閑話16 ヒムリアの苦悩(トラウマ)
このお話には残酷表現が含まれています。
ご注意ください。
ああ、どうしましょう、とても気が重いです。
ですがあのお母様の事です、行動しなければ次は何をさせられるか分かりません。
ドアからそっと覗いて旦那様を見た瞬間、私は固まります。
私はこの方に、全てをお見せしてしまったのです。
胸がドキドキして、顔が赤くなるのが分かります。
私は何度も何度も深呼吸をして、ようやく言葉を絞り出します。
「あの……ご覧になりました、よね?」
「……はい、この世の物とは思えないぐらいに綺麗でした」
「余計な事は言わなくて宜しいのです!何故あのような事をなさったのか、まずは理由をお教え下さい」
そう言って下さるのは嬉しいのですが、今は事実確認が先なのです。
ですが聞けば聞く程、旦那様に大きな非は御座いません。
旦那様は、只景色を楽しんでいただけなのです。
仰っている魔法陣にも、心当たりが御座います。
王城には、一定以上の魔法が発動しない様にする古の結界が御座います、恐らくその為の魔法陣でしょう。
旦那様なら興味を持たれて当然です。
つまり、これは完全な事故で有り、もし非が有るとすればそれは私の行動なのでしょう。
それも事故で有って欲しいと考えた私は、つい呟いてしまいました。
「…………私のアレも事故だったのです……」
「解ります、恐らくあの状態である事を忘れて悪戯してしまったのでは?本当は服か何かを見せようとしたんですよね?」
私は再び固まりました。
どうしましょう、旦那様の顔を見れません、違うのです。
ですが自分でも分からない事を、どう説明すれば宜しいのでしょう。
私が悩んでいると、突然後ろから声が掛かりました。
「マーシェル様、ヒムリア様がお見せしようとしたのは服ではありません。下着です」
「下着!」
「メルセア!!」
「ヒムリア様、このままでは埒が明きません。私から皆様にご説明致します」
「メルセア、待って。ちゃんと話すから、もう少し時間を頂戴。どう言えば良いのか、考えてるだけだから。言葉を選んでいるだけだからぁ!」
「まず大前提と致しまして――――」
メルセアは私の前に出ると、淡々と昨日の出来事を語り出しました。
い、いやああああ――――っ!止めてええええ――――っ!
違うんですっ!他の方なら、絶対にお見せしないんですっ!
あれは旦那様だからっ!旦那様だからお見せしたいと思っただけなんですっ!
旦那様!中着に興味がお有りなら、後でいくらでもお見せしますっ!だから今は聞かないで下さいませっ!
ああああぁぁぁぁ――――っ!何で昨日の私は、あの様な事をしでかしたのですかっ!
誰でもかまいませんっ!いっそ殺して下さい――――っ!!
――メルセアの説明は、恙無く終わってしまいました。
皆様の沈黙が痛いです……ああ、私は石になりたい……。
うずくまって動けなくなっている私に、何方かが近づいて来て優しくさすって下さいました。
「こんなに震えて、姫ちゃんはそんなにマー君が、好きになっちゃったんだ」
ミカサンテさんでした。
好き?旦那様の事を?
