幼学校はあっという間に過ぎました
そんな訳で始まった幼学校だが、俺とミカは疲れ果てていた。
この辺りは5日目が休みなのだが、前日の夕方俺達は力尽きていた。
「マー君ただいまー!寂しかった……どうしたの!?」
そこに二週間ぶりに母さんが帰って来て、俺たちの様子を見て驚く。
だが俺達は、説明する気力も湧かない……。
「アネストさん、実は……」
俺たちの代わりに、パル母さんが説明してくれた。
それを聞きながら俺もこの2週間に起きた事を思い出す。
切っ掛けは些細な事だった、遊び時間にいつも通りミカと魔法陣で遊ぼうとした。
「なにそれ!」
「みせて!」
途端に子供達にもみくちゃにされた。
それ以降は、見せて→魔法陣を出す→全員がよく見ようと押し合う→押し潰されて魔法陣が消える→何故消す!の繰り返しになった。
流石に担当の女性職員に相談すると、
状況説明→何故そんな事が出来るの?騒ぎを起こさないで。
せめて人員整理をして欲しい→特別扱いは出来ません。
どうすれば良いの→使わない様にしなさい。
と、取り付く島もなかった。
もちろん面白そうな物を見つけた子供達がそんな説明で納得するはずもなく、連日見せろ教えろと騒ぎになった。
そして昨日、女子に詰め寄られていたミカがとうとう怪我をした。
流石にこれはないとパル母さんが苦情を入れに行ったのだが、その職員は”彼等の行動が異常で騒ぎを起こされて困っている、出来たら来ないで欲しい”と取れることを言った。
本来こうならないよう指導監督するのが彼女の仕事だと思うのだが,選りに選って俺達が悪いのだから文句を言うなら来るなと彼女は言ったのだ。
その職務放棄とも取れる発言に、流石のパル母さんも切れた。
しかし怒るパル母さんにその職員は上位権限を使い、正式に「騒ぎを起こすな」と”要請”してきた。
どんなに不条理でも正式文章となれば無効となるまでは無視出来ないらしく「アネストさんが帰ってくるまで一日だけ我慢してね」と泣きながら抱きしめられた。
おそらくあの女性職員の上官権限は、母さんには無効なのだと思われる。
俺達はパル母さんの頼み通りただひたすら我慢し、今日一日を乗り切りった。
そして今、母さんが帰ってきた。
「何、それ?」
今まで聞いたことが無い、低い声が響く。
思わず其方を見ると、涙ぐみながら謝るパル母さんと、目をつり上げて紙を睨み付ける母さんが見えた。
「こんな事になって申し訳ありません」
「パルが悪いんじゃ無いわ、貴方は良くやってくれているもの」
「有り難う御座います」
「フン、中佐に向かって”子供の非を全面的に認めて、一切の苦情報告を行わず、自分に迷惑を掛けないと誓え”と上官権限で要請する訳ね?たかが大尉が」
「アネストさんでしたら、その要望書は単なる越権書類でしか在りませんから」
「そうね、更正公文書官が無効判定して相手が処罰されても、貴方に対しては二週間は有効だものね」
「いいえ、一週間です」
「……もしかして録音してる?」
「はい」
「聞かせて」
「え?でも……」
「確かに私にとっては無効よ?でもその職員がパルに何を言ったかを、知っておきたいの」
「分かりました、少々お待ち下さい」
パル母さんが何か小さな箱を持って来る。
それを受け取って、横に付いてる小さな板を耳に当てる母さん。
あれ、イヤフォンか?
