが掛かる、どうやら時間切れみたいね。
泣いても時間は待ってくれないから諦めて仕事に行くわ、マー君、行ってきます!
「確認しました、少々お待ち下さい」
門番が“光の魔法陣”を起動してゲートに触れさせる。
すると直径が人間の倍ぐらいの大きな魔法陣が徐々に光り始めた。
一瞬魔法陣の内側が光ると薄い膜のように消え、向こう側が町並みに変わる。
「お待たせしました。行ってらっしゃいませ」
「有り難う!」
私達はゲートをくぐり別の町へと移動する。
軍支部までの間、少し世間話をする。
「ゲートをくぐるのも久し振りだわ」
「三年振り、か?」
「妊娠してからだから四年振りね。それはそうと起動速度、早くなってない?」
「実測すると今までの平均二割ぐらい早く起動しているそうだ」
「”光の魔法陣”を起動出来る人間なら誰がやっても、という事よね?」
「そうだ。まあ維持出来ないから魔法士である必要はあるが」
「それでも数の多い下級魔法士に仕事を振る事が出来るわ。そして今まで流通の為にゲートに貼り付けていた数万人の中級魔法士を防衛に回せると」
「聞いた話だと数十万人が配置換えしたそうだぞ」
「うわぁ、マー君は本当に革命を起こしちゃったのね」
「今、どんどんゲートを増やす計画が持ち上がっているらしい。今までは門番の数がネックだったからな。さあ、此処からは仕事です艦長」
「了解少佐、よろしく頼む」
これはお仕事だもんね、頑張って宇宙を駆けよう!マー君の為に!