彼女は御母様と同じ様な質問を幾つかしてきました。
そして――
「マー君の為なら裸も我慢出来そうだもんね。ひょっとしてだけど、寧ろ下着姿を見せたいと思ってる?」
「…………分からない……分からないんです!駄目だと教えられたのに!いけないと知っているのに!マーシェル様が絡むとたがが外れるんです!裸を見られるのは泣く程恥ずかしいのに!触られるのは泣く程嫌なのに!マーシェル様を害されると聞くと、自分を守る選択が取れないんです!私は私が分からない!私は!私は……」
思わず泣き叫んでしまいました。
本当に私はどうなってしまったのでしょうか……。
明らかに矛盾しているのに、当然のことのような気がするのです。
そんな私を彼女は優しく抱きしめて下さいました。
「大丈夫、落ち着いて、姫ちゃんはおかしくないよ。可哀想に、こんなに好きになるまで自分の気持ちに気付けなかったなんて。自分を優先出来ないのはね、自分の中心が好きな人に移っちゃってるからなんだよ?」
彼女は心の持ち方などを説明して下さいましたが、今ひとつ理解には及びませんでした。
それからも質疑応答が続き、そしてとうとうその質問されました。
「姫ちゃんは恋愛小説を読んだ事有る?新婚初夜とか処女を捧げる表現が少しでも含まれている奴」
「え?ええーと、はい……何冊か御座います」
「あれに出て来る女の人って凄いと思わない?初めてだから恥ずかしいし怖いだろうに、何故笑顔で『来て』って言えるんだと思う?」
「それは、愛する殿方に思いが届き、全てを捧げて結ばれる、から?……え?」
「やっと気付いた?話を聞く限り姫ちゃんはもう、その段階まで行ってると思うんだ」
一寸お待ちください、その段階って新婚初夜!?
その時、昨日の御母様との会話が思い出されました。
『さあ、最後の質問よ?恥ずかしいだけなのですか?』
『……少し怖いです』
『他には?気持ち悪いとか嫌悪感とか』
『気持ち悪い?嫌悪感?』
『ああヒムリア、その答えで十分ですよ。貴方の心の中ではもう、全てを捧げてしまっているのですね』
『全てを捧げる……』
『あの子の命、存在が貞操の天秤に載るようなら、それはもう全てを捧げているのと同じ事ですよ』
ひょっとして、御母様が仰っていたのはこの事でしょうか?
いいえ、ですが、流石にそこまでは……あれ?
旦那様に全てを捧げて結ばれる?……悪く、有りませんね。
え?そう言う事なんですか!?
そう言えば、自分の中にそれを喜ぶ……いいえ、それを望んでいる感情を感じます。
まさか、これが?
その感情を意識してからは、驚きの連続でした。
・キスしたい?→したいです。
・中着の脱がし方を教える?→いつでも脱がす事が出来る様にお教えします。
・裸になれる?→お望みになられるのでしたら。
・操を捧げられる?→差し上げます、むしろ貰って下さい。
自分の感情の大きさに、本当に驚くしか有りませんでした。
そしてメルセアの補足もあって、自分の身に起きていたことをだいたい把握致しました。
私はこんなにもマーシェル様を好き……ではなく、旦那様を愛していたのですね。
それを抑制してしまった為に、自分でも信じられない行動を取ってしまったと言うことなんですか。
そして少しづつ自分の感情の方向性を探っていきました、その結果――。
――成る程、私は既に旦那様に全てを捧げ、望みを叶えたい……尽くしたいと望んでいるのですね。
ところで皆様、ギラギラした目で質問して、答える度に奇声を上げるのを止めて頂けませんでしょうか?
そこまで騒がれると、流石に恥ずかしいのですが……。
私の感情も落ち着いた頃、此方に気を使って席を外して下さっていた、旦那様をお呼びすることになりました。
「先程はお騒がせして、申し訳ありませんでした」
「此方こそ昨日の件は済まなかった。で、大丈夫なのか?」
「多分大丈夫です。私は今一つ把握しきれてておりませんので、ミカサンテさんに説明して頂きますね」
「はーい、想像も入るけどそこは御免ね。一寸長くなるからマー君も座ってね」
未だ不安定な私の代わりに、ミカサンテさんが説明して下さいます。
ですが客観的に伺うと私、かなり危なかったんじゃ無いでしょうか?
これって精神的に問題が起きても可笑しくない状況ですよね?