すると見る見る母さんの表情が抜けていく、はっきり言って怖い。
最後に一瞬迫力有る笑顔を見せると、何時もの母さんに戻った。
「流石内勤とは言え情報部、完璧よパル」
「お役に立ちますか?」
「ええ、おかげで大体の事情は解ったわ。恐らくこの女、期間限定の降格処分中なのよ。だから書式は命令書なのに要請書なんだわ」
「命令書ならば、その時点の階級を書かなければいけないからですか?」
「そういう事。パルも大変ね、上の子の事でオーネスが居ない時にこんなことになるなんて」
「いいえ、私よりも子供達が可哀想で……」
はっとした母さんはこちらに駆け寄ると、俺たち二人を優しく抱きしめてくれた。
「御免なさいね、こんな事になるなんて。でも安心して、来週はこんな事にならない様にしてあげる。お母さんに任せて」
暫くそうした母さんは、一度微笑むとドアに向かって歩き出す。
「出かけて来るわ、あの人にはパルから説明しておいて。私は今日明日は帰れないかもしれないから」
「分かりました、よろしくお願いします」
「任せて!こんな女、期間限定じゃなくて本当に降格させてやるわ!ついでに子供達ともっと一緒に居られる様にしてみせる!」
「何をする気ですか?」
「内緒!」
そう言って母さんは颯爽と出かけていった。
俺は相変わらず元気な人だと思いながその背中を見送った。
意外だったのは父さんの反応だった。
父さんは何時も冷静沈着で、母さんのストッパー役という感じだったのだが、この日は話を聞く内に顔は其の儘に静かに怒っていった。
それはもう大迫力で、立ち上がる度に「誰を始末しに行くの?」と聞きたいぐらいだった。
絶対この人にも二つ名があるに違いない。
そんな父さんも次の日には元に戻っていた、どうも俺たちが眠った後母さんが一度戻ってきて落ち着いたらしい。
母さんはその日も帰らなかった。
そして次の日。
「お早うー!今日は皆に新しい遊びを教えちゃいます!」
「……」
幼学校にあの女性職員は居らず、代わりに両母さんが居た。
何でも「出来る人間を増やせば良い」という結論に至ったらしい。
母さんはまず4学年に光の魔法陣を配り”自由魔法陣(そう命名された)”を教え始めた。
出来る様になった子から下に教えていく方針だそうだ。
俺とミカは交互に内勤で来る母さん達の助手という名目で手伝った為、忙しくとも平穏な日々を過ごした。
なかなか出来ない子も居たが3ヶ月も経つと3年4年は全員が使える様になり、8月の長期休暇の前には“自由魔法陣”で休み時間中遊べる様になってた。
さらにその頃には、母さん達だけでなく職員の一部も使える様になっていたみたいだ。
2年の半分と1年の殆どはなかなか使えなかった。
多分幼すぎるのが原因だと思う。
母さん達は元々使えていたが子供達と遊んでいる内に、どんどん持続時間が増えて行くのが見ていて分かるほどだった。
これで日常に戻れると思ったのも束の間、異変は長期休暇明けに起こった。
なんと、子供達の半分以上が入れ替わっていたのだ。
特に“自由魔法陣”が使える様になった子供と職員が一人も居ない。
これには俺も驚いたが、何故か母さん達は申し訳なさそうに謝ってきたので理由は聞けなかった。
それからは長期休暇毎に入れ替わる人員に、何故かずっと居る母さん達がひたすら“自由魔法陣”を教える(俺達なりに頑張って手伝った)日々が続いた。
そして卒業式の日、俺達は母さん達に手を引かれ家路についていた。
「はあ、マー君と一緒の内勤も今日までか。自分で蒔いた種とは言え、後一年同じ事の繰り返しなのよねぇ。それは兎も角、御免ねマー君達を巻き込んじゃって。もっと遊びたかったでしょ?」
「仕方がありません。あの時はああでもしないともっとひどい事になったでしょうし、私も此処までの騒ぎになるとは思いませんでしたから」
「有り難う、パル」
俺はその言葉に違和感を覚えた。
「さわぎ?」
「そう!大騒ぎになっちゃったの!」
「あのねマーシェル君、魔法陣を本格的に学ぶのは中学校からなんだけど、一年以内に起動出来るのは7割以下、その中でも1分以上光の魔法陣を維持出来るのは1割に満たないの。皆そこから練習して適性を上げるのよ?」
……なんですと!?
「そこで私がマー君の例を出して『幼学校から遊びの中に取り入れれば魔力量が上がる可能性が有る』とねじ込んで、試験運用の名目で無理矢理始めたの!」
「元々は貴方達を近くで保護する為だったんですけどねぇ。私たちは中学校より数パーセントの伸びで収まると思ってたのよ?」
「ところが蓋を開けて見れば、7~8(5~7)歳の子供達が全員使える様になって50分以上魔法陣を維持出来る高魔力を手に入れてしまったわ!教育育成部と軍部はそれはもう大騒ぎだったわよ!」
「そこで軍部は使える様になった子供達を入れ替えて幾つかの幼学校に分散させて”何度も起こるのか?他でも起こるのか?”を検証する事したの、そうしたら対象の殆どの子供達が50分以上維持出来るように為ってしまったのね」
「軍部はすぐに国に結果を伝えたわ、魔法士の強化は国の重要課題だから。国はすぐに全国で適性を調べて検証したらしいわ」
「結果10(9)歳迄はほぼ100%魔法適性が有り、それ以降は徐々に適性が下がる事が分かったの。中学校では遅すぎる事が証明されてしまったのね」
「それだけじゃなく、元々の適性が高ければこの方法でさらに強化できることを、他ならぬ私が証明しちゃったのよ。国は一人でも多くの高魔力保持者を生み出す為に、“自由魔法陣”を普及する事を決定したの。この幼学校が促成育成所みたいになっちゃったのはこの為なのよ」
「それでも、後2回育てれば“自由魔法陣”が全国に行き渡ります。きっと彼らの世代は、今より魔法が一般的になるんでしょうねぇ」
「全く時代を変えちゃうなんて、マー君はやっぱり凄いわ!」
「あら?発端が彼だとしても、変えたのはアネストさんでは?」
「あはは、それは言わないで!」
「ふふふ、子供のせいにしちゃあ駄目ですよ?」
……笑えない、教育制度改革の発端になったなんて全然笑えないよ!
――――幼学校を出たこの日、俺は教育制度改革の起点になっていた事を知った――――