異世界に転生しました
何か話を聞いていた気がする。
だが今、俺はそれどころじゃなかった。
体中が締め付けられる様に痛いのだ!
どうなった?
確か爆発に巻き込まれて……。
くそ、頭が痛くて考えがまとまらない。
ふと、頭痛がましになった、と同時に俺はある事に思い至った。
そうだ、保田さん!
〈保田さん!〉
ゴボッ
叫ぼうとしたら喉から何かが出てきた。
なんだこれ、血?
そのうち体の痛みがましになって急に息苦しくなった。
〈苦しい〉
「おぎゃあ!」
〈な、なんだこの音は!〉
「おぎゃあ!おぎゃあ!」
〈五月蠅いっ!この音を止めてくれ!〉
「おぎゃあ!おぎゃあ!おぎゃあ!おぎゃあ!」
〈誰か状況を説明してくれ――っ!〉
「おぎゃあ!おぎゃあ!おぎゃあ!おぎゃあ!おぎゃあ!おぎゃあ!おぎゃあ!おぎゃあ!」
――はい、転生しました。
いやもうね、実際に経験するとなかなか受け入れられない事が解った。
何せ一日中半眠半覚だし、目の焦点は合わないし。
考えていてもいつの間にか寝てるので、最初の内は考察が全く出来なかった。
それでも最近焦点が合いだした自分の目で小さくなった自分の手を見て、やっと納得出来たというか、諦めが付いたというか……。
だって転生したって事は俺は死んだ訳だろ?
彼女が出来たその日に!
なかなか諦めきれなかったさ。
……やっぱり、少し未練が残っているかも。
保田さんは助かったんだろうか?
ガチャ
「―――、――――――」
ドアを開けて金髪と銀髪の二人の女性が入ってきた。
何か話している様だが全く解らない。
俺に解るのは、少なくとも日本語じゃないという事だけだ。
まあ髪も瞳も黒じゃないから外国の可能性が高いよな。
因みに二人ともかなりの美人だ。
金髪の女性はこの部屋にもう一人居る女の子の母親だと思われる。
……そう女の子、おむつ交換の時に確認したから間違いない。
そして銀髪の方が俺の母親だろう。
他に女性を見ないし、俺に何時も構うのはこの人だ。
まあベビーシッターの可能性もあるので,確定するまでは母親?で。
金髪の女性は女の子を持ち上げて何かを確認すると、ため息をついて再び女の子を寝かせる。
――来るぞっ!
「――っふぎゃあああああぁぁぁぁぁ――――っ!!!」
!!――っ喧しい――――っ!!!!
何故かこの女の子、うんちやおしっこした時は泣かないのに、おしめを替えようとすると火が付いた様に泣き始めるのだ。
つられて泣き出した俺の口に何かが押しつけられる、俺は本能的にそれに吸い付く。
ん?もちろんオッパイだよ?
もうなんかね、色々諦めた。
最初銀髪美人のオッパイに吸い付いてると認識した時は吸うのを止めようと思った。
でも押し付けられると本能的に吸ってしまう、飢えには勝てません。
今はそのうち離乳食に変わる事を心の支えに、悟りを開く勢いで諦めている俺が居る。
そしておしめが取れる日を夢見て、すべてを諦めた俺も居る。
いや、考えても仕方が無いのは解っている。
今の俺は何も出来ない、それを受け入れるしか無いんだ。
神様、何故記憶を封印してくれなかったんですか?
せめておむつが取れるまでは前世の記憶も自我もいらなかった。
ふと母親?の顔を見上げる。
彼女は優しげに微笑んでいた。
考えてみれば手間の掛かる赤ん坊だろうな。
方や粗相しても泣かない、方やミルクが欲しいと泣かない。
此方から出すサインが少ないから、彼女達は時間とかで気を配らなければいけない。
そんな俺達にも彼女は微笑んでくれる。
せめて今生は暴走を控えて、母親?に迷惑を掛けない様にしよう。
そう密かに誓いながら俺の日々は過ぎていった。
あれから暫くして俺は鍛錬を頑張って寝返りや匍匐前進(決して這い々ではない)が出来る様になっていた。
そんなある日、俺はソファーに座る男性の膝の上にいた。
この人は恐らく俺の父親だと思われる。
数日おきに来ていたし、母親?と仲が良さそうにしているしな。
隣には女の子が居て、此方も別の男性の膝の上にいる。
その両側には母親?がいて楽しそうに談笑している。
どうやらこの家には二家族が暮らしているらしい。
そんな俺たちの前には巨大なテレビ?が鎮座していた。
疑問形なのは見た事がない形だったからだ。
見た目は家具調に見えなくもないが、直径が人程の画面?が丸いのだ。
”丸いブラウン管っていつ頃だっけ?”そんな俺の疑問は、画面に光が入った瞬間吹き飛ぶ事になる。
まず最初に驚いたのは映像が立体映像だったことだ。
それも3Dのような浮いた感じではなく、着ている服の厚みが解る様な完全な。
遠くの人はまるでミニチュアを見ている様に自然で今まで見たことがない映像だった。
こんな技術は初めて見た。
次に驚いたのは写っている内容。
写っている人が片手に持っているリングを構えるとリングが少し光り何かが的にあたった様に見えた。
最初は手品の様に思っていたが、違う人が次々に同じ事を繰り返し一喜一憂しているのを見て考えを変えた。
何を飛ばしているかは解らないが、恐らくこれは射的競技なのだ。
あんなリングを使う射的競技は噂にも聞いた事がない。
しかし大人達が皆普通に鑑賞して話し合ってる所を見ると彼等にはメジャーな競技なのだろう。
そしてこの日一番の驚きは選手が一巡した時に起こった。
最初の選手が構えると突然リングの中心に火が出現し、それが高速で飛んでいって的を穿った。
火がまるで質量のある物の様に飛んでいって的に刺さり跡形も無く消える。
そんなあり得ない出来事をを見て、俺の思考は完全に暴走した。
落ち着いて思考できるようになったのはさらに一巡して水が飛び始めてからだった。
それまで”どうすれば火を堅く出来るか?”と言う不可能命題で空回りしていた俺の思考は、的付近に出来た虹を見て少し落ち着いた。
そしてふと思いつく。
――魔法?この世界には魔法があるのか!?
そう考えると全ての辻褄が合う様な気がした。
言語、技術、競技、法則、それらが違う世界、異世界だと考えれば。
気が軽くなった俺は、残りの競技を楽しんだ。
そして強く思う、もし魔法だとしたらこの技術を知りたい、研究したいと。
この時、暴走を抑えて迷惑を掛けない、という俺の誓いは完全に何処かに行っていた。
――――初めてテレビ?を見たこの日、俺は魔法のある異世界に転生したと理解した――――