そんなことを考えている間に、彼女の説明が終わりました。
それでは――。
「一寸待て、何をしている?」
「中着をお見せしようと、興味がお有りですよね?」
「そりゃあ興味はあるが、だから一寸待て!」
「私じゃ、駄目ですか?」
「ヒムリア、頼むから、落ち着いて、まず俺の話を、聞いてくれ」
「……分かりました」
私は緩めていた衣服を元に戻します。
「さっきクリミンテさんから婚約の話があって、俺は受けようと思っている。だからヒムリアを拒むつもりが無い事を前提に聞いて欲しいんだが、俺はヒムリアに何をさせるつもりもない。と言うかむしろ何もしないでくれ」
「そ、そんな……」
拒絶されて少し動揺致しましたが、旦那様の感情は変わらず私を抱きしめて下さっています。
つまり守ろうとして下さっている?なので何の不安も御座いません、直ぐに落ち着く事が出来ました。
「お前らも少しは落ち着いて考えて見ろ、ヒムリアは今日恋心を認識したばかりだと、お前ら自身が言っていただろうが。この行動が未だ認識していない感情や浮かれて暴走した結果だったらどうするつもりだ?後で後悔するのはヒムリアなんだぞ?」
『あ……』
「それにどんなに安定して見えても、中で揺れ動いてるかも知れないだろ?今のヒムリアは自分の行動を自分で止められない可能性がある。そんなヒムリアに、何かして貰うのは怖すぎるだろうが」
思わず涙が溢れました。
ああ、やはりこの人です。
実は私も不安だったのんです、今の私は何処までが正常なのだろうと。
ですが旦那様は私の心さえ気遣ってくださる、私は幸せです……。
その様な事を考えておりますと、私が襲撃された時のお話になりました。
――私に馬乗りになり、殴り、ナイフで斬りかかる男――
……いけません、不安定になっているからでしょうか?
忘れたはずの記憶が蘇ってきます。
「私がその場で首を刎ねた」
――鈍い音と共に、お腹に感じる激しい痛み――
嫌です、思い出したく有りません。
「私がその場で首を刎ねた」
――私の顔に落ちて来る、男の顔――
もう止めてください、お願いします。
「目の前でですか?」
「そうだ」
――頭に走る痛みと頬に感じる男の唇、そして体中に降り掛かる生臭い液体――
駄目なんです!これ以上はっ――
「そっか、ヒムリアはそれも我慢してたんだな。癒し隊、出動」
「了解ー、でも何を癒やすの?姫ちゃん絡みは分かるけど」
「暴漢に襲われる事2回、うち一回は散々刃物で切りつけられて怪我をした。それと至近距離で首切り2回目撃、それも状況を考えれば返り血を浴びて、未だ動いている死体に覆い被されてる」
――覆い被さり蠢く何か、そして目の前に広がる男の断面――
とうとう思い出してしまいました、震えと吐き気が止まりません。
目の前が暗くなって目眩がします、私は今どんな姿勢なのでしょうか?
必死に悪夢から逃れようと足掻いていると、誰かが私を導きます。
その先に有ったのは旦那様の体温と優しい魔力、思わず縋り付きました。
ああ、旦那様の声が聞こえます、私は少し落ち着く事が出来ました。
旦那様は護衛の方々の問題点を指摘なさいました。
そして今まで私が言えなかった事、言いたかった事を代弁してくださったのです。
そうなんです!怖かったんです!痛かったんです!気持ち悪かったんです!!
一回でも嫌だったのに、二回目が有ったんです!
私は今、三回目が有るんじゃないかと不安で仕方が無いのです。
何よりも、次は自分も一緒に切られるかも知れないと、恐怖を感じるのです。
私は泣きながら、訴え掛けました。
その後”マニュアル”が到着し、正しい方法が提示されました。
やはりあの対応は、間違っていたのですね。
旦那様が改善策を出してくださいましたので、もう三度目は起こらないかも知れません。
そう考えると安堵の余り涙が出てきました、私はこんなに泣き虫だったでしょうか?よく分かりません。
ですが、旦那様が仰る『相手の力を利用する方法』は、私も興味がありますので、もう少し落ち着きましたら、教えて頂きましょう。
「それを見せて頂くことは出来ませんか?」
「今は無理です、背中が塞がっているので」
申し訳ございません、今暫くこのままでお願いします。
ところで先程から、胸を突いて遊んでおられるのは誰ですか!?
お待たせして申し訳ありません。
通院治療に目処が付きそうなので、徐々に更新ペースを上げれると思います。




