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吸血のススメ~主人と下僕の社会再建物語~  作者: ごごまる
第一章 初めての下僕とその吸血
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7話 家庭訪問

「下僕、ごきげんよう」


「……なんでいるんだよ」


 とても日常的だった日中の生活が終わると、非日常が待っていた。

 悠々とベッドに座り、くつろいでいる彼女だが、当然ながら家には妹もいる。


 その冷静さはどこから来るのやら。

 あとどうやって入った。


「簡単な話よ。普通に入ったの」


「普通?」


「ええ。呼び鈴を鳴らして、客として入ったわ」


 えぇ……。


 吸血鬼ってホイホイ姿見せていいのか?


 今朝、親友に吸血鬼についてを話し、これはなるべく秘密にしておいたほうが良いかもしれないと考えた矢先、本人がこんなにもオープンだったなんて。


「もちろん、妹さんには正体を知らせてないわ」

 

 まぁ、当たり前か。


「で、どうして来たんだよ。昨日会ったばっかじゃん」


 それでたしか、友達である『悪魔』を連れてくるとかなんとか。

 今日はフィリードだけで、そのようなものは影すら見えないが。


「来た理由……?」


 フィリードは首を傾げる。


「理由なんて考えてなかったわ。特別な用件もなし」


「じゃあ、本当になんで来た」


 お前、暇かよ。


 さすがにこれを主人に向かって言うことはできないが。


「うーん……。親睦(しんぼく)を深めるってところかしらね」


「ど、どうして?」


「言ったでしょう。私たちに必要なのは信頼よ。やっぱり仲が良くないとね」


 本気で言ってるのか?

 ただ暇だったから適当に遊びに来たわけではないよな?


 感想を思っていると、それを察したのか、フィリードの顔が曇った。


「何よ、その顔」


「あ、いや。なんでもない」


「言っておくけれど、私は主人で、あなたは下僕。拒否権なんて本当はないのよ」


「『本当は』ってことは、今回は拒否していいのか?」


 フィリードはまたもや不機嫌な顔で。

「あなたにどうしてもって理由があるなら、今回は見逃すわ」

 と返してきた。


 どうするか……。


 最初は家にフィリードがいるということで混乱していたが、冷静に考えるとこれはチャンスかもしれない。

 正直、フィリードは眷属に対して甘々だから、一緒にいてもデメリットはなさそうである。

 しかも、こっちが聞きたいこともあるし乗っておくべきだろう。


「オッケー。今日は受け入れるよ」


「それでこそ私の下僕よ。ふふ」


 彼女のリアクションが思ったよりも嬉しそうで、こちらも乗った甲斐があった。


 しかし、ここで新たな疑問が。


「だけど、親睦を深めるって言っても何するんだ?」


 俺はてっきり、フィリードがすることを用意していると考えていたが、そうではないようだ。


「なんでもいいわ。楽しいものを持ってきなさい。それをやるから」


 期待のせいか、フィリードの声が明るくなっている。


 だが、楽しいものを持ってくるなんてとてつもない無茶ぶりでは。

 自分の楽しいと思うものはいくらでも持っていけるが、それがフィリードに刺さるかはわからないからだ。


 吸血鬼がやっていそうなもの。

 好きそうなもの。


「……チェス、できる?」


 俺が聞くと、主人はすぐさま反応した。


「ばっちりよ。本気でかかってきなさい」


 俺は携帯型のチェスを広げ、駒を並べる。

 並べながら自分が気になったことを聞いてみた。


「フィリードってさ、満月しか血が吸えないんじゃあ、いつも何食べて生きてんの」


「人と変わらないわ。お米でもパンでも、基本的に食べ物なら何でもありね」


「じゃあ別段、空腹に困ってはないんだ」


 駒を揃えると、フィリードが言う。


「下僕、先に出しなさい」


 チェスって先攻と後攻、どっちが有利なんだ。

 もし後攻が有利なら、はめられてることになるが。


 知識のない今はどうにもできないので、俺は駒を前に出した。


「……そういや、次の満月は四日後だったよ」


「あら、準備がいいのね。そんなに吸われたいのかしら?」


 フィリードが妖艶に笑う。


「逆だよ。怯えてんだっての」


「怯えてる?」


「採血とかならわかるけどさ、そっちはさらに太くて、しかも噛みちぎってから吸うじゃん。絶対痛いって」


 想像しただけでもゾッとする。


「……もっとロマンチックなものよ、吸血って」


「そう言われても、俺は人間だし……」


 会話と並行してゲームも進む。


 一手、また一手。

 一言、また一言。


「たしかに、最初は少し痛いかもしれないわね。大丈夫、すぐに慣れるわ」


「どこが大丈夫なんだよ……」


「下僕、私だって傷つけたくてやってるわけじゃないのよ? その時が訪れるまでに受け入れなさい」


「……信頼とか受け入れるとか、下の階級が裏切らない前提で話してるけどさ、もしも俺が武力行使したらフィリードはどうすんの?」


「ふむ……」


 質問の回答を考えているのか、チェスの戦局を考えているのか、フィリードは目を閉じて思案し始めた。

 彼女は十秒ほどしてから口を開く。


「結論から言うと、あなたがその気になれば、簡単に抵抗できてしまうわ」


「……そうなんだ」


「本来、吸血鬼は配下に置いた人間を操れるのだけれど、私にはそんなことできないのよ。でも、お母様はお父様を配下に置きながらも、二人の上下関係は対等だし」

 私はあなたとそんな関係になりたいのよ、と。


 あれ、これって告られてるの?

