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吸血のススメ~主人と下僕の社会再建物語~  作者: ごごまる
第一章 初めての下僕とその吸血
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9話 悪魔の仕業

 時間は遅めの夕刻、外は紺と橙の混ざった幻想的な色をしていた。


 俺は帰路につき、今夜のことを考えていた。

 いや、もはや今日はそれしか考えていない気がする。


 正直、ビビっている。

 吸血鬼との出会いとは違い、中途半端に悪魔の情報を持ってしまったからである。


 きっと、何も知らなければ今の不安はなくて、すんなりと今晩を迎え入れることができたのだろうが、それが絶対に良いことであるかはわからない。

 どの行動が正しいのかわからないからこそ、その場その場で適切な決断をせねば。


 ということで、悪魔と二人っきりが危険であると判断した俺は、フィリードに助けを乞うことにした。


 自宅に着き、すぐさま電話をかける。


「もしもし、フィリード?」


「やっほー、お兄さん」


 しかし、返ってきた声は全く知らないものだった。


「……誰すか?」


「さぁね、誰でしょう?」


 うわ、ウッザ。


 フィリードの携帯にかけたのは間違いないから、近い人だろうか。


「あの、フィリードに代わってもらってほしいんですけど」


「フィリーちゃん、下僕さんが寂しがってるよ」


 声が遠いのか、うっすらとフィリードの声が聞こえた。


「お兄さん。あなたの主人、めちゃくちゃ足遅いって知ってた? 夜だと負けるんだけどね、日中はほんっとに遅い」


「は、はぁ」


 いや、だから何だよ。

 俺はフィリードと大切な話があるから邪魔しないでくれ。


「ねぇ、お兄さん。フィリーちゃんの検索履歴とか気にならない? 今教えてあげよっか」


 マジで何言ってんのコイツ?


 俺が軽く引いていても、謎の声は続けた。


「だって、吸血鬼だとしても思春期の女の子だよ? 気になっちゃうでしょ、男だもんね」


「……なにも言ってないのだが」


 知りたいけども。

 でもダメでしょ。

 いや、知りたいけども!


 俺はできるだけ平静なふりをした。

 いかにも、そのような変態行為に興味はありませんよ的なオーラを出し、なるべく淡白な声色を意識する。


「やめておけ。そんなことをしたら俺の主人の母親が黙っていないぞ」


「大丈夫だってぇ。ルンちゃんにかかれば、ノープロブレム」


 ルンが声の名前か。


「ルン、どうしてそう言いきれる?」


「だって、ルンちゃんは悪魔だもん」


「え!?」


 変な声が自然と出た。


 やっべぇ、殺される!

 もっと敬語使って、ペコペコ頭下げる予定だったのに!


 まだ取り返せるだろうか。


「ルンさん、申し訳ありません。私のご主人とお話をさせて頂けませんか?」


 急な口調変化のせいか、ルンのクスクスと笑う声が聞こえた。


「お兄さん必死だなぁ。その態度に免じて、フィリーちゃんと代わってあげる。くく……」


 笑いを堪えているように聞こえるが、俺は何か変なことをしただろうか。


 俺の敬語、変だったか……?


「もしもし、下僕」

 と、聞き慣れた声にようやく交代された。


 だが、その声はとても疲れているようだ。


「フィリード、大丈夫?」


「ええ。ちょっと走っただけよ」


 電話を取り返すためか。


 本当にフィリードが遅いのか、それともルンが速いのか。


 俺が意味のないことを考えていたら、いつの間にか主人の機嫌が損なわれていた。


「下僕。そんなことよりも、謝ることがあるんじゃないかしら」


「謝ること?」


 何かやらかした?


 こういう時、下手に違うことを言えば、さらに相手の逆鱗に触れるだけだ。

 つまり、沈黙が最強。


「わからないのね。いいわ、言ってあげる」


 続いたのは衝撃の内容だった。


「ルンに私の検索履歴を見るよう要求したことよ!」


「は……?」


「ルンのせいにして、自分の下卑た欲望を発散しようだなんて、見損なったわ」


「待て待て! それはルンから聞いた話だろ!」


「だから何よ」


「嘘だっての! あいつが嘘ついてんの!」


 とんでもない濡れ衣だ。


 悪魔、邪悪すぎるだろ。

 あの堪えた笑い声は俺を陥れようとしていたからか。


「うぅ……。ほんとに見てないのね?」


「見てない見てない」


「フィリーちゃん、騙されないで! この男、クズだよ!」


 クズはお前じゃあ!

 心の中では悪魔に対して散々に叫んでいる。


 どうにか無実を証明したかったが、ルンは最後の切り札を使ってきた。


「下僕さん、フィリーちゃんが胸の大きさについて調べてるのを聞いて、すっごく興奮してたんだよ!」


「なっ!?」


 これで本当に聞いたか聞いていないかは関係なくなった。

 たとえ先ほどまでの議論がどちらに傾いていたとしても、俺がまずいことを聞いてしまったことは事実になったからだ。


「下僕、最低ね……」


 フィリードの声がとてつもなく小さくなっていた。


「違う、違うって!」


「何がどう違うのか、説明してほしいよねー」


 てめぇは黙ってろよ、ルン!

 だが、小心者な俺は悪魔に口答えなんてできなかった。


「全部嘘なんだって! フィリードが何を調べてたかなんて今、初めて知ったから!」


「でも、お兄さんは証明できないよね。どっちにせよ知っちゃってるわけだし」


 くそ、コイツ……。


 現状を無罪で終わらせることができないのなら、情状酌量しか俺に残された道はなかった。


「……やってないけどごめん! マジで全部ルンのせいだけど、フィリードのこと、知っちゃったのも事実だし。……ごめんなさい」


「下僕。胸なんて飾りよね?」


「ん?」


「やっぱり、お母様みたいに大きいほうがいい?」


「全然! そんなこと考えたこともないわ! フィリードは、今のフィリードでいいんだよ」


 胸のこと、すっげぇ気にしてるじゃん。


 もっと自分に自信のある性格かと思ったが、繊細な部分を見てしまった。


「じゃあ、なかったことにしてあげるわ……」


 とりあえず収拾はついたっぽいが、その代償にフィリードのテンションがだだ下がりとなった。


「……えっと、本題に入っていいかな」


 悪魔に対する不安と、二者ではなく三者面談にしてほしいという要望を伝えたが、そもそもルンが俺の家を知らず、フィリードも同行する予定だったらしい。


 また、ルンについて

「隙があればイタズラばかりするわ。今さらになって申し訳ないのだけれど、さっきの事件も全部あの子のせいにしか思えないし、後で締めておくわね」

と。


「……よかった。冤罪晴れたか」


「疑ってごめんなさい」


「いや、そんな。つか、ルンのこと、信じていいの?」


 あんなやつで大丈夫なのか?


「あれでも私の友達なの。とんでもなく悪いことはしない子だから、許してあげて」


 俺たちの仲を裂こうとしなかったか?

 これ、めちゃくちゃ悪いことっしょ。


「とりあえず、詳しいことは今夜ね。22時にそちらへ行くわ」


「オッケー。じゃあ、待ってる」


「ええ、またね」


 プツリと通話の切れる音がした。


 一息ついて顔を上げると、外はすっかり紺に染まっていた。


 紺のフィリードがいれば、悪魔に命を奪われることはないと思うが、性格に難ありだ。

 円滑に朝を迎えられる気が全くもってしない。


 長い夜がいよいよ始まろうとしていた。

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