 いや、違うよな。

 要するに、『信頼関係でうまくやってる二人がいるから、自分たちもうまくやろうよ』って言いたいんだよな。


「……下僕、いきなり黙らないで。気まずい雰囲気は苦手なのよ」


「あ、えっと……。とりあえず、信じてるとは言っておく。こうして二人で忖度なしの勝負ができてるわけだし」


「ありがとう。それでこそ私の下僕ね」


 フィリードは感情が顔に出やすい。

 よく不機嫌になったり笑ったり。


 だから、今もこうして笑顔を浮かべているのは嘘じゃないのだろう。


「どうしたの、私の顔を見つめて」


「……あ、いや、なんでもないっす」


「そう。ならいいけど、こっちには言いたいことがあるわ」


 フィリードは駒を静かに動かした。


「あなたの負けよ」


 渾身のドヤ顔で言われた。

 これは感情が顔に出やすいどころか、顔が感情を筒抜けにしている。


 ただ、負けは負けだった。


「フィリード、うまくね?」


「ふふん。でも、お父様はもっと強いのよ」


「あぁ……」


 わかる。

 そんな感じするわ。

 お前はあと五手で負けるとか言いそう。


「……さて下僕、楽しかった?」


 フィリードは駒を片しながら言う。


「私は楽しかったわ。勝ったし」


「……俺も楽しかったよ。負けたけど」


 締めの言葉に入ったということは帰るのだろう。

 外も暗くなってきている。


「待てよ。フィリード、太陽当たって大丈夫なの?」


 今、外が暗くなるということはフィリードが家に来た頃は日が出ていたはず。

 その下を歩いてきたのか。

 それでも元気なのはなんでだ。


「半分吸血鬼でも半分は人間なのよ。さすがに太陽で命が尽きるほど弱くはないわ。日傘は必要だけれどね」


「必要なんだ」


「だって焼けるじゃない! 敵よ、紫外線は敵! 太陽なんて爆発すればいいわ」


 やっぱり顔にでるなぁ……。

 喜怒哀楽がしっかりしている。


 だけれどやめてくれ。

 太陽が爆発したら、きっと地球も無事じゃない。


 俺は時間を見るためにスマホを出し、それがきっかけでとあることを思い出した。


「そうだ、連絡先。交換しておかない?」


「……あ、たしかに忘れていたわね」


 これでいつでも連絡することができる。

 人類の英知は素晴らしいな。


 お互いの画面にお互いの連絡先があることを確認すると、とうとう別れとなった。


 帰り際、玄関で。


「言うのを忘れていたけれど、知り合いは明日そっちに向かわせるわ。妹さんもいるし、夜のほうがいいかしら」


「そうだな、よろしく」

 とだけ話した。


 まさか吸血鬼と人間の娘が我が家に突然来るなんてなぁ。


 とはいえ、一緒に遊んだことは純粋に楽しかったし、フィリードとも話ができた。

 今日はこれで一件落着と。


「兄さん、いつの間にできたの?」


 フィリードが帰ってからすぐに妹が聞いてきた。


「できたって何が……」


「彼女さん」


「は、はぁ!? そんなんじゃねぇって!」


「ごまかさなくてもいいよ。アカネさんから全部聞いちゃったもんねー」


 誰だよ、アカネって。


 フィリード、さては偽名を使ったな。

 だが、設定なんて友人にすればいいものを、なぜ彼女にした。


 連絡先を交換した今、そこを突っ込むこともできるのだった。


「フィリード、アカネって誰だよ! 彼女ってなんだよ!」


「あっ……。忘れていたわ」


 あっ……って!

 やらかしてる声じゃねぇか!


朱音(あかね)は、お父様が命名してくれた人間としての名前よ」


「まぁ、そこはいいよ。フィリードって名乗っても混乱させるもんな」


 問題はそこじゃない。

 よりによってなんで彼女なんだ。


「それは……より親密な関係を言ったほうが警戒心を薄くするかなって」


「で?」


「失敗だったわ。質問攻めになった」


「さっきから妹がないこと、ないこと、ないことしか言ってないんだよ。助けてくれよ!」


「全部適当に言ったから、あなたも適当に返しておいて……あ、お母様。いえ、下僕。ええ」


 なんか母親が乱入してきたぞ。


「下僕、お母様が話したいって」


「よせ! 何を言われるかわからん!」


「お母様、下僕が嫌だって」


 その言い方もやめろ!

 変な設定作るのに、そこはごまかせないのかよ!


「おい、クソ人間! あんたの家わかってっから覚悟しとけや!」


 スマホの向こうからシュリネスの怒号が聞こえる。


「もしもし、下僕。お母様のことはお父様が鎮めるから、きっと大丈夫」


「どうも……じゃなくて、こっちもどうにかしてくれよ」


「……頑張ってね。おやすみなさい」


「あ、逃げんな!」


 通話が切られてしまった。


 結局、誤解は解けずに妹の中でフィリードと俺は恋人同士のまま。


 これは一件落着……じゃないな。


 俺はこの時、すっかり忘れていた。

 なぜシュリネスたちが俺の名を最初から知っていて、なぜ俺を選んだのか。

 その答えを聞こうとしていたことを。

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